282 冬虫夏草
西の森を進む。
こちらは開拓が進んでいないのか、道はなく、腐った落ち葉が積もり山になっている。
『なかなか大変な場所のようだな』
ぐちゃぐちゃと音を立て、レームの操る暴れ馬が森の中を歩いて行く。とても歩きにくそうだ。
『そうだね』
僕には歩きにくいが歩けないほどではない。
西の森を歩く。
そして、その途中で足を止める。
『ソラ、どうした?』
レームが暴れ馬を止め、こちらへと振り向く。
音が聞こえる。
ちょろちょろと何かが流れるような音。小川が近いようだ。
スコルの体を洗ってあげたこともあった小川だろう。なんだか懐かしい。
だが、それよりも、だ。
空を見る。この辺りには大きな木が沢山生えている。その大木はいくつもの細く長い手を伸ばし、緑の葉によって陽の光を遮っている。
『ふむ。確かに何か居るのじゃ』
そう。木の上にマナの輝きが見える。そんなに強い輝きではないが、確かにマナの反応だ。
魔獣だろうか。
『ちょっと見てくるよ』
背中の翼を広げ、飛び上がる。網のように伸びた木の枝を、その迷路をくぐり抜け――飛ぶ。
そして、木の枝の上に何かの黒い影が見えた。
飛び、近づく――それは黒い翼を持った鳥のような魔獣だった。
この辺りはヨクシュの住んでいる領域だったはずだ。もしかすると、と思ったが、違っていたようだ。
黒い翼の魔獣はこちらに気付いていない。飛び続け、そのまま黒い翼の魔獣を突き抜け――喰らう。取り込むように捕食し、木の枝を抜ける。
マナの保有量はそれほどでもない。迷宮で喰らった魔獣の方が多い。その半分以下だろうか。
見かけたマナの反応はただの魔獣だったようだ。残念なような、ほっとしたような気分だ。
そして、木の上へと抜ける。
何処までも広がる青空。そして、足元には緑の絨毯が広がっている。見惚れてしまいそうな光景だ。
『凄いね。何処までも世界が広がっているよ』
『ふむ。世界は広いのじゃな』
銀のイフリーダも目を大きく見開き、見入っている。
世界は広い。
この禁域の地ですら、こんなにも広いんだ。何処までも世界が広がっている。
……。
広い。
広いなぁ。
眺め続ける。
『ん?』
その緑の絨毯の上に何かあるのが見えた。
気になり、そちらへと飛び、向かう。
そこにあったのは木の枝を組んで作られた建物だった。丸い屋根の、まるで鳥の巣のような建物だ。それがいくつも並んでいる。
建物に近寄り、中を覗く。中心部には横に伸びたまっすぐな木の枝が刺さっていた。いや、木の棒と呼ぶべきだろうか。
何に使う木の棒だろうか?
そして、木の棒の近くには細い木の枝を編んで作った壺が置かれている。人工物だ。誰かが作ったのは間違いない。
……。
もしかすると、ここはヨクシュの里だったのだろうか?
だけど、その肝心のヨクシュの人たちの姿が見えない。何処に行ったのだろうか?
どの建物にも人の姿がない。無人だ。
どういうことだろう?
……。
いや、考えても仕方ない。あまりレームを待たせるわけにもいかない。戻ろう。
緑の絨毯に突っ込み、そのまま落ちる。
落下する。
そして、下で待っていたレームの前に着地する。こちらに気付いていなかったのか、暴れ馬が驚き暴れる。
『ソラ、あまり驚かせるな。こいつが飛んで逃げそうになっている』
レームが骨の頭をカタカタと鳴らしながら、暴れ馬の首筋を優しく撫で落ち着かせている。
『ごめん、ごめん。そんなに驚くとは思わなかったよ』
『ああ。それで何があった?』
『魔獣が。でも、それくらいだね』
正直、何も無かったのと同じだ。
『そうか。それが食べられそうな魔獣だったなら、こいつのために取ってきて欲しかった』
レームは暴れ馬を撫でている。
あー、すっかり忘れていた。僕やレームは食事の必要は無いけれど、暴れ馬は食事をする必要があるんだった。
『分かったよ。次に見つけたら、持って帰るよ』
西の森を進む。
途中、何度か空飛ぶ魔獣を見つけては狩り、喰らう。自分は、その魔獣の体内にある魔石を、外側の肉は暴れ馬が食べる。生でも関係なく、がっつりと食べる暴れ馬は、なかなかに強く恐ろしい魔獣だ。
『そういえば、レーム、拠点に戻る途中、捕まっていた時に戦士の二人と何か会話していたようだけど、何を会話していたの?』
『うん? ああ、何、たいしたことじゃない』
何故かレームが誤魔化す。
『ふむ。こやつ、あやつらに「ヒトシュの勇者レーム、戦士の王を守る盾となることを頼むのです」とか言われていたのじゃ』
銀のイフリーダが唇の端を持ち上げ楽しそうに笑い、教えてくれる。
『み、見ていたのか』
馬上のレームが骸骨頭をコツコツと叩いている。
『レーム、あの二人と仲が良いよね』
『う、うーむ』
レームは腕を組み唸っている。
そして、毒の沼が見えてくる。
やっと、ここまで来ることが出来た。目的地はもうすぐだ。
『ソラ、ここは?』
『毒の沼地だよ。目的の場所はこの先にある』
沼地の先を見る。
『うーむ』
その毒の沼地を見たレームが腕を組み唸っている。先ほどよりも深刻そうな様子だ。
『どうしたの?』
『いや、毒か、と思ったのだよ』
毒?
『僕もレームも問題無いと思うけど?』
そう、今の僕には毒なんてたいした問題じゃない。死んでいる――骨の体のレームも問題無いだろう。
『そうだな。だが、こいつは……』
レームが暴れ馬を見ている。暴れ馬はよく分からないという様子で、レームと僕を見比べている。
『なるほど。確かに、だね』
暴れ馬はここを渡ることが出来ない。
いや、レームもどうだろう。
毒が問題無いというだけで、沼は……。
レームが歩いている途中で、そのまま沼に沈んでいって、大変なことになるかもしれない。
さあ、どうしようか。
……。
『レームはここで待っていて。すぐに終わるよ』
『いや、しかしだな』
『僕は大丈夫だよ』
レームが僕を見る。だから、僕はレームを見返す。
そしてレームが頷く。
レームが暴れ馬を動かし、来た方へと向き直る。
『分かった。では、ここで待つとしよう。ここで、ソラを追うものがいないように、守る盾となろう』
『ありがとう。任せたよ』
殿はレームに任せた。
さあ、進もう。




