309 獣たち王たち
「剣を!」
獣王が背負った鱗のような外套をはためかせ叫ぶ。
獣王が手を伸ばす。
それに合わせたかのように複数の騎士が巨大な剣を運んでくる。三人、いや、四人か。四人で運んでいるのに――体を鍛えている騎士たちのはずなのに、その足取りはふらふらと揺れていた。重そうだ。
獣王が運ばれてきた剣を握る。重そうだった剣を獣王が持ち上げる。そう、持ち上げた。だが、さすがに片手では持てないのか両手で剣を握っている。
「行くぞ」
獣王が高台から跳躍する。
大きく、空を飛ぶように――まさしく跳躍だ。
そして、広場に降り立った。
獣王が巨大な両手剣を地面に突き刺す。
獣王。近くで見ると若い。青年のようにしか見えない。だが、纏っている雰囲気は老獪な、それだ。狼のような獣の耳に尻尾。そしてかなり背が高い。他の獣人よりも頭一個か二つは背が高い。
……一番、気になるのは剣だ。普通では重くて持てないだろう大きさの剣を、両手とはいえ、この獣王は普通に持ち上げていた。それだけの膂力があるということだろうか。
「つ、剣……」
獣王がこちらを見る。
「そこの従者。この剣が気になるか! この剣こそ、王者の証! 資格無き者は持ち上げることも出来ぬであろうよ!」
獣王が笑う。
『やれやれ。自分では力が足りないかもしれないが、胸を借りるつもりで頑張るよ』
真っ赤に濡れたレームがもう一つの剣も引き抜き、構える。
「ん、んんー。返り血を拭う刻くらいは待つぞ?」
レームは獣王の言葉に首を横に振って返す。
獣王が唇の端を大きく持ち上げる。
「よい!」
そして巨大な両手剣を引き抜く。刃の部分だけで獣王の背丈と同じくらいはある。
獣王が両手剣を振るう。
――ただ振るう。
レームがとっさに二つの剣を交差させ両手剣を受け止める。だが、それでも受け止めきれず吹き飛ばされる――いや、レームは自分で跳んでいる。後方へと飛び、獣王の持つ両手剣の勢いを殺している。
「受け止めるか! 私の! この王者の一撃を受け止めた者は久方ぶりだ! やるではないか!」
獣王が飛び――後方へと飛んだレームの元へ。そして、そのまま両手剣を振るう。
レームが体を反らし、その一撃をギリギリで躱す。大ぶりの一撃。
レームが着地し、踏ん張り、剣を振るう。だが、その時には振り抜かれたはずの巨大な一撃が戻ってきていた。
――速いっ!
レームが慌てて剣を立て、巨大な一撃を受け止めるように逸らしていく。
「んん。なかなかに力強い。まるで魔獣を相手しているかのようだ! だが、それよりも気になるのは、その剣だ! この王者の剣の一撃で砕けぬとは! そこにいる鍛冶士によるものか!」
獣王の言葉。
レームは少しだけ思案し、ゆっくりと頷く。
『本当は炎の手さんの作品だけどね』
『あ、ああ。だが、同じ工房による剣だろう?』
同じ工房という意味は分からないが、レームの剣が、炎の手さん、フードのサザ、二人の手によるものなのは間違いない。
獣王が巨大な両手剣を振るう。レームが避け、受け流し、避ける。ただ、乱雑に振り回しているようにしか見えないのに隙が無い。
獣王……驕るだけの強さはあるようだ。
「んんー。この私の攻撃に! ここまで耐えるものがいるとは! だが! わかる、分かるぞ!」
獣王の唇の端がつり上がっていく。楽しくてしょうがないという表情だ。
それに合わせて巨大な両手剣の速度が上がる。速い。空気が斬り裂かれ、獣王の周囲には歪んだ風による球体が生まれている。
レームはその圧に耐えながら戦っている。
「魔王によって魔法も! 戦技も! 封じられ! それでもこれほどの技術力、膂力! 力によって私の前に立つ者がいるとは! 嬉しいぞ! 楽しいぞ! だがっ!」
そこで獣王の剣が止まる。
生まれていた風が止む。
「この一撃、耐えてみよ!」
獣王が剣を高く掲げる。
大きな隙だ。だが、レームは攻め込めない。獣王に飲まれ、攻め込むことが出来ない。
「バールギアよ! この剣の真の力を引き出せ!」
古代語だ。獣王が古代語を喋っている。
何故、急に?
掲げた巨大な両手剣が冷たく輝く光に包まれていく。
「やはり……」
それを聞いたフードのサザが何か呟いている。良く聞き取れない。
「戦技――アイシクルクラウン!」
冷たく輝く巨大な剣が振り下ろされる。
ただの振り降ろしだ。単純な一撃だ。
『まさか、戦技が……』
だが、その圧に飲まれているレームは動けない。逃げ出せない。
それでもレームは、とっさに二本の剣で、その一撃を受け止めた。
獣王の必殺の一撃を受け止める。
だが、そのまま冷たく輝く巨大な両手剣は地面に叩きつけられた。そう、叩きつけられた。
剣の破片が舞う。
受け止めていたはずのレームの二本の剣が粉々に砕け散る。
「んんー。殺さないように手加減したぞ?」
獣王が振り下ろした両手剣を持ち上げる。力を込め、引き抜くように持ち上げ、自分の肩にのせる。
レームは粉々になった剣を、手にしている柄だけになった剣を呆然とみている。
「もう剣はないぞ?」
獣王の言葉。レームがゆっくりと顔を上げる。
そして駆ける。
獣王の元へと駆ける。
「自棄になるか! その程度か!」
レームが駆ける。
そして手を伸ばす。
『リヒトの剣。虚を衝き相手を翻弄する技を得意としていた』
新しい剣が生まれる。
そのまま獣王の懐に入り――込もうとして蹴り飛ばされた。
レームの手にあった剣が光となって消える。
「驚いたぞ! 私に蹴り技を使わせるとは! しかも、だ! どうやったか知らぬが戦技を使うとは! 奥の手を隠していたとは! 良いぞ! 良い! さぁ、次はどうする!」
獣王が笑っている。
蹴り飛ばされたレームがゆっくりと立ち上がる。
だが、武器はもうない。奥の手も見破られた。
「ね、ねぇ?」
と、そこで声がかけられる。見れば、いつの間にかフードのサザが隣に来ていた。
「ど、どうしました?」
「おまえなら、あいつに勝てる?」
フードのサザが獣王を指差す。
「……た、多分。で、ですが、まだレームが、戦っています」
「そう。そこを曲げてなんとか出来ないか? あいつだけは、あいつだけは……」
フードのサザは獣王を見ている。その目は憎い者を見るかのように歪んでいた。
『レーム、そういうことらしいです。どうでしょう?』
レームがこちらを見る。
そして、立ち上がった姿のまま、肩を竦めた。
『後はソラに任せるよ。さすがは獣王だ』
「で、どうよ?」
フードのサザはこちらを見ている。
「そ、そういうことらしいです」
「え、それは?」
フードのサザの言葉を無視して獣王の元へと歩く。
「ん? 従者が何の用だ? 戦いを邪魔すれば斬るぞ?」
「す、少し待ってください」
お腹の中にあった『もの』を吐き出す。
カランとそれが吐き出される。それは燃やし固めたことで綺麗な四角い物体になっていた。
「お、おい! それは何だ?」
こんなものがお腹の中にあっては戦うことも出来ない。
「で、では、やりましょう」
「従者が何を言っている! 私が! この王が! それは何だと聞いているのだ!」
武器はどうしようか。
弓と矢は……微妙か。
仕方ない。あまり使いたくなかったけれど……。
フードのサザの方を見る。恩がある。
今回は特別だ。
『イフリーダ、剣がいいな』
『ふむ。なんじゃ。何故、槍にせぬのじゃ』
それでも槍は使いたくない。
銀のイフリーダが姿を変える。右手を覆っていた銀の手が剣に姿を変える。
「お前! 何だ! その手は! まるで魔獣のような……」
銀の剣を手のような鋭い刃で握る。
「ぼ、僕はレームのように甘くありません、よ」