295 くろうする
抱えていた暴れ馬を地上へと降ろす。暴れ馬は怯えた顔で小さく震えている。
『よしよし、怖かったのに暴れなかったのは偉いね』
怯えている暴れ馬の顔を撫でてあげると、より一層、大人しくなった。
……。
先行させた真っ赤な猫とレームは無事だろうか。
体に刺さっていた矢を払い落としながら周囲を見回す。
少し離れた場所で、ぜーはーと大きく荒い息を吐き出している真っ赤な猫の姿が見えた。その側には地面に突き刺さっているレームの姿も見える。
……間抜けな姿で突き刺さっている。
『ふむ。なかなか面白いことになっているのじゃ』
二人の様子を見て銀のイフリーダがゲラゲラと笑い転げている。
……。
地上に近づいたところでレームを投げ捨てたのだろうか。この真っ赤な猫は酷いことをするものだ。
暴れ馬とともに急いで駆け寄る。
『重い! 重たい! 重たかった!』
真っ赤な猫がこちらにマナの伝達で意思を飛ばしながら、口でもギャウギャウと鳴き叫んでいる。とても息が荒い。
とりあえず真っ赤な猫は無視してレームを助けだそう。骨が砕けていないか、心配になる埋まり方だ。
地面に突き刺さっているレームを引っ張り出す。
……。
レームが動かない。死んでいるように動かない。
『レーム、レーム、聞こえる? 生きてる?』
呼びかける。
『ふむ。こやつはすでに死んでいるのじゃ。骨なのじゃ』
銀のイフリーダは何が楽しいのか笑い転げている。
呼びかけてしばらく待つと眼窩の奥に小さな炎が灯った。
骸骨が跳ね起きる。
『て、敵は!?』
寝ぼけているかのような反応だ。
『まだ遠くかな』
現状把握は重要だ。さすがはレーム。
『あ、ああ。そうだったな。そうか……』
レームが骸骨頭を軽く振っている。何か挟まっているのかカラカラと変な音がしている。
そんなレームが心配なのか、暴れ馬が頭をこすりつけていた。
『ソラ。待たせたようだ。もう大丈夫だ。急ごう』
レームが立ち上がる。
そして、真っ赤な猫の方を見る。真っ赤な猫は未だ荒い息を続けている。
『大丈夫?』
『ふ、ふん。これくらい余裕なんだから』
息は荒いが、意識はしっかりしているようだ。これなら大丈夫だろう。
『追っ手が来る前に行きましょう』
『分かった』
レームが暴れ馬に跨がる。
『私も動けるから』
真っ赤な猫が荒い息を飲み込み、歩き出す。
『はい、行きましょう』
三人と一匹で森の中を歩いて行く。
その途中、真っ赤な猫が騒ぎ始めた。
『ちょ、ちょっとずるくない?』
真っ赤な猫が暴れ馬に跨がったレームの方を見ている。見ながら歩いている。
『あ、ああ』
レームが困ったような様子でこちらを見る。どう答えたら良いのか分からないのだろう。僕も分からない。
『うむ。王と従者の構図なのじゃ』
銀のイフリーダは笑い続けている。
『ちょっと、そこの小さいの!』
『誰が小さいのなのじゃ! おぬしなんて猫じゃ。猫なのじゃ』
銀のイフリーダと真っ赤な猫のローラがじゃれ合っている。とても仲が良いようだ。もしかすると、こうやって会話を行うことで疲労を誤魔化しているのかもしれない。
森を歩く。
今度は彷徨うことは無さそうだ。だが、リュウシュの追っ手があることを考えれば、急いで抜けるべきだ。
『この森を抜けるまでは急ぎましょう』
『分かってるから。大丈夫だから』
真っ赤な猫が歩く。
暴れ馬も歩く。
森の中を歩く。
歩き続ける。
時々、マナの流れを見て背後に気配がないかを確認する。こちらを追ってきているような、いくつかのマナの気配を感じるが、まだまだ遠い。これなら追いつかれることはないだろう。
森の半ばまで進んでいる。森を抜けるまで休むつもりはなかったが、これなら大丈夫そうだ。もう大丈夫だろう。
『追っ手との距離はまだあるようです。少し休みましょう』
『そう? で、でも、私はまだ大丈夫だから』
真っ赤な猫が歩く。足を止めない。
『休みましょう』
だから、自分から足を止める。それを見たレームも暴れ馬の足を止める。
『そうだな。今日はここまでだ』
レームが暴れ馬から降りる。
『休憩してから出発です』
座る。
そこでやっと真っ赤な猫がこちらへと振り返り、足を止める。
『分かった。休憩ね。分かってるから、無理はしないから』
真っ赤な猫が座り込み、丸くなる。疲れているからか、とても素直だ。
『私、ちょっと眠るから』
そして、そのまま目を閉じる。本当に疲れていたようだ。
さて、と。
しばらく待つ。真っ赤な猫が目を覚ます様子は無い。しっかりと眠っているようだ。
……。
……。
『レーム、ちょっと行ってくるよ』
『何かあったのか?』
座っていたレームも立ち上がりそうになっていたので手を伸ばし、待ったをかける。
『追っ手じゃないから。ちょっと魔獣を狩りにいってくるだけです』
この周辺の魔獣を狩って少しでもマナの結晶を集めてくるつもりだ。
さて、と。