275 だから
こちらを取り囲んでいるリュウシュの戦士たちが持っているのは槍だった。弓を持っている戦士は誰もいない。全員が手に槍を持ち、いつでもこちらに襲いかかれるよう身構えている。
こちらを囲んでいるリュウシュの戦士の数は多い。数十、いや百はいるかもしれない。
リュウシュの戦士たちが持っている槍を見る。
人の背の半分ほどの長さの木の棒に金属製の穂を取り付けただけの簡単な槍だ。あまり良い品質とは思えない。
『どう思う?』
『長物が相手だと馬上でも油断が出来ないな』
レームは剣を構えたまま、油断なく周囲を見回している。
『うむ。やはり、槍が至高なのじゃ』
銀のイフリーダはのんきにそんなことを言っている。
『いや、そういうことでは……』
『うむ。分かっているのじゃ。おぬしが言いたいのは、武器の質も悪ければ練度も悪いことじゃな』
銀のイフリーダは得意気に胸を張っている。分かっているなら、最初から言ってほしいものだ。
『それで、どういう理由だと思う?』
『うむ。槍が優れているからなのじゃ』
『イフリーダ?』
また、それを繰り返すつもりなのか。
銀のイフリーダが肩を竦める。
『むう。単純にそれしか与えられていないからだと思うのじゃ。槍は突くということだけに特化すれば戦の素人でも扱いやすい武器なのじゃ。多くの武器の間合いの外側から攻撃できる中距離というのも良いのじゃ。相手の間合いに踏み込まなくても良いというのは、戦いやすく、戦の恐怖を和らげてくれるのじゃ。存外に恐怖というのは抑えこみづらく厄介なのじゃ』
銀のイフリーダは饒舌だ。やはり、銀のイフリーダの戦いに関する知識、洞察力は頼りになる。
銀のイフリーダに言われ、よく見れば、槍を持ったリュウシュの戦士たちの手が微妙に震えているのが分かった。戦いになれていないのかも知れない。
……銀のイフリーダは本当によく見ている。
『つまり、ここにいるリュウシュの戦士たちは、皆、新米戦士ばかりということ?』
『そうとしか見えないのじゃ』
武器も酷ければ、練度も低い。確かに最初の罠は恐ろしいものだったが、それだけだ。あいつは、ここをあまり守るつもりがないのかもしれない。
……このリュウシュの戦士たちは、つまり、皆、使い捨て。
「お、おとなしく通して、くれたら、なにも、しない」
だから話しかける。
相手は問答無用で襲いかかってきそうだが、それでも、一応、話しかけてみる。対話は重要だ。
「こ、ここは通さないのです!」
リュウシュの戦士たちが自身に気合いを入れるように叫ぶ。
……。
『レーム、殺さない程度に蹴散らして進みましょう』
『ああ。やれやれ、だな』
レームの言葉に続くように暴れ馬が前足を大きく持ち上げ、いななく。そして、駆け出す。
暴れ馬の突進。リュウシュの戦士たちはその動きに反応できない。吹き飛ばされ、空を舞っていく。
……。
まぁ、この程度なら、頑丈なリュウシュの体だ、死ぬことはないだろう。
レームがこじ開けた道を歩き、その後を追いかける。
その途中で無事だったリュウシュの戦士の一人が襲いかかってきた。手に持った槍でこちらを目掛け、突きを放ってくる。
……。
それを銀の手で振り払い、そのまま相手の目の前まで詰め寄る。そして足払いを行い、地面に転がす。武器を使うまでもない。
『ふむ。お粗末なものなのじゃ』
歩く。
ただ歩いているだけで、リュウシュの戦士たちは威圧されたかのよう後退っていく。
先行したレームを追いかけ、歩く。
「い、行かせないのです!」
遠巻きにこちらを見ていたリュウシュの戦士の一人が槍を手に駆けてくる。そして、空気を震わせるような渦巻く鋭い突きを放つ。
槍の突きとともにリュウシュの戦士が突進する。
こちらに迫る。
神技――!
これを喰らえば僕の体は傷ついてしまうだろう。
だから、横に動き回避する。僕の横を槍を持ったリュウシュの戦士が駆け抜ける。その際に少しだけ足を伸ばすと、リュウシュの戦士は、その足に引っかかり、転がっていった。
『中には槍の神技が使える戦士もいるみたいだね』
『本当に最低限なのじゃ。神技を授けても使い方を教えていなければ意味が無いのじゃ』
銀のイフリーダは肩を竦めている。
本当に酷い。
歩く。
そして、レームに追いつく。
レームの足が止まっている。
『どうしたの?』
『いや……』
暴れ馬に乗ったレームは振り返らず、そのまま前を見ている。
その先を見る。
レームの視線の先、そちらから歩いてくる二人のリュウシュの姿が見えた。その顔には見覚えがある。見分けのつきにくいリュウシュだが、彼ら二人の顔は分かる。
多くのリュウシュの戦士がいるこの場にあって、本当の戦士の二人だ。戦士と呼ぶことが出来る二人だ。
……。
喋る足さんと働く口さん――僕が知っている戦士の二人だ。
二人も手に槍を持っている。だが、その作りは一目で分かるほど精巧なものだった。
「隊長たちが来たのです」
「これで勝てるのです」
「魔獣を通さないのです」
周囲のリュウシュたちが好きなことを言っている。
『ソラ、任せてくれないか』
レームの言葉に頷きを返す。正面を、二人を見つめているレームには、僕が頷いたのは見えないはずだ。だが、伝わったはずだ。
レームが暴れ馬を動かし、駆けていく。剣を持ち、駆けていく。
レームは、戦士の二人とは仲が良かったはずだ。だから、思うところがあるのかもしれない。
……彼に任せよう。
そして、僕は――
世界樹の木剣を持ち、すぐさまマナを込める。
そのまま頭上に掲げ、受け止める。
その強力な一撃を受け止める。
「うん? 気付かれていないと思ったのに意外なのだ」
その一撃を放った相手は、その手に持った細身の剣を滑らせ、そのまま距離を取って着地する。
八本の節を持った足が沈み、その巨体の着地を受け止める。
……。
現れたのは蜘蛛の巨体に人の上半身を持ったメロウの戦士。
「かのん……」
それはカノンさんだった。




