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ソライフ  作者: 無為無策の雪ノ葉
空の生命
316/365

311 セツなる願いを

 歓声が消える。うるさいほど叫んでいた獣人たちの声が消えている。聞こえるのは獣王の泣き叫ぶ声だけだ。


 フードのサザが動く。


 無言で崩れ落ち泣き叫んでいる獣王の元へと歩いていく。


 何をするつもりなのだろうと見ていると、サザは、その懐から小さな金槌を取り出していた。


 まさか?


 そして、こちらが止めるよりも速くそれを――小さな金槌を振り抜く。


 ……。


 ……。


 転がる。


 からんころんと音を立てて転がる。


 見れば獣王の頭の上にあった王冠が消えていた。

「な、何をするぅぅ!」

 獣王が王冠のなくなった頭に手を置き、叫ぶ。


 フードのサザはそれを無視して転がった王冠の元へと歩く。そして、その王冠を小さな金槌で叩き潰した。何度も、何度も、王冠の原形がなくなるほど念入りに叩き潰す。


「何をするだと?」

 フードのサザが獣王を見る。

「国を捨てたことは許そう。逃げたことは許そう。見捨てたことは許そう。お前たちが勝手に生きていくのは許そう。だが! 王だと! 捨てた者が王を語り、力を使い、この場を使い、後継を名乗り、そして姉さまの名を呼ぶ! 許せるものか!」

 フードのサザが叫ぶ。


 だが、獣王はフードのサザの言葉が分からないのか、その叫ぶサザの姿を呆然とみていた。


「ああ。言葉が分からないのか。それこそが紛いものの証だな」

 フードのサザが吐き捨てるように告げる。


「な、何を言っている……?」

 獣王はフードのサザの雰囲気に飲まれ困惑している。


 仕方ない。通訳しよう。

「か、彼女は、あなたを、偽りだと、偽物だと告げている」

「な、何だと! ヒトシュごときが私を! 不敬な!」

 崩れ落ちていた獣王が怒りに叫び、立ち上がる。


 フードのサザが――その、自身のフードへと手をかける。

「不敬なのはお前だ」

 そして、フードを取る。そこにあるのは片方しかない獣耳だ。残っているのは一つだけだが、それでもサザが獣耳を持った種族だと分かる証だ。


「な、何……。その耳、いや、その姿……」

 獣王が、何かに気付いたかのように、よろよろと後退る。


「亡霊、手伝って貰っていいか? ここを鎮める。地上に立派な街があるんだ。ここは、こいつらに不要だ」

 フードを取ったサザがこちらを見る。

「わ、分かった。手伝うよ」

「助かる。場所は分かっている。ここも同じはずだから、さ」

 サザが動く。


「おっと、サザの姉さんよ、それは待って欲しいぜ」

 と、そこに声がかかる。


 聞いたことのある……声だ。


「うちらにも都合があるからさ」

 声が空から降ってくる。


 空を見る。


 そこに居たのは鳥の頭と腕の代わりに翼を持った種族――ヨクシュたちだった。次々とヨクシュが広場に降り立つ。


 先頭に立つのは棍を持った女性のヨクシュ……。


 それは紛れもなくヨクシュのセツだった。


「ま、魔王軍だああぁぁぁ!」

 と、そこで静かになっていた獣人たちが叫び声を上げる。今にも慌てて逃げ出しそうだ。


「おおっと、動くなよ! 逃げるなよ! 動いても逃げても容赦しないぜ」

 セツが叫び、手に持っていた棍を突きつける。


 外周に居た獣人たちの動きが止まる。怯え、下を向き震えている。


 現れた十人ほどのヨクシュが頭を下げ、伏せている。立っているのはセツだけだ。セツを上位者として他のヨクシュが控えている。


「は、話が違う!」

 獣王の声――いつの間にか獣王がセツさんのところに居る。

「うっせーんだぜ。何言っているか分かんないし、邪魔だぜ」

 サザがすり寄ってきた獣王を振り払う。強い力で振り払われ、獣王は情けなくおろおろとするばかりだ。最初の威厳なんて何処にもなくなっている。


「んで! 話しは戻るぜ。サザの姉さんよ、ちょーっと待って欲しいんだぜ」

「もう放っておいてくれ。もう関係ない」

 サザが首を横に振る。


「その耳、酷い有様だよなぁ。魔王様なら、その耳も治すことが出来ると思うんだぜ」

「ふん。これは自戒だ」

 サザがセツを無視して歩く。


「と、ととと、だから待って欲しいんだぜ」

 セツが翼をはためかせ、サザの前に回り込む。


「お、お前たち仲間だったのか! やはり魔王の手先だったのか!」

 獣王がオロオロと情けなく叫んでいる。


 だが、今はそれどころではない。


「な、なんで、ここにいるの?」

 セツに声をかける。だが、目の前に立っていた獣王が自分のことと勘違いしたのか、オロオロとした様子のまま、こちらを見る。なんとも情けない姿だ。獣王が自慢していた巨大な両手剣を壊してしまったからか、それともサザが王冠を潰したからか――人は縋るものがなくなると、こんなにも情けなくなってしまうのか。


 いや、だから、今は獣王のことはどうでもいい。


「な、なんで、ここにいるの?」

 セツに話しかける。


「何だ、お前? その姿、爛れ人か? 何でこんな場所に爛れ人がいるんだぜ?」

 セツの言葉に首を横に振って応える。僕は爛れ人ではない。


「あーんー? よく分からないヤツだぜ」

「そうだ。何故、お前がここにいる?」

 サザがセツを見る。


「ここにいる理由? 欲しいものがあるからに決まってるぜ。たまたま、欲しいものがここにあって、たまたま、ここに来たら欲しいものが手に入る。これも、うちの日頃の行いが良いからだぜ」

 セツが笑う。


 違う、聞きたいのはそれじゃない。


 セツがここにいる理由じゃない。


 セツが何故、ここにいるか、だ。


 気配がなかった。


 ここに来るまでの何処にも、獣王と戦っている時にも、セツたちヨクシュの気配はなかった。


 気配を消していた?


 そんなにも長い間気配を消せるものか。気配を消したまま移動できるものか。


 だから、こそ、不思議に思う。


 何故、ここにいる?


 どうやって?

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