307 夢みて果ての
「馬車を用意した」
建物の外で待っていた将軍の隣には、四つ足のトサカを持った蜥蜴と、その蜥蜴に繋がれた車輪付きの四角い箱があった。これが馬車なのだろうか。
「中へどうぞ」
四角い箱に取り付けられた扉を騎士の一人が開けてくれる。
遠慮無く中に入る。箱の中には気持ち程度に座れる横長の椅子が置かれていた。外から見て分かっていたことだが、余り広くない。
自分、レーム、フードのサザが座っただけでも結構窮屈だ。
真っ赤な猫が扉の前で困ったように首を傾げている。
『私は外でいい。自分で走った方が早そうだもの』
『分かりました』
真っ赤な猫は馬車に乗らないことを将軍に伝えようとすると、その将軍が少し困ったような表情をしていた。
「ど、どうしました?」
「すまないが、その、ま……えー、だな」
将軍は真っ赤な猫を何と呼んだら良いのか迷って困っているようだ。
「ろ、ローラです。彼女はローラ、で、です」
「ああ、そうか。すまないが彼女にも一緒に馬車に乗るよう言ってもらえないだろうか」
「しょ、将軍は?」
真っ赤な猫が乗るとそれだけで馬車はいっぱいになってしまう。
しかし、将軍が首を横に振る。
「私には自分のアシがある。この馬車は君たちだけで乗って欲しい」
「り、理由を聞いても?」
将軍が頷く。
「彼女は新しい種族ということだが、申し訳ないが、その姿は魔獣とよく似ている。外を歩けば、住民にいらぬ心配をかけることになる。これは君たちが人々と揉めないようにするためのことだと理解して欲しい」
新しい種族? そんなことを言っただろうか? 将軍の言葉の中で、そこだけが少し引っ掛かった。
『私なら大丈夫。それより、ちょっとは詰めて!』
『丸まるとしたのが入ってきて邪魔なのじゃ』
『ちょっと! しなやかな体って言って欲しいから!』
レームは銀のイフリーダと真っ赤な猫のやりとりに苦笑している。
そして何とか全員が馬車に積め込められる。
「はぁ、何これ?」
その窮屈さにフードのサザは大きなため息を吐き出していた。
馬車が動き出す。
四角い箱には小さくくり抜かれた窓が取り付けられている。そこから外の様子を見ることは出来る。だが、どうにも捕虜として連行されているような印象が拭えない。
もしかすると、あの建物で待たされたのは、この馬車を用意するためだったのでは? そんな気がしてくる。
『ソラ、気持ちは分かるが、成り行きを見守ろう』
レームも同じことを感じているようだ。
『そうですね』
頷きを返す。
馬車が人の気配がない街の中を走る。あまり早くはない。いや、確かに人が歩くよりは速いのだが、これなら自分たちの足で駆けた方が良かったと思ってしまうような速度でしかない。
木造の建物が並ぶ街並みを抜け、大きな広場に出る。その広場の中央にはぽつんと丸い小さな建物が見える。どうも、その建物が目的地のようだ。
馬車が丸い建物を目指して走っていく。
丸い建物は、この街にあった木造の建物と違い、何かの金属で作られているようだ。鈍く白色に輝いている。そして、その丸い建物の前面が全て扉になっていた。丸い建物といよりも何かの入り口に見える。
その扉が開く。
扉の先は緩やかな下り坂になっていた。舗装された道が続いている。
馬車が扉をくぐり抜け、進む。
建物の中――いや、地下へ、地中へと進んでいる。
舗装された道、壁……地下通路だというのに妙に明るい。見れば通路の天井部分に光り輝くキノコが見えた。あれがこの通路を照らしているようだ。
そして通路を抜ける。
眩しい。通路よりもさらに明るい。
……。
そして――そこは巨大な都市だった。
天井がある。間違いなく地中だ。地中に――地中をくり抜かれ巨大な都市が造られている。その巨大な都市の中央には巨大な白亜の城がそびえている。
馬車が都市を目指して緩やかな下り坂を走っていく。
その道の途中には不思議な金属で作られた建物が並んでいる。外の木造の建物とは『質』が明らかに違う。技術力が違う。
「こ、これは!」
フードのサザが何故か驚きの声を上げている。
『レーム、知っていた?』
『噂で聞いたことはあったが……獣人がこれほどの技術力を持っていたとは知らなかった』
『ちょっと、獣人って! 馬鹿にしすぎじゃない?』
『あ、ああ。そうだな。すまない』
真っ赤な猫が勝ち誇ったようにそんなことを言っている。
『猫は知っていたの?』
『誰が猫よ! じゃなくて、えーっと、知らない』
知らなかったのか。同じ種族だと思ったが、住んでいた国が違うからだろうか。
馬車はどうも城を目指しているようだ。大きな白亜の城は距離感を狂わせる。だが、そこまでの距離はまだまだかなりあるようだ。途中で休むことを考えたら、この馬車の速度では、一日、二日でたどり着けないだろう距離だ。
馬車が走る。
にしても巨大な城だ。
だが、その形は何処かで見たことがあるような気がする。
馬車が走る。
途中、宿で休憩を挟み馬車が走る。途中の食事は手持ちがあるからと断る。
そして四日目。
ついに巨大な城の前に辿り着く。
やっと辿り着いた。
自分たちの足で動いていたら一日で辿り着けたかもしれない。だが、これは仕方ない。人は睡眠も食事も休息も必要だ。休まず動ける自分たちの方が異常なのだ。
馬車に付けられた窓から白亜の城を見上げる。頂上が見えない。
『レームの城よりも大きいね』
『ああ、比べられない大きさだ』
馬車が巨大な門を抜け、城の中へと入っていく。
馬車ごと入ることが出来る城、か。




