296 おちてちを
魔獣を探して森を彷徨う。
懐かしい東側の森だ。ここで沢山の魔獣と戦い、沢山の素材を、沢山の恩恵を得た場所だ。
『それにしても、弓と矢も使っていたんだね』
『ふむ。槍でも離れた相手を攻撃出来るというのに、情けない奴らなのじゃ』
リュウシュは、元々、弓の使い手ばかりだったはずだ。それを忘れていなかったのは、何だかとても嬉しい。
……。
『弓と矢も悪くないよ』
『ふむ。それは否定しないのじゃ』
銀のイフリーダが肩を竦めている。
銀のイフリーダとそんな会話をしながら森を彷徨う。
『あれ?』
『うむ』
そして、すぐ近くに魔獣の気配を見つけた。マナの輝きは小さい。あまり大きなマナの結晶は持っていないようだ。
『魔獣だね』
『うむ。魔獣じゃ』
気付かれないように近づく。
魔獣は巨大な蛇の姿をしていた。
『あー、そういえば、ここには、こんな魔獣がいたよね』
背後から近寄り、銀の手で巨大な蛇の頭を叩き潰す。それだけで魔獣は動きを止めた。
頭を潰されて生きている魔獣は少ない。この周辺の魔獣なら、この程度なのだろう。
蛇の魔獣の体内にあるマナの結晶を探す。
『この辺かな?』
銀の手で蛇の鱗を貫き、体内からマナの結晶を引き抜く。
『我を武器のように使うでないのじゃ』
何故か血まみれ姿の銀のイフリーダが体を震わせ飛沫を飛ばしている。
……銀の手を見る。蛇の体を無理矢理貫いたからか血だらけだ。なるほど。分かり易い。
『それで、そのマナ結晶をどうするのじゃ?』
銀のイフリーダの姿は元に戻っている。切り替わるのが早い。
『持って帰るよ。もう少し集めようかな』
蛇の肉はそのままだ。少し勿体ない気もするが、自分の仲間たちの中で魔獣の肉を食べられるのは暴れ馬だけだ。暴れ馬のためだけに持って帰るのには、少々、この肉の量は多すぎる。
……。
他の魔獣を探そう。
しばらく魔獣を狩り続け、充分な数のマナ結晶が手に入ったところでレームたちのところへと戻る。
『ソラ、戻ってきたか』
レームがこちらに気付き顔を上げる。
その近くには丸くなっている真っ赤な猫の姿が見えた。もしかすると、レームは眠っている真っ赤な猫を守っていたのかもしれない。
『レーム、これを』
レームの前に集めたマナ結晶を広げる。
『これは?』
『必要だろう? 後で、そこの真っ赤な猫が目を覚ましたら別けて』
『分かった』
レームが頷く。
『何じゃと! 我のために集めたマナ結晶だと思っていたのじゃ!』
銀のイフリーダは驚いている。なかなかに元気いっぱいだ。銀のイフリーダにマナ結晶は必要ないだろう。
『起きてるから……』
と、そこで丸くなっていた真っ赤な猫がゆっくりと、その目を開けた。
『起きていたんだ』
『周囲で騒がしくされたら起きるから』
真っ赤な猫が大きな欠伸をしている。完全に猫だ。
……にしても騒がしかっただろうか。マナの伝達で会話をしているので音は立てていないはずなのだが。
『ふむ。狸寝入りなのじゃ』
『誰がタヌキよ! あんな魔獣と一緒にしないで』
真っ赤な猫が瞳孔を縦にして怒っている。
『タヌキなんて魔獣がいるんですね』
真っ赤な猫が大きなため息を吐き出す。
『それで、何をしてきたの?』
『マナ結晶を集めてきました。二人には必要だからね』
真っ赤な猫が顔を背ける。そして、ぺしぺしと地面を叩く。
『あ、ありがとう』
もしかすると真っ赤な猫は照れているのかもしれない。
『うむ。お礼が言える猫なのじゃ』
何故か銀のイフリーダが胸を張っている。
『だから! なんで、このちっこいのは偉そうなの!』
『何を言うのじゃ。無の女神の一部である我は偉いのじゃ』
『はいはい。そうね、そうね』
……。
この二人は止めないといつまででも会話していそうだ。仲が良すぎるようだ。
『ローラはもう元気そうだね。そのマナ結晶を食べたら出発しよう』
『はいはい』
真っ赤な猫が小さく頷く。
『ああ。自分も急いでマナを吸収しよう。魔獣のような体とは不便なものだ』
骸骨姿のレームがマナ結晶を食べている。レームがマナ結晶を咥えると、ふわりと消えていく。不思議な光景だ。
『あら、そう? 結構、美味しくて悪くないと思うけど?』
真っ赤な猫がマナ結晶を食べている。こちらはガリガリと齧り付いて食べている。
『何故、我の分がないのじゃ!』
銀のイフリーダが頭を抱えている。
『食べる?』
真っ赤な猫がこちらを見る。
銀のイフリーダの姿は見えていても何処に居るのかは分からないのだから仕方ない。
『えーっと、大丈夫ですよ。それは二人のものだから、二人でどうぞ』
『そう?』
銀の手でもある銀のイフリーダには僕が直接マナを分け与えている。他からマナを摂取する必要はない……はずだ。
二人がマナの結晶を食べている間、暴れ馬は周辺の草を食べていた。この暴れ馬は草からもマナを吸収できるようだ。
しばらく、その場で待ち、皆の食事が終わるのを待つ。
『ソラ、待たせたな。行こう』
レームが立ち上がり、暴れ馬に跨がる。
『待たせたようね』
真っ赤な猫も立ち上がる。
さあ、行こう。
追っ手がいなくなったわけじゃない。
しばらく歩き続け、森を抜ける。
石の城がなくなった平原を歩く。
『それで獣国にはどこから向かうんですか?』
『それはね……』
真っ赤な猫が必要以上に重々しく気取った態度を取る。
『ああ、それなら、ソラと再会した平原を越えた先だ』
『ちょっと! 何故、何故、そういうことをするの!』
真っ赤な猫は何故か怒っている。
『なるほど。あの先なんですね』
『ああ。あそこをまた通るのは、少し気が重い。だが、それも仕方ないことだろう』
確かにレームにとっては辛い場所だろう。
『ねえ! ちょっと、私を無視してない?』
『うむ。猫だから仕方ないのじゃ』
銀のイフリーダが真っ赤な猫を指差して笑い転げている。何が猫だから仕方ないのだろうか。意味が分からない。
『えーっと、とりあえず急ぎましょう』
時間が限られているわけじゃない。それでもゆっくりしている場合じゃないはずだ。
ここを抜ければ、すぐに平原だ。