302 すてきな選択
「ま、待って、ください」
門の上の戦士に呼びかける。
「むむむ。人語を解す……のか?」
門の上の獣耳の戦士が首を傾げている。どうやら、いきなり敵対という状況は何とか避けれたようだ。
「あー、ごほんっ」
フードのサザが咳払いをする。そして、ゆっくりと笑う。
「ワタシ、は、たびの、カジシです。中に入る」
カタコトの言葉で語りかける。フードのサザはヒトシュの言葉があまり得意ではないようだ。これは良くない。少し補足しておこう。
「か、彼女は、旅の鍛冶士、です」
門の上の獣耳の戦士が頷く。
「そ、そうか。鍛冶士に騎士、飼い慣らした魔獣と、そしてお前は従者か」
鍛冶士はフードのサザのことだとして、魔獣は真っ赤な猫のローラ、騎士はレームだろうか。となると、従者は僕のことか?
「ソーデス」
フードのサザが頷いている。
「従者、じゃない」
僕は従者ではない。
『ちょっと、話を混ぜ返して大丈夫なの? 適当に話しを合わせてればいいのに!』
『いや、こういうのはだな。誤解なく真摯に真実を伝えることが後の関係に繋がるんだ』
『ふむ。どちらでも良いのじゃ。愚者は殲滅すれば良いのじゃ』
銀のイフリーダ、レーム、真っ赤な猫は好き勝手なことを言っている。
「それでお前たちの目的は何だ。ここに何の目的があって来た」
門の上の獣耳の戦士はこちらに話しかけながら、何やら右手を動かしている。くるくると回して、まるで何かの合図を送っているかのようだ。
「このクニでカジ、仕事、する」
フードのサザの言葉を聞いて門の上の獣耳の戦士は頷いている。
「なるほど。優れた鍛冶士はありがたいものだ」
「では、門を、中に入る」
……。
門の上の獣耳の戦士に反応がない。迷っているのかもしれない。
「敵意は、ない。話したい、ことが、ある」
呼びかける。通じるだろうか?
「なるほど」
獣耳の戦士はそれだけ言うと門の上から姿を消した。
「はぁ? 何それ」
フードのサザは地団駄を踏んでいる。入国を断られたと思ったのだろう。
それを無視してしばらく待つ。
門の向こう側に複数の気配があるのは分かっている。どうするか相談しているのだろう。
だから、待つだけだ。
そして、ゆっくりと門が開き始めた。
……どうやら受け入れてくれることに決まったようだ。だが、門の側に複数の気配が待ち構えているのは変わらない。何か嫌な感じだ。
「開いた!」
フードのサザは喜んでいる。
『レーム』
『ああ、分かっている』
『ちょっと! 私は分からないから!』
『ふむ。分からねば、無言で着いてくるのじゃ』
真っ赤な猫を無視して門の向こう側へと進む。
……。
その瞬間、多くの戦士に取り囲まれる。十人くらいだろうか? 手には槍や剣など、色々な武器が見える。
「これは、どういうことなのさ!」
フードのサザが怒りを露わにしている。だが、その言葉は相手に通じていないだろう。
だから、僕が一歩前に出る。
「ど、どういうつもりですか?」
「分かっているぞ。魔王の手先め!」
戦士の一人がそんなことを言っている。
『えーっと、どうやら勘違いされているようですね』
『ああ。魔獣を連れているのが不味かったのだろうか』
『ちょっと! それ、私のこと?』
『いや、この暴れ馬のことなのだが……』
見た目で怪しまれたのだろうか。
「魔王の手先では、あ、ありません。ぎゃ、逆です」
信じて貰えるかどうかは別として、話すだけ話してみよう。
「そんな話を信じる馬鹿がいるか」
獣耳の戦士はそんなことを言っている。
『ソラ、どうする?』
『そうですね。以前の僕なら、戦いを避けようとしたかもしれません。ですが、今の僕はそこまで甘くない』
そう甘くない。
「話の分かる人を、よ、呼んでください」
獣耳の戦士は首を横に振る。
「そんな馬鹿な真似をするものか」
「で、では、これはあなたの独断で、ですか?」
「何を言っている!」
獣耳の戦士がこちらへと槍を突き出す。
……。
なるほど。
「こちら、と、敵対するつもりだと、は、判断しますよ。それで、構わない、んですね?」
伝える。
これで分かってくれるならヒトシュと呼ばれないだろう。結果は分かっている。
分かっているが、一応、善意で伝える。
「なぁ、おい。さっきから何の話を進めているんだ!?」
フードのサザは困ったようにキョロキョロと周囲を、周囲とこちらを見比べている。
「彼らに対しての、最後、通告です、よ」
フードのサザに教える。それでもフードのサザはよく分からないという顔をしていた。
武器を持った戦士たちの輪が迫る。
ため息が出る。
『ソラ、どうする?』
レームの言葉。その手はすでに剣の柄の上にある。
『話して分からないなら、叩きのめすしかないのでは? いつになってもヒトシュは変わらない』
『耳が痛いな』
レームは苦笑している。
自分より上のものがいるはずなのに、そちらと相談せずに自分の判断で行動する。自分が行うことの意味や結果を考えない。何でも自分の思い描いたとおりになると思い込んでいる。いつもの、ヒトシュらしいヒトシュたちだ。
もう仕方ない。
「僕たちを、み、味方にするよりも、敵対する、ことを選んだのは、あなたです。あなた、たちです」
「何を言って……」
獣耳の戦士が口を開く。だが、それ以上、喋ることはない。もう喋ることは出来ない。
すでにレームが動き、剣の一撃で戦士を吹き飛ばしている。
僕も動こう。
『行きますよ』
『もう、こうなるのね……』
銀の右手を振り回し、獣耳の戦士を吹き飛ばし、叩き潰す。この程度の相手に弓と矢を使うのは勿体ない。
真っ赤な猫のローラが戦士の皮鎧を鋭い爪で斬り裂き、口から吐き出した炎の息で周囲の戦士たちを追い払う。
「う、うわぁぁぁ!」
獣耳の戦士が叫び声を上げて逃げていく。
さて、これで誰かもっと歯ごたえのある相手を呼んで来てくれるなら良いのだけど。
さてさて。