291 終わりの地
さて、と。
ここに来た目的は終わっていない。
『そこを退いてくれないか』
翼を持った猫姿のローラに呼びかける。今なら、このマナを介した通話も出来るはずだ。
『何をするつもりか分からないけど、はいはい』
真っ赤な猫が大樹の根元から動く。離れてくれる。
大樹へと近づく。
大きな木だ。ここにあった呪いの海を栄養として大きく育ったのだろうか。
大樹に触れる。
そして、大樹の全体を見る。
少し上に、手頃な大きさの枝が見える。
『あれが良さそうだ』
世界樹の木剣にマナを纏わせ、斬る。
切り取った枝が、何か光に包まれ、ふわふわと漂いながら落ちてくる。この場にあるよく分からない力場の影響だろうか。
漂ってきた枝を掴む。
……。
……。
『帰ろう』
やるべきことはやった。もう、ここに用はない。
『ふむ。帰るとは何処に帰るのじゃ』
銀のイフリーダは首を傾げている。
『あー、うん。それもそうだね。とりあえず待ってくれているレームのところへ、かな?』
『そのちっこいのと話していないで、分かるような説明はないの?』
真っ赤な猫姿のローラがじろりとこちらを見ている。
『来た道を帰ろうってだけだよ』
『はいはい。そういうこと』
そう、後は帰るだけだ。
そして真っ赤な猫が背中の翼を広げる。
『そう? そうね、私も一緒に行くから。それと、私は誰かを背中に乗せて運ぶようなことは出来ないから』
真っ赤な猫は得意気にこちらを見ている。
『そうだね。よろしく』
こちらも背中の翼を広げる。ここからなら飛んだ方が早い。
『そういうところ、ほんと……』
真っ赤な猫が大きなため息を吐き出している。
『どうしました? 帰りましょう』
飛ぶ。
こちらが飛び上がると、それを追いかけるように真っ赤な猫が背中の翼を羽ばたかせて飛び上がった。
真っ赤な猫は、その体以上に大きな翼を動かし、ばっさばっさと大きな音を立てて飛んでいる。かなり目立つ存在だ。
魔獣と戦いたくない時は、一緒に空を飛ぶのは避けた方が良いかもしれない。
空を飛び、毒の谷の底を抜ける。
『そういえば、毒は大丈夫?』
空を飛んでいる分、浄化された空気ではなく、毒の空気が漂っている場所を通っている。毒の空気は獣の因子を持つものには危険だったはずだ。
『大丈夫。この体になって、ここでも問題なくなったみたい』
真っ赤な翼猫の言葉を信じて毒の谷の上空を飛ぶ。
やがて毒の滝が見えてくる。地上を歩くよりも飛ぶ方が早く動ける。地形を無視しているのだから当然だ。
そして、そのまま毒の滝の上へと飛び上がる。
『少し待って』
そのまま飛んで進もうとしている真っ赤な翼猫のローラに待ったをかける。
『何?』
ローラがこちらへと振り返る。
『その先には蜘蛛の糸が広がっているから、そのまま進むと絡め取られるよ』
『そう』
ローラは興味がないような様子で前を見る。
『そうね。そこで見ていると良いわ。このローラ・マウの力を』
そして、大きく頭を持ち上げる。
『何を、するつも……』
ローラがニヤリと笑う。
そして、一気に炎を吐き出した。
蜘蛛の糸が燃える。一気に燃える。
ローラの前に炎の道が作られる。
『どう?』
ローラは得意気な様子でこちらを見ている。
こちらを見ている!
だから、その頭を水平にした平手で叩いた。
「へぶち!」
真っ赤な猫が猫らしくない声で叫ぶ。
『な、何するの!』
そして、痛そうに前足で頭を抱えていた。
『こちらの言葉です。いきなり、何をするんですか』
『道がないなら作ればいいじゃない』
頭を抱えそうになる。
『ここはメロウが使う道です。それはあなたも知っていたと思うのですが……』
『それが?』
『敵対行動を取る必要はないということです』
『はぁ? でも飛んでいけないんでしょ? この方が早いから』
真っ赤な猫が納得がいかないという言葉を瞳にのせ、こちらを見ている。
だから、その首根っこを捕まえて持ち上げる。
『ちょ、ちょっと!』
『ふむ。これは猫なのじゃ』
『猫ですね』
そのまま飛び、燃え残った蜘蛛糸の上に着地する。
『な、何、そのちっこいのまで!』
『何かやる前に相談してください。勝手な判断は駄目です』
もちろん個々の判断に任せることが必要な場面もある――そういうことは割と多い。だけど、この真っ赤な猫耳は、何というか目が離せない。
信じて任せるのは、もうちょっと仲良くなってからだ。
『行きますよ』
首根っこを掴み大人しくなった真っ赤な猫を持ちながら蜘蛛糸の上を歩く。
早くレームと合流しよう。




