258 識
銀の欠片に触れた瞬間、激しい熱が襲いかかってくる。
熱い。
いや、違う。熱いという意識だけが流れ込んでくる。
これは錯覚だ。
だから、さらに手を伸ばす。
その欠片に眠るマナを喰らうのではない。そこに眠るマナを呼び覚ますんだ。
僕の中にあるマナを流し込む。
さあ、喰らえ。喰らえ。喰らって起きれば良い。
熱さは気にならない。逆に、それが、僕が生きているんだという気持ちに繋がる。
そして、銀の欠片が目覚める。
そう目覚めた!
『我を呼ぶのは誰なのじゃ』
懐かしい声だ。
いや、音として声が聞こえているわけじゃない。この体の中にある、マナへと直接語りかけている言葉だ。
でも懐かしい。
『僕だよ』
だから、同じように、相手のマナへと語りかける。
……言葉、だ。
人が人であるために必要なものの一つだ。懐かしい。一人では言葉のやりとりは出来ない。相手が居て、初めて『会話』は成り立つ。
『ふむ。見覚えのないマナの色なのじゃ。今更、我に何の用なのじゃ』
言葉が響く。
イフリーダ、銀のイフリーダ。
懐かしい名前だ。
僕の運命を作った、僕という形を作った存在。
色々と思うところはある。でも、だ。
『無の女神インフィーディアの分体ではなく、銀のイフリーダに話がある』
僕が知っているのは無の女神なんてよく分からない存在じゃない。銀のイフリーダだ。
だから、銀のイフリーダにだけ話がある。
『何を言っているのじゃ?』
言葉通りの意味だ。
『おぬしは何者なのじゃ。我はおぬしのマナの色を知らないのじゃ。しかしマナの色は我の同胞としか思えないのじゃ。なのに、どうなっているのじゃ』
伝わってくる言葉が震えている。
事態が読めなくて混乱しているという感じだ。相手は銀の腕輪の、さらに欠片でしかないのに、まるで人のようだ。
いや、これこそが彼女たち、神の生態なのだろう。
マナに宿る意思、それが正体。
器など、何でも良いのだろう。
その意思を分けて、器に入れただけに過ぎない。意思生命体だから、簡単に分けることも出来るのだろう。
そして、今の自分も同じような存在だ。だから、銀のイフリーダは僕を同胞だと思っている。
そして、だ。
彼女はインフィーディアではなくイフリーダと名乗っていた。それは存在を隠すために神としての名前を使うことが出来なかったことから来る偽名だったのかもしれない。
でも、だ。
意思を別け、分かれて、名前まで変えて、離れて、違う場所で生きて、元と同じ――同一だと言えるのだろうか?
銀のイフリーダは時々、何かからの言葉を受けていた。何かと会話していた。それが本体とのやりとりだったのだろう。だが、それは同一存在だったら、必要のないことのはずだ。
つまり、今の銀のイフリーダと無の女神インフィーディアは元が同一だったとしても、別の存在になっている。
それなら!
『銀のイフリーダに話がある』
もう一度呼びかける。
一緒に居た時間が全て無駄だったとは思いたくない。
教えて貰ったことが、その器に力を付けさせるためだけだったとは思えない。
銀のイフリーダの識が変わり始めたのは四つの巨大なマナを手に入れてからだ。そして、明確に変わったのはヒトシュの地に、この迷宮に近づいてからだ。
それは本体が近くに居たから。
『話とはなんなのじゃ』
簡単なことだ。
『ここは、今、無の女神とは離れた場所になっている。だから……言う。銀のイフリーダ、僕の味方になれ』
……。
あいつの側には無の女神がいるのだろう。
だが、あいつは言っていた。
無の女神が生み出した子どものようなものだと。だから、そこには新しい意志が生まれているのだろう。
『我に味方を望む……?』
『そうだ。無の女神ではなく、銀のイフリーダに聞いている』
……。
『それは本気で言っている……のじゃな』
『僕は本気だ』
……。
『おぬしは何者なのじゃ』
『僕は僕だ』
銀の腕輪が震える。
そして姿を変える。
現れたのは銀の髪の少女。
銀のイフリーダ。
マナが具現化した意思の生命体。
銀のイフリーダが長く伸びた銀の髪を掻き上げ笑う。唇の端を上げ、笑う。
『面白いのじゃ』
『そう思うよ』
だから、僕も笑う。
『本気になって貰っても問題無いくらいのマナは渡したと思うけど武器は必要かな?』
『不要なのじゃ』
銀のイフリーダが右手を振るう。すると、そこには銀色に輝く槍が生まれていた。そして左手を顔の前に――その手には剣があった。
槍と剣。
こちらの手にあるのは世界樹の弓と魔獣角の矢のみ。他には――そう、他の物はあえて持ってきていない。
こちらは弓と矢。
『我の力を望むというのならば、その力を見せるのじゃ!』
銀のイフリーダが叫ぶ。
力有る者の力有る言葉が心に響く。
越える。
僕は銀のイフリーダという運命を越える。
そして、その先に待つ、あいつをも越える。
僕が僕であるために。
僕が人であるために。
2018年11月15日修正
あえて持ってきていない → あえて持ってきていない。




