294 しかたない
『ソラ。何処かの国とは……。そのアテはあるのか?』
レームの言葉に首を横に振って応える。
『当てはありません』
レームが頷く。
『ああ、そうなのか。それなら以前にも話したが、向かうべきは公国か獣国になるだろう。それより遠くの国となると、この辺境まで動くとは思えないからな』
『ふーん。それなら向かうべきは獣国ね』
真っ赤な猫が会話に混ざる。
『ああ、そうなるだろうな』
レームは獣国という言葉に反応し、少しだけ嫌そうにしながらも頷く。
『それはどうしてです?』
『ああ、簡単なことさ。どちらも危機感が足りないというのは同じだが、自分たちを受け入れてくれそうなのが獣国だというだけさ』
レームは自分の体を指差す。そして真っ赤な猫と僕を見る。
……。
あ。
骨の姿のレーム、猫の魔獣の姿のローラ、大きな銀色の篭手を身につけたぐちゃぐちゃの僕。人の地で受け入れて貰えるか分からないような姿になってしまっている。
『あそこは外見や種族に関しては意外と緩い。自分たちが人に迫害されていたからな。だが、それにも限度はある』
レームが肩を竦める。
『それに、だ。力や金を優先する国だ。それこそ誇りや家名よりも、な』
『ちょっと棘のある言い方だけど間違ってない』
真っ赤な猫も頷いている。
『分かりました。とりあえず獣国に向かうことにしましょう』
目的地の決定だ。
『ふむ。話はまとまったのじゃな』
銀のイフリーダは欠伸をしている。こういう話にはあまり興味がないのかもしれない。
『それなら道案内は任せて』
真っ赤な猫がキリッとした表情でこちらを見ている。
『いや、それは自分がやろう』
『ちょっと!』
何やらよく分からない言葉になっていない意思を送ってくる真っ赤な猫を無視してレームが会話を続ける。
『それよりも、ソラ。あの城をどうやって抜けるつもりだ? 戦うつもりはないのだろう?』
レームが拠点にある城を、続けてこちらを見る。
『空を飛んで行くつもりです。幸い、僕にも、このローラにも翼があります』
レームが肩を竦める。そして、自分の背中を見ていた。レームに翼はない。
『大丈夫です。一人くらいなら運べます』
『ちょっと、私は誰かを乗せないから。この翼は自分専用だから!』
そこでレームは暴れ馬を見る。
今まで会話に参加できなかった暴れ馬がきょとんとした顔でこちらを見ていた。
『ああ。別にお前を無視していた訳じゃないぞ』
そんな暴れ馬の様子に気付いたレームが、その首筋を撫でる。
『そうですね。暴れ馬も仲間です。ローラ、二人で協力しましょう』
『はぁ、仕方ないか。それでどうするの?』
真っ赤な猫が大きく息を吐き出している。その息には少しだけ真っ赤な炎が混じっていた。
『ローラはレームを運んでください。ローラの気になる王子様です。レームは骨だけなので軽いはずです』
『だ、誰が、き、気にしているの!』
『骨だけとは酷いな』
二人の反応は早い。もう今から息が合っているようだ。
『レームがローラの足にでも掴まれば何とかなりませんか?』
『もう! 運ぶのは分かった。でも、それなら、その重そうな鎧くらいは脱いだら?』
『無理だ。この鎧は体の一部なんだよ』
話はまとまりそうだ。
『それでは重そうな暴れ馬の方は僕が運びます。拠点を……城を抜けるまでなので何とかなると思います』
『分かったよ。ローラさん、頼む』
レームが真っ赤な猫に頭を下げる。それを見た真っ赤な猫は、かなり驚いた様子で頷いていた。
『何か驚くようなことが?』
聞いてみる。
『あなたは分からないでしょうけど、王族や上の立場の者が頭を下げるって結構、重いの』
……。
僕もこの地の王をやっていたと思うのだが。
レームが顔を上げる。
『仲間であれば頭を下げることなど。感謝は伝えるべきだ』
『そうですね』
うん、感謝は伝えるべきだ。
レームが真っ赤な猫の足に掴まる。端から見ると猫にすがりついているちょっと情けない姿だ。
僕は暴れ馬を抱え持つ。予想していた通り、結構な重さだ。
『では、行きましょう』
背中の翼を広げる。
後は飛び立つだけだ。
しかし、そこに待ったがかかる。
「居たのです!」
「敵なのです」
「逃がさないのです」
リュウシュの皆さんだ。まるでこちらの会話が終わるのを待ってくれていたのかのような現れ方だ。
それだけ僕と相性の良い種族だということなのだろうか?
間が良い。
『無視して行きます』
『分かってる』
飛び立つ。
羽ばたく。
「逃げるのです」
「弓、弓を用意するのです」
「は、早くするのです」
飛ぶ。
空を飛ぶ。
真っ赤な猫もばさばさと大きな音を立てて飛んでいる。
『あー、もう!』
だが、真っ赤な猫は何処かふらふらとふらつきながら飛んでいた。
『城を抜けるまでです。ほら、もう城が見えてきました』
『もう! 分かってるから!』
真っ赤な猫は必死の形相で翼をはためかせている。かなりキツそうだ。
城にさしかかる。
と、その城から矢が飛んできた。
一本二本ではない。無数の矢だ。
『あー、もう! 炎で薙ぎ払ってきていい?』
真っ赤な猫の目が本気だ。
『僕が盾になります。だから、急いでここを抜けましょう』
真っ赤な猫を先行させ、空中で止まる。
そして、飛んできた矢を銀の篭手で打ち払う。何本か体に刺さるが問題無い。運んでいる暴れ馬や真っ赤な猫たちに刺さらなければ大丈夫だ。
矢を叩き落とし、薙ぎ払い、耐える。
真っ赤な猫たちが矢の届く範囲から離れたことを確認し自分も飛ぶ。
矢の射程範囲から抜け出す。
なかなか戦慄が走る抜け方になってしまった。だが、これで城は抜けた。後は地上を歩いて進むことが出来る。