303 越える者たち
逃げた戦士が戻ってきたようだ。
「あれが襲撃してきた輩かね」
何だかとても偉そうな戦士を連れている。その偉そうなのは全身毛むくじゃらの姿に鎧を着込んでいる――毛玉だ。
「はい、隊長。襲ってきた魔王の手下です」
何だか好き勝手なことを言われている。
『ふむ。何だか殴りたくなる面構えがやって来たのじゃ』
『確かに。妙に殴りたくなる顔ね!』
銀のイフリーダと真っ赤な猫は好き勝手なことを言っている。好き勝手具合ではこちらも負けていない。
何処か偉そうな毛玉の戦士が僕たちの前に立つ。
「魔王の手下よ。好き勝手なことをしたようだが、このオーバー・サンズが来たからには終わりだ」
そして言葉と共に剣を引き抜く。
『レーム、知ってる?』
レームは首を横に振る。
『いや、聞いたことがない。獣国の将軍にオーバーなんて名前のものはいなかったと思う』
『ええ! 私も知らない!』
真っ赤な猫はともかく、レームも知らないようだ。たいしたことのない人物かもしれない。
「え、偉い?」
そのオーバーなんちゃらに話しかける。
「何だ、従者か? 近寄って病が移ったりしないだろうな?」
オーバーなんちゃらは剣を構えたまま、一歩、後退っている。僕の体が少しだけぐちゃぐちゃなのを病気だと勘違いしたようだ。酷い話だ。
「え、えーっと、偉い?」
あまり偉くなさそうだ。
「何を言う! このオーバー・サンズ、我が国の玄関口たる、この街を守る戦士を束ねる戦士長! 偉い。とても偉い! 凄く偉い!」
毛玉鎧が必死に何か言っている。そして、剣先をレームへと突きつけた。
「そこの魔獣に乗った騎士! その姿から魔王軍でも一軍の将とみた! このオーバー・サンズと戦え! 一騎打ちをするのだ!」
毛玉鎧が何か叫んでいる。
『ソラ、どうする?』
レームは黒金の兜の面頬を掻きながら苦笑している。
『一騎打ちをする義理もないですが、任せます』
『分かった』
レームが暴れ馬から飛び降り、剣を構える。
「ふふ。このオーバー・サンズに恐れを成すかと思ったが、良いだろう! 食らえ!」
何か喋っている毛玉鎧が剣を構え駆ける。
毛玉鎧がレームへと迫り剣を振り下ろす。対するようにレームが剣を振るう。
……。
振り下ろされようとしていた毛玉鎧の剣が千切りに――レームの剣によってバラバラになる。レームは、そのまま剣を回転させ、毛玉鎧の首筋に剣の柄を叩きつける。
「おご、ぽぉ」
毛玉鎧が何やらキラキラと汚いものを吐き出して崩れ落ちる。
『殺した?』
『いや、手加減した』
レームは首を横に振る。
そしてレームはおろおろと成り行きを見守っていたフードのサザの方へと振り向く。
『剣の切れ味が増している。さすがだ』
フードのサザは良い仕事をしたようだ。僕が知っている時よりも鍛冶の腕は上がっているのだろう。
「く、くぉぉぉ! 痛い! な、なんたる!」
その時だ。毛玉鎧が首筋をさすりながら立ち上がった。
『えーっと、レームさん?』
『い、いや、起き上がれないほどの一撃を加えたはずだが……思ったよりも丈夫だったようだ』
レームは黒金の兜の面頬を掻いている。
「ひ、卑怯だぞ! そのような剣を使うとは! これでは勝負にならぬ!」
毛玉鎧が勝手なことを言っている。ヒトシュらしい勝手な物言いだが、あまり楽しい言葉ではない。
『レーム?』
レームは肩を竦めている。
『このような小者に自分の大切な剣を使わせたくはないんだがなぁ』
そして、手にしていた剣を毛玉鎧の目の前に投げる。そして腰に差していたもう一つの方の剣を引き抜く。
毛玉鎧が驚いた様子で目の前の剣とレームを見比べている。
「ど、どうぞ。使ってみては?」
毛玉鎧が剣に手をかける。
「ほ、ほう! 魔王軍にしてはなかなか話が分かるではないか!」
そして剣を引き抜き、構える。そのまま剣を振り上げレームへと駆ける。
毛玉鎧が振り下ろした剣とレームの剣がぶつかり合う。先ほどのように剣がバラバラになることはない。が、毛玉鎧の剣は簡単に弾かれた。剣を弾かれ、毛玉鎧の胴ががら空きになる。そのがら空きの胴にレームが平にした剣を叩きつける。
毛玉鎧の体が宙に浮き上がる。
「ごぽぅぁ」
毛玉鎧がキラキラと異臭の放つ液体を吐き出しながら、地面に転がった。白目を剥いている。さすがに今度は起き上がれないようだ。
レームは無言で剣を拾っている。
獣国……。
ここに来た意味があったのだろうか。
少しだけ後悔を……。
「ここですね。我が国を襲撃し……お、弟よ!」
と、そこへ新しい毛玉鎧がやって来た。
新しい毛玉鎧が剣を引き抜く。
「魔王軍め! このオーバー・ロウが弟の仇を取る」
新しいオーバーなんちゃらがやって来た。
「え、えーっと、偉い?」
「何を言っている! この街を守る私に向かって! 戦士長の偉さが分からないとでも言うのか!」
二人目の戦士長らしい。
『えーっと、レーム』
『分かってる』
レームはため息でも吐き出しそうな様子だ。
そして駆ける。
両の手に持った剣を交差させるように毛玉鎧の胴に打ち付ける。その一撃を食らって新しい毛玉鎧が吹き飛ぶ。
弱い、弱すぎる。
「な、な、こ、こちらが構える前に攻撃するとは、ひ、卑怯な……」
だが、毛玉鎧はまだ意識があるようだ。よろよろと立ち上がっている。なかなか頑丈な体を持っている。
『手加減してないのだが。意外だ』
レームが驚いている。
その驚き動きが止まったレームへと毛玉鎧が迫る。のろのろと、剣を持っているのもやっとな様子で迫る!
その毛玉鎧の頭上にレームが剣の石突を落とす。その一撃で毛玉鎧は何やらキラキラと輝くおぞましいものを口から吐き出して崩れ落ちた。
弱い、弱すぎる。
「お、弟たちよ!」
と、そこに新しい毛玉鎧が現れた。三人目だ。
「このオーバー・チャンが仇を取るぞ!」
新しい毛玉鎧が剣を引き抜く。
あまり強そうではない。先ほどまでの毛玉鎧と同じような強さにしか見えない。
……。
このまま無限に、この毛玉鎧が現れるなんてことは……。
恐ろしい。
『れ、レーム』
『わ、分かっている』
レームも同じ気持ちなのかもしれない。
レームが新しい毛玉鎧を蹴散らす。
「な、弟たちが!」
と、そこに新しい毛玉鎧が現れた。
「え、えーっと、な、何人いるの?」
新しい毛玉鎧が剣を引き抜く。
「我らを、この街を守護するオーバー六人兄弟と知ってのことか!」
……。
六人で終わりのようだ。
終わりがあって良かった。