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ソライフ  作者: 無為無策の雪ノ葉
空の生命

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290 ねこです

 近寄る。


 立ち上がった真っ赤な猫の魔獣が前足をペチペチと叩きつけてくる。端から見ると可愛らしい仕草のように見える。だが、人と同じ大きさの猫の魔獣から繰り出される一撃は、重く、洒落にならない力を持っている。


 こちらにあて損なった一撃が大樹の根を削り取っている。それだけで一撃の重さがよく分かる。

 何度も、その攻撃を食らう。


 食らう。


 受ける。


 食らう。


 その度に立ち上がり、真っ赤な猫の魔獣へと近寄る。


『何をやっているのじゃ』

 何故か銀のイフリーダが慌てている。

『大丈夫だよ。こうやって敵意がないことを分かって貰うんだよ』


 何度も、何度も、真っ赤な猫の魔獣の一撃を食らう。

『おぬし、いくらあまり効かないとはいえ、喰らい続ければマナが削り取られて終わってしまうのじゃ。どうするつもりなのじゃ』

 銀のイフリーダは困惑した様子でこちらを見ている。銀のイフリーダと僕は共生関係に近い。僕がやられてしまえば、銀のイフリーダが受ける影響は大きいだろう。


『大丈夫だよ』

 だから、安心させるよう言葉で伝える。


 真っ赤な猫の魔獣の攻撃は止まない。ふしゅぅふしゅぅと荒い息を吐き出しながら、こちらを弾き飛ばすように前足を振り回している。

 僕はまるで猫に遊ばれる玩具のようだ。


『何故、避けぬのじゃ』

『避けたら、敵意があると思われるからね』

 だから、あえて受ける。


 受け止める。


 何度も、何度も受け止める。


 最初は吹き飛ばされた一撃だが、徐々に受け止めることが出来るようになる。体が真っ赤な猫の魔獣の一撃に対応し始めているのかもしれない。


 真っ赤な猫の魔獣の一撃が止む。


 疲れたように荒い息を吐き出しながら、こちらを見ている。


 こちらに敵意がないと伝わったのだろうか。分かって貰えただろうか。


「だいじょうぶ、だ、だい、大丈夫だよ」

 近寄る。


 真っ赤な猫の魔獣が後退る。だから、もう一歩、踏み込む。


 真っ赤な猫の魔獣の背後には大樹がある。これ以上は下がれない。


 左手を伸ばす。


 真っ赤な猫の魔獣は、恐れるように、それでいて好奇心を刺激されたかのように、その手を見ている。


 真っ赤な猫の魔獣に左手で触れる。さらさらの毛並みだ。スコルとは違う。しっかりと手入れを行っているのかもしれない。


 誰が? 自分でだろう。


「もう大丈夫だよ」

 呼びかける。

「もう怖いことなんてないよ」

 呼びかける。


 言葉だけでは足りない。


 言葉だけでは届かない。


 伸ばした左手から、触れた左手から、相手のマナへと直接語りかける。


『聞こえる?』

 語りかける。


 ぼんやりとしたマナの輝き。まるで眠っているかのような輝き。


 魔獣へと姿を変え、体内にあるマナの結晶が輝きを増している。力を蓄えている。それでも、それは、まだ、ぼんやりとした色だ。


『聞こえる?』


 マナの結晶の中に小さな影が、人の意思のような影が見える。


『聞こえる?』


 マナの結晶へと直接話しかける。


『聞こえる? 聞こえる?』

 呼びかける。


 マナの結晶の中で眠る膝を抱えた人のような影がゆっくりと動く。


 そうだ。


 マナに直接語りかけることが出来る、僕なら、繋がりがなくてもっ!


『聞こえる?』

 マナの結晶の中にある影がゆらりゆらりと揺らめいている。声に反応している。


 まだ、間に合う。


 完全に魔獣と化していない。強い意志を持っていたから、だから魔獣として甦った。でも、だからこそ、まだ、その魂の中に人としての意思が残っている。


 まだ大丈夫だ。


『聞くんだ!』

 呼びかける。


 影が揺らめく。


『君はローラだ』

 影に呼びかける。


『君の名前はローラだ!』

 影が大きく揺らめく。


『思い出すんだ!』

 影がゆっくりと動く。


『わ、わたし、わたしの、なまえ……』

 マナの意思を感じる。


 魂。


『そうだよ。君の名前はローラ』

 影が動く。


 人のような影が形を作る。ゆっくりと目を見開く。


 そして、僕は、弾き飛ばされた。


 マナの結晶の中からはじき出され、触れていた左手が弾かれる。


 マナの繋がりが消える。


 目の前の真っ赤な猫の魔獣がこちらを見ている。


 そして吼える。


 強く、吼える。


「だ、だい、だいじょ……」

 駄目だったのだろうか。


 真っ赤な猫の魔獣がこちらを見ている。その目には強い意思が宿っていた。先ほどまでにはないものだ。


 そして、ゆっくりと真っ赤な猫の魔獣が口を開く。


『誰かと思えば、そういうことだったのね』

 真っ赤な猫の魔獣が喋っている。


 それは人としての言葉ではない。マナ生命体と同じ、マナを伝達して、直接、想いを、意思をぶつけてくる言葉だ。


 真っ赤な猫の魔獣が前足で顔を掻いている。

『ほんと、最低の気分ね』

『その姿……』

 真っ赤な猫――いや、ローラがこちらを見る。


『勘違いしないでね。この姿、悪くないと思っている。だって、凄い力じゃない』

 猫姿のローラがにぃっと笑う。

『姿形の酷さで言えば、あなたの方が上だと思うしね』

 猫姿のローラが笑っている。


『この無礼な魔獣はなんなのじゃ』

 銀のイフリーダが呆れたような声を出している。


『何、そのちっこいの?』

『銀のイフリーダだよ』

 前のローラはかなり小さかったと思うが、人のことを言えるのだろうか。

『ふーん。まぁ、いい。目覚めたからには力を貸すから』

 猫姿のローラはこちらを見ている。そこには強い決意があった。


 以前にも見た覚えのあるものだ。

『ありがとう。助かるよ』

 だから、お礼を言う。


 これで目的が果たせる。


『なんなのじゃ。おぬしはなんなのじゃ。何故、こうも簡単にマナを揺り動かすことが出来るのじゃ』

 銀のイフリーダはこちらを見て頭を抱えている。

『簡単じゃないよ。ローラが強い意志を持っていたから、何とかなっただけだよ』

『そうよ! これが私の強さ!』

 猫姿のローラは得意気だ。


 姿は変わっても性格は変わっていないようだ。


 これが猫のローラの命の輝きだ。

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