312 何処カノンびり
周囲は静まりかえっている。
獣人たちには、セツの言葉が分からないはずなのに、それでも騒がず、逃げず、怯えて伏せている。
それだけセツが放つ精神的な圧力が凄いということなのだろうか。
「お前がここにいる理由はもういい。そこをどけろ」
サザが手を伸ばしセツを押しのけようとする。
だが、セツがその手を避ける。そして、翼になった右手を上げる。それが合図だったのか控えていたヨクシュの一人が動く。何処かへと飛んでいく。
そして、セツは、そのままサザの行く手を遮る。
先へと進ませない。
「セツ、そこをどけろ」
「サザの姉さんよー、いつまで立場が上のつもりよ。これでも魔王様に空魔将の地位を授かった四魔将の一人なんだぜ」
……。
やはり……。
セツも魔王に仕える四魔将の一人だったようだ。
……。
いや、それよりも、だ。
言葉を変えよう。
「ど、どうやって、ここに現れたの?」
サザとにらみ合っていたセツがこちらへ顔を向ける。
「さっきから何なんだよ、お前はよー」
セツが肩に棍を乗せ、鳥のような頭を揺らしながら、こちらへと歩いてくる。サザとのにらみ合いはいったん休憩のようだ。
「ど、どうやって、ここに現れたの?」
もう一度、聞く。
「ん? 何を言ってるんだぜ?」
セツの足が止まる。
と、その時だ。
「うおぉぉぉ、魔王軍めえぇぇぇ!」
うちひしがれていた獣王がいつの間にか復活していた。叫び声を上げ、セツへと特攻している。
僕の前を通り過ぎ、セツへ殴りかかる。
……。
そして、セツの棍によって吹き飛ばされていた。獣王が転がる。
「何だぜ、こいつら。そこの爛れたのといい、何なんだぜ!」
セツが肩を竦め、転がっている獣王を見る。
獣王は転がっている。そう、自分の意思で転がっていた。
「剣が、剣があれば! 王者の剣があれば! 魔王の軍勢なぞに! このようなものにぃぃ!」
転がっていた獣王が地面を叩き、叫んでいる。とても大きな声だ。
「こいつは何なんだぜ! 何を言っているんだ!」
セツが頭を抱えている。
仕方ない。
「そ、それ、剣があれば、ま、負けないと言っている」
セツに分かる言葉で伝える。
それを聞いたセツの顔が変わる。いや、鳥の頭なので表情は分からないのだけれど、分からないのに分かる。
セツが棍を両肩にのせ、それに翼のような腕を回す。
「ふーん。それは面白い、面白いぜ」
そしてサザの方を向く。
「なぁ、サザの姉さんよー。そいつの剣、直せねぇか?」
セツは、とても馴れ馴れしい態度でサザに話しかけている。それを聞いたサザは大きなため息を吐く。
そして、無言で転がっている柄だけになった剣のところへ歩いて行く。サザが柄を持ち上げる。そして状態を確認し、次は同じように転がっている刃の方へと歩く。
「切り口が綺麗だ。これなら何とかなるか……」
サザが重そうな刃を片手で持ち上げる。なかなか力持ちだ。
「おー、それは良かったぜ。待っているから頼むぜ」
セツがあぐらをかいてどかりと座る。それを見たサザは大きなため息を吐き出していた。
「お、おい! 私の剣をどうするつもりだ! や、やめろおぉぅ!」
獣王はうなだれながら叫んでいた。
場は混沌としている。
「ちっ。うるせーなー」
セツが愚痴りながら棍を地面に叩きつけた。それだけで獣王は叫ぶのを止め静かになった。
そんなセツと獣王を無視し、サザは剣を打ち直す準備を進める――簡易魔法炉を広げ、小さな金槌を使い、鍛冶作業を始めていた。
割と簡単に直せそうだ。
『もう! 一体が何がどうなってるの?』
真っ赤な猫は事態について行けないようだ。
『様子を見よう』
レームは座り、作業を見守っている。
『うむ。よく分からぬが、なるようにしかならぬのじゃ』
鍛冶作業が終わるまで、もう少し時間はありそうだ。
ならば……。
「どうやって、こ、ここに現れたの?」
もう一度、セツに確認しよう。
「おいおい、またそれかよ。何なんだ、この変わった爛れたのはさー!」
セツが嘴を下向きに曲げている。どうにも不機嫌なようだ。
「教えて。ど、どうやって?」
セツが頭を掻き毟る。
「あー、どっかの誰かが結界を壊したからだよ。だから、飛ぶことが出来た。これで満足か?」
セツがこちらを見る。
結界?
飛ぶ?
何のことだ?
色々な疑問が湧き出てくる。
その答えを聞こうと……。
「よし、出来た!」
しかし、そこでサザの声が聞こえた。どうやら鍛冶作業が終わったようだ。
見れば完成の言葉を告げたサザが額の汗を拭っていた。その下には元通りに、いや、それ以上の輝きを放つ巨大な両手剣があった。
……。
魔法金属の特性によるものなのか剣の修復はすぐに終わったようだ。
「ほらよ」
サザがうちひしがれている獣王の目の前に巨大な両手剣を投げ飛ばす。
獣王が慌てて、その巨大な両手剣を受け取る。そして、その柄を握り、剣を、刃を眺める。
獣王の表情が変わっていく。
情けない顔が、怯えたような顔が、自信に溢れる、覇気ある顔へと変わる。変わっていく。
「これは! 以前よりも鋭さが! 力を増したかのようだ! これならば!」
獣王がセツの方へと振り向く。そして、巨大な両手剣を突きつける。
「魔王の手先よ! 私は力を取り戻した! 後悔するが良い! そして、私の力に恐れおののくが良い!」
「おー、おー、いいね、いいね! 楽しくなってきたぜ」
言葉が分からないはずなのに、分かるかのようなやりとりをしている。
セツが笑い、ゆっくりと立ち上がる。
しかし、そこに獣王が駆け、一瞬にして間合いを詰め、巨大な両手剣を振り下ろしていた。
――速い!
油断していたセツが慌てて棍を構え、巨大な両手剣を受け止める。
しかし、受け止めきれなかったのかセツが吹き飛ばされる。
セツが空中でとっさに翼を広げ、羽ばたき、ゆっくりと着地する。しかし、そこにはすでに獣王の姿があった。
獣王の巨大な両手剣が振るわれる。セツが棍を盾にし、体ごと使って迫る両手剣を受け止める。何とか受け止める。
「受け止めたか! しかし、次は!」
獣王が巨大な両手剣を引く。そして、すぐに振るう。それをセツが何とか受け止める。だが、その力に圧されているのか、セツはじりじりと後退っていた。
「おー、おー、やべぇな。思っていたよりもやるじゃん。こいつは力を見誤ったかな」
セツが楽しそうな表情のまま、獣王の攻撃を受け止めている。だが、その表情ほど余裕はなさそうだった。
セツが圧されている。