003 チョコレートの季節
『では、我がソラを鍛えるのじゃ』
銀の少女は楽しそうだ。
「ちょっと待って」
しかし、それに自分は待ったをかける。
『なんじゃ、どうしたのじゃ?』
「ごめん。さっきの魚だけでは、少し食べ足りないんだ。出来れば、もう少し捕まえて食べたいんだよ」
こちらの言葉に銀の少女は歯を見せ、にかっと笑う。
『ならば、それがまず第一の修行じゃな! 先ほどの手本と同じようにやってみるのじゃ』
銀の少女が俺の体を使って湖に木の枝を突き刺したように、それと同じように。
新しい木の枝を探し、握る。自分の背くらいはありそうな長めの木の枝は雨が降っていたからか少し湿っている。木の枝の先端を尖らせるために折れた剣を添える。そのまま刃を通そうとして――刃が通らない。折れた剣を見れば、その刃の一部が欠け、ボロボロになっていた。
「え? さっきは、簡単に削れていたのに……」
『それが我とソラの力量の差なのじゃ!』
近くに控えていた銀の少女が得意気に胸を反らしている。それを見たからという訳ではないが、ムキになったかのように何度も何度も折れた剣を木の枝に叩きつける。堅い。思っていた何倍も堅い。それでも木の枝は少しずつ削れ、形は不格好だが、何とか尖ったような形になっていく。
「どう?」
そのいびつながらも尖った木の枝を銀の少女に見せる。
『まぁまぁじゃ!』
まぁまぁなのか……。
折れた剣を左手に、右手に尖った長い木の枝を持ち、湖へと進む。そして尖った木の枝を構える。湖のふちから下は深くなっており、水までは少し手を伸ばさないと届きそうにない。
「確か、こう力を入れて、捻って」
先ほど銀の少女が行ったとおりに、自分の体が覚えている通りの感覚で湖の黒い影を目掛けて木の枝を差し込む。ばしゃんと激しい水しぶきが起こる。そして湖に広がった波紋が消えた後には魚の影が消えていた。
『地道な練習なのじゃ!』
「そうだね。頑張るよ」
『うむ。頑張るのじゃ』
今は出来なくても、練習すれば出来るはず。きっと、いや、必ずだよね。だって、この自分の体を使って実際に出来たことなんだから。
そして、いつかではなく、今、出来るようにならないと。だって、これが出来ないと食べる物が……。
水面が落ち着くのを待ち、魚影を確認し、もう一度、木の枝を構える。もっと早く、鋭く、水面に差し込むように……。
湖に小さな波紋が広がり、魚影に尖った木の枝が当たる。そして、そのまま弾かれた。
「鱗が固い!?」
『ふむ。要練習じゃな!』
銀の少女の言葉に頷きを返し、水面が穏やかになるのを待って、再度、木の枝を湖へと、魚影へと突き入れる。
しかし、尖った木の枝は魚に弾かれた。
何が違う?
考える。
木の枝を上手く尖らせることが出来なかったから? いや、違う。違うはずだ。
勢いが足りない?
思い出すんだ。考えるんだ。
感覚を思い出す。
銀の少女が自分の体を動かした、その時、そのままで――狙う。
「ここだ!」
尖った木の枝が水面へと滑り込み、魚を貫いた。
『お、おおう! なんと!』
銀の少女が驚きの声を上げる。
そのまま木の枝を引き上げる。その先端には小ぶりな魚が刺さっていた。やった、やったよ。嬉しくなり、魚を銀の少女に見せる。
『ふむ。もっと何日もかかると思っていたのじゃ。凄いのじゃ』
銀の少女は腕を組み、むむむと唸っている。
「いや、君が見本を体で教え込んでくれていたからこそだよ」
そうだ、ただ見せられただけでは、こんなにも早く成功しなかっただろう。自分の体で実際の感覚を理解出来ていたから、こそだ。
というわけで調理開始だ。
魚の刺さった木の枝をとりあえず地面に突き刺す。魚はまだ生きており、逃げだそうともがき動いている。
周囲を見回し、手頃でおあつらえ向きな平べったい石を見つける。湖のふちでしゃがみ込み、そこから手を伸ばして、それを洗う。洗った平べったい石を地面に置く。この石は結構固そうだ。
木の枝に刺さった魚に折れた剣を這わせ、鱗を剥ぎ取っていく。がりがりっとな。魚が動くから結構難しい。ゆっくりと時間をかけ、魚の鱗をそぎ落とす。
『ふむ。ソラは器用なのじゃな』
銀の少女の言葉に少しだけ得意になりながらも作業を続ける。
木の枝から魚を抜き取り、先ほど洗った石の上に乗せる。左手で魚の体を押さえつけ、右手に持った折れた剣を振り下ろす。魚のエラ部分、首筋に刃を叩きつける。一度では刃が通らなかったので何度か繰り返す。切断面がぐちゃぐちゃになってしまったが、何とか頭と胴体を切り離すことに成功する。その切断面から腹の方へと刃を通し、内臓を掻き出す。そのまま再び木の枝を差し込み、湖の水で洗う。力を入れれば尖った木の枝は、しっかりと魚に刺さる。さっき、木の枝が弾かれたのは動いている物を貫くには勢いが足りなかったということだろうか。
簡単に処理した魚が刺さった木の枝を地面に突き刺すことにする。長さを考え、魚が刺さっている先端部分を下にして突き刺す。そして、森の方から、なるべく濡れていない木の枝を何本か探し、魚の刺さった木の枝の下に置く。
濡れているけど火が点くかな? でも、さっきは濡れている木の枝ごと魚を燃やしていたから可能だよね。
「ごめん、この木に火を点けてもらえないかな?」
銀の少女にお願いしてみる。
『ふむ。そこは自分でやってみようと思わぬのじゃな』
銀の少女はこちらを見てニヤニヤと笑っている。
「うーん、それは原理が分からなくて出来る気がしないよ」
『考えずに感じるのじゃ』
銀の少女がこちらの背後に回り、今までと同じように首に腕を回してくる。
『そろそろ力が切れそうなので、今日はこれが最後なのじゃ』
自分の体が勝手に動く。何かが自分の中を走り、集まっていくような感覚。さっきは感じることが出来なかった不思議な感覚。
『ファイアトーチ』
そして、目の前の湿気った木の枝の束に火が灯った。最初は弱々しい火だったのが、木を燃料として強く燃えていく。まるで魔法としか思えない。何も無いところから火を生み出し、そして雨で湿っているはずの木の枝を燃やしていく。
生まれた火によって魚が炙られていく。火力調整をかねて魚の位置をずらしながら、動かしながら焼いていく。油がしたたり、美味しそうな匂いが立ち上る。
頃合いを見て魚の刺さった木の枝を取り、その油のしたたる焼き魚にかじりつく。
「あつ、あつ、熱い」
熱い、口の中が火傷しそうだ。でも、美味しい。身が引き締まりすぎて少し固い気もするけど、自分の歯で噛みちぎれないほどではないから問題ない。元々の素材が良いのか、とても美味しい。あっさりしているのに濃くがある不思議な味わい。噛めば噛むほど口の中に魚の風味が広がる。
夢中で食べる。
食べきってしまう。
サバイバルで重要な火も魔法で何とかなるみたいだし、水も、食事も、睡眠も――後は、安定して生活出来るようになれば……。
『さて、そろそろ我とソラの話になるのじゃ』
考え込んでいた自分に銀の少女が語りかけてくる。自分は出来るだけ真剣な表情を作り頷く。
『では、次は、会話出来るようになる――それが次の修行なのじゃ!』
「会話? 今、普通に会話が出来てると思うけど?」
銀の少女は腕を組み、首を横に振る。
『我が使っておるのは念話じゃ。ソラの心に直接、我が考えていることを伝えておるだけなのじゃ。ソラが喋っている言葉も我には分からないのじゃ。なんとなく言いたいことを、そうだろうという感じで理解しているだけなのじゃ』
「え?」
『今、不思議に思ったようじゃな! それだけ我が凄いということなのじゃ!』
「そ、そうなんだ」
『そうなのじゃ!』
「いやいや、その反応って絶対に分かってるよね? 分かってるよね?」
『というわけでなのじゃ! ソラに言葉を教えるのじゃ!』
銀の少女は腕を組み、胸を反らす。
なんだかよく分からないうちに銀の少女から、この世界の言葉を習うことになった。それよりも先に色々とやることがあるような気がするんだけどなぁ。
チョコは出てこないのだった。