274 違和感
森を抜けた先は……森だった。
森を抜けたはずなのに、そこも森になっている。
……?
こんなにも、ここの森は広かっただろうか。
森の中の道は続いている。
歩く。
おかしい。
違和感が拭えない。ここの森は、こんなにも広かっただろうか。いや、以前も確かに広かったけれど、でも、こんなにも広くはなかったはずだ。
『おかしい』
そう、おかしいんだ。
『ああ、ソラ。確かにおかしい』
馬上のレームが周囲を見回している。そこにあるのは森だ。
『ええ、森を抜けていてもおかしくない距離を歩いているはずですよね』
『ああ。そうなのか。いや、それもあるのだろうが、森の景色がおかしいと思わないか?』
レームが瞳の存在しない骨の顔で森を見ている。
『どういうこと?』
『同じような景色が続いている』
景色?
慌てて周囲の森を見る。よく見れば確かに似たような木が並んでいる。
どういうことだ?
『迷宮で同じようなことがあった。どれだけ進んでも元の場所に戻るような、な』
『つまり、今の状況は、すでに罠にはまっているということ?』
レームが頷く。
『それでどうなるの?』
『永延と彷徨い続け、死ぬ』
レームが肩を竦める。
死ぬのか。何というか殺意が高いね。出会ったばかりの僕たちを問答無用で殺すための罠にはめるのか。友好的かどうかなんて考えないのか。
酷い話だ。
『それで、その時はどうしたの?』
『他の探求者が、偶然、その罠を作っていた魔獣を倒して脱出することが出来た』
『偶然ですか』
『ああ。あれは運が良かった』
レームは何かを思い出すように腕を組んでいる。
……。
そうか。
にしても、魔獣か。そんな罠を作る魔獣が生息しているなんて、迷宮は怖いところだよね。
……。
さて、どうしよう。
すると、銀のイフリーダに反応があった。
『おお、今の話で思い出したのじゃ』
銀のイフリーダがぽんと手を叩いている。
『何を思いだしたの?』
『それじゃ! 無の神法の中に、道と道を繋げるものがあるのじゃ。それこそ無限に迷わせるために、なのじゃ。今の状況がまさにそれなのじゃ。そして、対処法も先ほどそやつが言ったように相手を倒せば消えるのじゃ』
銀のイフリーダは得意気に胸を張っている。
あー、そうなんだね。
『二人とも、そういうことは早く教えて欲しかったな』
『すまん、すまん。今、思い出したんだよ』
『うむ。我も、今、思い出したのじゃ』
銀のイフリーダとレームが笑い合っている。
道と道を繋げる無の神法、か。恐ろしい力だ。僕の相手は無の女神と古代から生きる男だ。それくらいの力は使えてもおかしくない。
『つまり、誰かが無の神法を使って、僕たちをここに閉じ込めているってことかな?』
二人が頷く。
無の女神が誰かに無の神法を授けて、この罠を作った? 無の女神本人がここにいるとは思えない。
……厄介だ。
だけど、種さえ分かってしまえば対処は可能だ。
『それで、ソラ、どうするんだい?』
『うむ。どうするのじゃ』
この周辺にマナの気配は漂っていない。マナの気配が全くないなんてことがあり得るだろうか? 普通は少しくらいは漂っているはずだ。
その時に気付くべきだった。
目を閉じる。
そして、周囲の気配を探る。
もっと遠くへ。
もっともっと遠くへ。
手を広げるように、何処までも、広げていく。
伸ばした手が何かの壁を越える。その瞬間、一気にマナの気配が増えた。ここに閉じ込めていた力の壁を越えたようだ。
そして、そこに、この力を作っている存在が――相手のマナが見えた。
『そういえば、さっき、どの武器が優れているかみたいな話をしていたよね』
『うむ。槍こそが至高の武器なのじゃ』
『いやいや、剣も捨てがたい』
二人の武器談義が始まりそうだ。
『うん、悪くないよね。槍も剣も。でも……』
持っていた世界樹の弓を構える。弓に矢は番えない。
番えないまま引き絞っていく。
そこにマナの力を流し、マナの矢を作っていく。
そして、そのマナの矢を放つ。
狙うのは壁の先――この罠を作っている存在。
マナの矢が飛ぶ。
何も無い空へと飛んでいく。
そして、壁を越える。
……確かな手応え。
次の瞬間、壁が壊れた。
今まで見えていた森が、周囲の景色が、壊れ、パラパラと崩れ落ちていく。
『僕は弓も悪くないと思うんだ』
レームを見る。銀の手に宿っているイフリーダを見る。
『ずるいのじゃ。それは、そのマナを放つ力を弓とは言わないのじゃ』
銀のイフリーダが地団太を踏んでいる。まぁ、確かにこれは弓というよりも、神法を使っているのに近いのかもしれない。
そして、崩れた景色の先には、こちらを取り囲んでいるリュウシュの戦士たちの姿があった。
……。
なるほど。
この罠は、こちらを包囲するまでの時間稼ぎだったようだ。
これからが、本番のようだ。
『レーム!』
馬上のレームに呼びかける。
『分かってる。殺しはしない』
戦いに来たわけじゃない。
だから……。
弓を構える。
レームが剣を握る。
でも、少し大人しくなって貰おう!




