301 まちぼうけ?
盆地に作られた街へと歩いて行く。やがて巨大な壁と門が見えてくる。最近作られたものではない。至る所に増築、改築した跡が残っている。そこにあった歴史を感じさせる壁だ。この壁と門が外敵の襲撃から街を守っているのだろう。
道を歩き、門の前に辿り着く。だが、何の反応もない。門は閉じられたままだ。
門や壁が破壊されている様子は無い。古くなって傷んでしまっている箇所はあるが、それだけだ。この壁はしっかりと機能している。
なのに人の気配がない。
『どう思います?』
『自分もあまり獣国に来たことがあるわけではないからな。分からないな』
『もう! 肝心なところで頼りにならないんだから!』
真っ赤な猫が肩を竦めて大きなため息を吐いている。
『ふむ。そういう猫はどうなのじゃ?』
『私が分かるわけないじゃない』
この猫は頼りにならないようだ。
にしても、だ。レームでも分からないなら、どうしようもない。
扉を破壊して無理矢理この中に入ることは出来そうだ。だが、それをやってしまうと、この町に住む人たちと敵対することになってしまうだろう。それは得策じゃない。
「反応がないぜ」
フードのサザが扉を叩いている。最初は軽く、今は勢いよく。そして、ついには小型の金槌を手に取る。
それはいけない。
「ま、まってください」
慌ててフードのサザを止める。
「やるわけないじゃん」
フードのサザが小型の金槌をしまう。冗談ぽく小型の金槌をしまっているが、止めなければ本気でやるつもりだったはずだ。
「えーっと、ですね。そ、その扉の向こうには、だ、誰もいません」
「そ? ああ。それなら叩いても無意味か。いや、それなら中に入って人を探した方が良くない?」
どうだろう。
確かにフードのサザの言葉には一理あるような気もする。でも、それで、もし人が戻ってきたら……言い訳が出来るだろうか?
焦っているわけでも、時間が限られているわけでもない。少し待ってみても良いと思う。それでも駄目なら、その時になってから、無理矢理侵入すればいいのだ。
「ここで、ま、待ってみましょう」
門の前で座る。
レームも暴れ馬から降りて座る。真っ赤な猫を見れば、すでに丸くなり欠伸をしていた。もう完全に猫だ。心まで猫になってしまったかのようだ。大丈夫だろうか。
日が暮れ、夜の闇に染まり、そしてまた陽が昇る。
朝だ。しかし、それでも扉の向こうに人の気配は感じられなかった。
扉の前で待つ。僕もレームも眠る必要がない。眠る必要があるのは真っ赤な猫のローラと暴れ馬だけだ。だから、ただ静かに座り、待つ。それだけだ。
「そういえば、おまえ、弓を扱っているようだな」
扉の前で座って目を閉じているとフードのサザが話しかけてきた。目を開ける。
「そ、そうですね」
「しかし、その矢はなんだ」
フードのサザが矢筒に入っている矢を指差している。
「矢、です」
「矢なのは分かってるってーの。ちょっと貸せよ」
フードのサザに矢が没収される。
「それと、そこの骨!」
レームが驚いた顔で――いや、骨なので表情は変わらないが、驚いた様子で、キョロキョロと周囲を見回している。
「いや、骨はお前しかいないだろ……」
フードのサザがあぐらを掻いて座っていたレームへと近寄る。
「その剣、貸せ」
そして手を伸ばす。
『そ、ソラ、どうするべきだ!?』
レームが慌てている。
『えーっと、渡してあげてください』
『あ、ああ』
レームがフードのサザに剣を渡す。
「やはり、そうか」
剣を眺めていたサザが何かを呟きながら舌打ちしている。
「乱暴に扱いやがって……」
『い、いや、大切に扱っている。お気に入りの剣だ』
レームが慌てている。
「そこの骨。私が手入れしてやるから」
『は、はい』
全身鎧姿のレームが、こくこくと頷いている。
「そこのぐちゃぐちゃな大きいの! 私が矢を作ってやる」
ぐちゃぐちゃな大きいのとは僕のことだろうか。酷い言い様だ。
「どうせ待つなら、その間、出来ることをやる!」
フードのサザは何やら張り切っている。単純に暇なのかもしれない。
そしてまた日が暮れる。
夜の闇に包まれ、新しい陽が昇る。
新しい一日だ。
そして、にわかに門の向こう側が騒がしくなり始めた。多くの人の気配を感じる。何処かに隠れていた人々が出てきたようだ。
何をしていたのだろう?
何があったのだろう?
『レーム、人の気配が』
『分かった』
レームが立ち上がり、休んでいた暴れ馬に跨がる。
『え? なに、何?』
真っ赤な猫も目覚めたようだ。
眠っているのはフードのサザだけだ。
そのまま待つ。
しばらく待っていると、門の上に人が現れた。獣の耳がくっついた獣人の戦士だ。革の鎧に長槍と弓を持っている。
……。
門の上の戦士と視線が合う。門の上の戦士がこちらに気付いたようだ。
「何者だ!」
なにものだろう?
「どうしたんだ?」
フードのサザが目を覚ましたようだ。大きく伸びをしながら欠伸をしている。のんきなものだ。
「も、門番が、き、きました」
「門番?」
そこでやっと門の上の戦士に気付いたようだ。慌てて立ち上がっている。
「私たちは旅のものです。ここを開けてくれませんか?」
フードのサザが話しかける。だが、門番には通じなかったようだ。
「訳の分からない言葉を! 魔獣の類いか!」
門の上の戦士が警戒心を強めている。
ここの門番には古代語は通じないようだ。
さあ、どうしよう。