276 カノン
「うん? 私の名前を知っているとは思わなかったのだ」
反りの入った細身の剣を持ったカノンさんが首を傾げている。
「か、かのん。ぼくだ……」
カノンさんに話しかける。上手く喋ることが出来ないのがもどかしい。伝えたいことは沢山あるのに、なのに! 上手く伝えられる自信が無い。
「言葉を喋るとは珍しいのだ」
カノンさんが動く。
カノンさんの蜘蛛足が深く沈んだ――と思ったその瞬間には、大きな巨体が目の前にあった。
反りの入った細身の剣が迫る。すぐさまマナの力を纏わせた世界樹の木剣で受け流す。
『こやつ、素早く、巧いのじゃ!』
銀のイフリーダが叫ぶ。一撃が重い。さらに間を上手く外しているのか、受け流すのも難しい。相手のことを知らず油断していたら……受け流そうとした刃ごと斬られていたかも知れない。
「は、はなしをき、きいて」
語りかける。
だが、その言葉を無視するかのように剣が迫る。マナを纏わせた世界樹の木剣で受ける。その受け止めたマナの力が切断される。流れ、迫る刃を、体を曲げ、躱す。
マナの刃を断ち切るなんて恐ろしい剣だ。いや、剣が凄いのではなく、カノンさんの技量が凄いのか。
以前に僕が戦った時よりも、さらに、さらに、強くなっている。
「器用なのだ!」
次々と刃が迫る。
もっと集中して。流れを見て、受け流すんだ!
もう一度、マナを纏わせ、迫る刃を受けよう――として、その間が微妙に外されていることに気付く。体を無理矢理動かし、世界樹の木剣を止め、間を合わせ直す。そして、迫る刃を受け流す。
受け流す。
受け流し、話しかける。
「ぼくが、そら、そらだ。あ、あのまおうは、にせもの」
カノンさんは強い。
以前よりも強い。
だけど、強くなったのはカノンさんだけじゃない。僕だって強くなっている。
「はな、はなし、を、きいて、きいて」
刃を――剣を、受け流す。
「無用! 刃を交えれば分かるのだ」
カノンさんが細身の剣を縦に構える。
言葉は通らない。
そうだった。
カノンさんは、こういう人だった。
ならば、戦って、勝って、話を聞いて貰うしかない。
刃が迫る。細身の剣が、何倍にも巨大に見える。それだけの威圧感。
圧力!
だけど、見えているっ!
今度は僕の番だ!
迫る刃をマナを纏わせた世界樹の木剣で打ち上げる。
カノンさんが驚きの顔を作る。跳ね返されるとは思わなかったのだろう、か。だが、ここでは攻めない。
その一瞬の隙を突き、翼を広げ、空へと飛び上がる。
カノンさんの驚きの顔が少しだけ不機嫌なものへと変わった。驚きの顔は演技だったようだ。もし、踏み込んでいれば――その瞬間には蜘蛛の巨体で押し潰されていたのかもしれない。
空へと飛び上がり、世界樹の弓を構え、矢筒から矢を引き抜く。ここからなら、一方的に攻撃できる!
迷宮から持ってきた矢の本数は三十本ほど。いくら、迷宮の魔獣を素材に作った粗いものだとしても、今の僕には貴重品だ。無駄撃ちは出来ない。
狙う。
放つ。
矢が飛ぶ。
「無駄なのだ」
カノンさんが矢を打ち落とす。
だがっ!
僕が放った矢は二本。そう、二本放っている。
カノンさんが打ち落とした矢の軌跡をなぞるように次の矢が――陰の矢が抜ける。
カノンさんが次の矢に気付き、細身の剣を動かす。だが、気付いてから動かしたのでは間に合わない。
抜ける。
剣が間に合わないと判断したのか、カノンさんが上体を動かす。だが、それも遅い。陰の矢がカノンさんの肩に刺さる。
通った。
カノンさんが顔を歪め、肩に刺さった矢を無理矢理引き抜く。血は吹き出ない。普通は刺さった矢を引き抜けば血が噴き出し、危ないのだが……。
もしかすると、筋肉を引き締めて、無理矢理、血が噴き出さないように止めているのかもしれない。それが普通の人に出来ることなのかどうかは分からないが、カノンさんには可能なことのようだ。
「やってくれたのだ」
カノンさんがこちらを見る。
だが、すでに僕は世界樹の弓に矢を番え、引き絞っている。
放つ。
矢が飛ぶ。
カノンさんが細身の剣で矢を打ち落とす。だが、その矢の陰には次の矢が控えている。しかし、その陰の矢を読んでいたのかカノンさんが空いている方の手で陰の矢を叩き落とす。
先ほどと同じ技だ。読まれていて当然だ。
だけど!
その後ろには次の矢が、三本目の矢が控えている。
放ったのは三本。
二本目、三本目の矢を見えないように、陰に隠し放っている。連続で放てるのは、この三本が限界だ。それ以上になると、陰に隠すのは無理だろう。単純に、連続で放つことも難しい。
カノンさんの顔に三本目の矢が刺さる。いや、その口で、その歯で矢を受け止めている。
カノンさんが口に咥えた矢を吐き出す。
「なるほど。借り物ではない力でもなかなかやるのだ」
カノンさんが改めてこちらを見る。
「うん。そうなのだ。空なら私の攻撃が届かないと思っているのだな。その勘違いをただしてやるのだ」
カノンさんが笑う。
その笑みは、見るものを凍らせるほど、恐ろしい威圧感を持っていた。




