306 庭まあ晦ろじ
案内された部屋で待ち続ける。
日が暮れても待たされる。ただ、完全に放置されているわけではなく、監視も兼ねてか、その夜にはご飯を持ってきてくれる人がいた。何かの肉を焼いたものや果物、よく分からないスープなど、そこそこ豪華な食事だ。
『なかなか豪勢な食事だな』
『ええ。いい感じね。問題は誰も食べられないってこと!』
真っ赤な猫が残念そうに肩を落としている。レームも心なしか残念そうだ。
……。
そう、今の仲間は誰も食事が出来ない。食事を行う必要が無いというか……。
今の仲間の中にはフードのサザも含まれている。フードのサザは森の中を彷徨っていた間も、門の前で休んでいた時も食事を行っていない。
彼女も食事を必要としない。
まぁ、それはあまり大きな問題ではない。
問題はこの食事をどうするか、だ。誰も食事に手をつけていないのは不味い。ただでさえ、魔王軍と間違われかけたのに――これは不味い。
『さて、どうしよう』
『ソラ、どうした?』
『どうしたの?』
『うむ。どうしたのじゃ』
皆が一斉に話しかけてくる。
『この食事をどうしようか、困るよね』
『あ、ああ! 確かにそれは考えていなかったな』
『ふむ。そこに猫がおるじゃろう』
『わ、私は無理だから! もう捨てたら?』
真っ赤な猫は捨てることを主張している。だが、何処に捨てろというのだろうか。捨てようと思っても誰かに見つかってしまうだろう。
仕方ない。
『それで、どうするのじゃ?』
銀のイフリーダは興味深そうな様子でこちらを見ている。
『こうする』
食べ物を全て口の中に入れる。体の中に食べ物を栄養に変える臓器はなくなっている。だけど、口はある。体の中に空間はある。とりあえず、そこに突っ込む。そして、その体の中で、食べ物を押し潰し、小さく固めていく。液体は体内で燃やして乾燥させる。
『ソラ、大丈夫なのか?』
レームが驚き、こちらを見ている。
『後で吐き出します』
出来るだけ小さくなるように固めて体の中で保管する。せっかくの食事だ。捨てるのは勿体ない。後で暴れ馬にでも食べて貰おう。
皆の分の食事も処理していく。
食べ物に残っていたマナの残滓だけは吸収する。吸収効率は人の姿だった時よりもかなり良くなっている。
だが……。
『食事が楽しめないのは残念です』
『確かに、そうだな』
『私は! もう気にしないことにしたから』
そして翌日。
一日経ってもまだ確認は終わらなかったようだ。その日も、その部屋で待たされる。たまに壺の置かれた小さな部屋に連れて行ってくれる以外では部屋から出ることも出来ない。
暇に耐えられなくなったのかフードのサザは、その室内で鍛冶仕事を始めている。
『食べ物でお腹がいっぱいです。たぷたぷで動けなくなりそうです』
いくら圧縮して詰め込んでいるといっても一人分ではなく、四人分だ。結構、キツい。
限界は近い。
その日も動きはなかった。
そして次の日。
「お待たせした。こちらへ」
騎士の一人がやって来た。
騎士の案内で将軍が待っている部屋へと通される。そこには、あの毛玉鎧の姿も見えた。
「おお。待たせたな、今、確認が終わったところだ」
「しょ、将軍。しかし、こやつらが倒したという証拠は……」
毛玉鎧が何かを言おうとする。しかし、その顔面に将軍の拳がたたき込まれた。
「黙れ。お前を呼んでいるのは謝罪させるためだ」
「ひ、ひかひ……」
「お前は私よりも偉いのか? 私よりも強いのか?」
毛玉鎧が慌てて首を横に振っている。
「すまないな。あそこを守っていたオーバーたち全てに謝罪させたかったのだが、動けるのがこいつだけでな」
そういえば毛玉鎧たちは六人兄弟だった。となると他の五人は再起不能になっているようだ。にしても、オーバーとは何なのだろうか。この六人の名前かと思ったがどうも違うようだ。
「お、オーバーとは?」
将軍が小さく手を叩く。
「ああ、オーバーとは国境を警備する部隊の総称だ。その隊長格として、この兄弟を置いていたのだが、どうも間違いだったようだ」
「ひょ、ひょうぐん! そんな!」
毛玉鎧が殴られた鼻から血を流しながら泣きそうな顔になっている。
『オーバーって名前じゃなかったんだ』
『ああ。だが、聞いたことがない』
『そうね! 私も知っている限りでは、そんな部隊なんて無かったと思う』
……。
新しく作られた部隊なのだろうか?
それだけ、国の境を守る必要があった? 高まっていた?
「はやく彼らに謝罪をしなさい」
「ひ、ひかし、ひょ、将軍!」
毛玉鎧が鼻を押さえながら将軍の方を見る。その毛玉鎧に容赦なく将軍の拳がたたき込まれる。
「私に恥をかかせるつもりか」
「も、もうひわけありません!」
毛玉鎧が涙目になりながら、こちらへと歩いてくる。
そして、頭を下げる。深く下げる。
「……あ、謝る気のない謝罪、な、なら不要です」
と思う。
それを聞いた将軍が頷く。
「確かに、その通りだ。分かった。この者たちには、その地位を剥奪し、罰を与えておく。それでどうだろうか? 他の隊長格以下のオーバーたちも同じだ」
「そ、それを行うかどうか、わ、分かりません」
罰しておくと口にするのは簡単だ。だが、それはこちらには分からない。口だけなのかもしれない。まぁ、でも、それほど、こだわる必要が――この毛玉鎧たちを罰して欲しいわけではないのだが……。
「そこは安心して欲しい。今の時勢、国境の警備は重要な仕事だ。この者たちも力だけはあった。それを見込んで選んだのだが、こうも愚かだと使い物にならん。そして、他の連中もそうだ。愚かな隊長を止められないような者では役に立たん。どちらにしても入れ替える必要があった」
どちらとは、何のことだろうか。それに国境の警備? 何かが起こっているのは間違いなさそうだ。
「……獣王様のところへ案内しよう」
将軍が話を切り上げる。
見捨てられた毛玉鎧はどうしたら良いのか分からないらしく、こちらと将軍の方をキョロキョロと見ている。
その毛玉鎧を無視して将軍の後を追う。
「獣王……?」
「君たちが会いたがっている方だ。この国の一番偉い方だ。そして、この国で一番強い方でもある」
獣王、か。
話の分かる人なら良いのだが。