278 喰らう
獣の足で駆ける。足を動かす。沈める。駆ける。
大地を削るように駆け抜け、空へと飛び上がる。空にあるカノンさんの元へと突進する。その周囲には蜘蛛の糸が張り巡らされている。だが、それらを体から伸びた刃で切り裂き、突き抜ける。
「くっ! なんなのだ!」
カノンさんが動く。
反応が早い!
巨大な蜘蛛足でこちらの突進を受け止め、こちらをそのまま弾き返す。
僕は簡単に吹き飛ばされ、体が地面へと叩きつけられる。
早さが足りない。
もっと、もっと早く動ける体にならないと駄目だ。
ただ駆けるだけの早さじゃない。
速さ。
一瞬にして速度を得るような、そんな吹き出すような力が必要だ。
カノンさんを見る。
「恐ろしい力なのだ。私も覚悟が必要なのだ」
カノンさんが蜘蛛の体の口の中へと手を伸ばす。
そして、その口の中から何かを引き出す。
それは剣だった。
骨で作られた見るからに禍々しい細身の剣。握り部分にある頭蓋骨の形をした鍔がカタカタと嫌な音を鳴り響かせている。
「残骸剣、終の太刀」
カノンさんが骸の剣を構える。剣を逆刃に、蜘蛛の体の上に、乗せる。
そうだ、速さが足りない。
もっともっと、だ。
もっと体を、もっと、早く!
体を作り替える。獣の足から、全てを爆発させるような大きく太い足へ、根を張るように。全てを吹き飛ばすように、風を突き抜けるように、鋭く、そして流線型に体の形を作り替える。
この足は、速さを得るためだけの犠牲だ。
マナの力が体の中からこぼれ落ちていく。溜めていたマナを垂れ流し、削りながら、一瞬のための力を作る。
「来るのだ!」
カノンさんが叫ぶ。
太く、大地に根を張るように伸ばした足だったものを沈める。
溜める。
『なんという無茶をするのじゃ! おぬし、それ以上は体が壊れてしまうのじゃ』
銀のイフリーダがこちらを心配してか、叫んでいる。だが、それを無視して力を溜める。
自分の体を一本の矢に見立て、溜める。
「これがぼくの!」
そして爆発させる。吹き飛ぶような勢いで飛ぶ。台座代わりだった足が砕け散る。だけど構わない。
ただ、まっすぐな、飛ぶだけの光の矢になって――
カノンさんが構えた骸の剣を滑らせる。蜘蛛の体の上を深く――自らを斬り裂くように滑らせ、振るう。
僕は、ただ、光の矢となって飛ぶ。
それを迎え撃つカノンさんは、自身の蜘蛛の体を発射台として、爆発的な勢いで骸の剣を振るう。
光と音の爆発がぶつかる。
そして、抜ける。
僕の体は斬られ、真っ二つとなって、カノンさんを抜ける。
だけど!
そこで振り返る。半分の体で振り返る。
斬られたところで――マナを削られたとしても、形を作るだけのマナが残っていれば、いくらでも再生が出来る。
斬られた半身は見捨てる。残った方の体だけでも――動くっ!
「まだなのだ!」
周囲の蜘蛛糸が動く。
こちらを絡め取るように動く。
だが――それは、もう見た!
吹き飛ぶ勢いのまま、体を刃に変え、迫る蜘蛛糸を斬り裂く。僕の体が捕まることはない。
翼を作り、広げる。
カノンさんがこちらへと振り返る。
「受けるのだ!」
骸の剣を横に薙ぎ払う。
飛ぶ。
空気を、空間を、空を、ソラを足場として飛ぶ。
跳ね返るように、勢いをそのままに!
薙ぎ払われた骸の剣と僕の体がぶつかる。
その剣は、斬撃は一度受けた。
すでに喰らった攻撃だ。
もっと強く、もっと固く、もっと早く――ただの光となって飛ぶ。
骸の剣が砕け散る。
そして、そのまま抜ける。
驚いた顔の――そして、どこか満足したような顔の、カノンさんの体を突き抜ける。
そのまま地面に衝突し、大地を抉り、土砂を舞い上げる。体を広げ、無理矢理勢いを殺す。
そして、カノンさんの方を見る。
空にあったカノンさんは、胸元に大きな風穴を開け、力なく笑っている。
「負けたのだ……」
そして、そのまま空から落ちる。
蜘蛛の糸が力を無くし、はらはらと舞い落ちていく。
勝った。
僕が勝った。
でも……、
こんな……、
……。
手加減なんて出来る相手じゃなかった。
でも!
こんなカノンさんを倒さないと駄目な勝ち方なんてしたくなかったっ!
半分となった体で、小さな足を作り、這いずるように落ちてきたカノンさんの元へ向かう。
カノンさんは、その巨体を横にして、崩れ落ちている。
「か、かのん……」
こちらに気付いたカノンさんが力なく笑う。
その体から、マナが、意思が抜けていくのが見える。見えてしまった。
「な、なんで!」
「こ、これでよいのだ」
良くなんて無い!
「ソラ、聞くのだ」
カノンさんがこちらを見る。
カノンさんは気付いていた。僕が僕だと言うことに。姿も変わって、マナの色も変わったのに、それでも僕が僕だと気付いていた。
「しって……」
「言ったのだ。刃を交えれば分かる、と」
カノンさんは笑う。
「な、なぜ……」
分かっていたのに、なんで戦ったんだと言いたかった。だが、その言葉をカノンさんが止める。
「ソラのことは友人だと思っているのだ。だが、私が剣を捧げたのは、今の魔王ソラなのだ。だから、私は立ち塞がったのだ」
カノンさんの蜘蛛の口から止めどなく血が流れ落ちている。
もう助かることはないだろう。
助けることは出来ないだろう。
「だから、ソラ。私を喰らうのだ。その糧として進むのだ」
カノンさんが、こちらに手を伸ばす。
……。
だから……。
カノンさんの手を静かに握り、そして、そのマナを喰らう。
自分の糧とする。




