026 輪切り
青い狼――スコルとともに東の森の奥、もう一匹の大蛇の死骸のところへと戻る。
『ふむ。我も居るのじゃ』
もちろん猫姿のイフリーダも一緒だ。
「それでスコルは、これをどうするの?」
「ガルル」
スコルに確認してみると、その頭を振り、湖の方を示した。
「分かった。運ぼうか。と言っても運ぶのはスコル自身だけどね」
「ガルル」
スコルは構わんという表情で頷いている。
こちらの大蛇も紐を通して運ぶことにする。上顎を少し持ち上げ、下の歯に紐を通し、引っ張れる状態にする。
スコルが輪っかにした紐を口に咥え、引っ張る。ずりずりと大蛇の死骸を引き摺りながら湖を目指して進む。スコルは歩いている自分と同じくらいの速度で大蛇の死骸を運んでいる。恐ろしい力だ。単純に考えても、自分の力の10倍くらいはありそうだ。
二匹目の大蛇を湖まで運んだところで空が紅く染まり始めた。
「もう、こんな時間なんだ。今日は徹夜かな」
とりあえず火を起こすことにした。
「さっきも言ったけど、それはスコルの取り分だから。その大蛇、好きにして良いからね」
「ガルル」
スコルは分かっているといった表情で頷いている。本当にこちらの言葉が分かるようだ。
東の森へと入り、いつものように枯れ枝と落ち葉を拾う。そして、枯れ枝で落ち葉を敷き詰めた山を作り、その下で火を起こす。
「これで夜の間の明かりは確保かな」
そして改めて大蛇の死骸を見る。
「さあ、どうしよう」
目の前にあるのは人を丸呑みできるくらいの大きさの蛇だ。
「ガルル」
横を見れば、スコルが運んできた小さな方の大蛇に噛みついていた。そのまま食べてしまうようだ。
「本当は、頭に釘でも刺して動かないようにして、皮を剥ぐんだけど、このサイズだと……むむむ」
とりあえず石の短剣ではなく折れた剣を使うことにする。
「切り分けるか……でも、さすがに、この剣では輪切りに出来ないよね」
地道に頑張ろうと、小さくため息を吐く。
『出来るのじゃ』
すると、いつの間にか足元に居たイフリーダがそんなことを言っていた。
「うん、難しいよね」
『うむ。だから出来るのじゃ』
「へ?」
思わずイフリーダを二度見してしまう。
「で、でも、それはイフリーダの力を借りて、だよね。限りのある今の状況で奥の手になるイフリーダの力を、こんなことで借りるのは……」
腕を組み考え込む。
『違うのじゃ。すでに、その神技はソラに伝えてあるのじゃ』
「え?」
思わず、もう一度、イフリーダを見る。
『神技エアースラッシュ。ソラには一度見せたことがあるはずなのじゃ』
神技エアースラッシュ? 思い出す。最初にスコルと戦った時に使った神技の一つ。
「えーっと、確か、木の枝で風を叩きつけていた……よね?」
『うむ。あの時のような木の枝ではなく、鋭い刃物を使い風を収束させれば、その程度の魔獣、切断出来るのじゃ』
大蛇の死骸を見る。そして、鱗のような外皮を叩く。固い。
「これで、その程度なんだね」
改めて先は長そうだ、と考える。そして、その先の長さを想像して少し気持ちが沈みかける。しかし、すぐに顔を叩き、無理矢理気持ちを入れ替える。
「分かった。やってみるよ」
折れた剣を構える。
「確か、こうだったよね」
折れた剣を下向きに構え、そして切り上げる。折れた剣が大蛇の外皮に刺さり、その途中で止まった。
毎日、しっかりと研いでいた成果だろう、折れた剣はしっかりと大蛇に刺さっている。大蛇の肉に深く食い込み、引っ張っても抜けない。仕方なく、大蛇に足をかけ、途中で止まった折れた剣を無理矢理引き抜く。
「えーっと、イフリーダ」
『うむ。失敗のようなのじゃ』
もう一度、折れた剣を構える。下から上に切り上げる。折れた剣は先ほどと同じように外皮に刺さり、その途中で止まっていた。
横ではガツガツとスコルが大蛇を囓っている音が聞こえている。あのサイズの大蛇を一日で食べきるつもりなのだろうか。
「って、スコルよりも、自分だ」
もう一度、状況を思い出し、再現する為に折れた剣を下向きに構え、切り上げる。しかし、変わらない。折れた剣は大蛇の外皮の途中で止まって終わりだ。
何が違う?
そもそも折れた剣の刃の長さで自分の背丈と同じ太さの胴体を切断なんて出来るはずがない。
何が違う?
……。
考える。
そう言えば、あの時、木の枝を対象に直接あてていただろうか?
首を横に振る。
考える。
そして、大蛇の死骸から大きく下がり、距離を取る。足元ではイフリーダがニヤリと笑っていた。
「剣の刃をあてるんじゃない。そういうことだよね」
思い返せば、イフリーダはヒントを教えてくれていた。
――風を収束させる。
折れた剣を下に構える。剣で斬るんじゃない。風で斬る。
風を纏い、風を飛ばすように、風の剣閃を繋ぐ。
大蛇の死骸と距離を取ったそのままに、折れた剣を斬り上げる。
そして、風が大蛇の胴体を切断した。
「で、出来た……!」
うれしさに思わず握り拳を作る。その視界が揺れる。そのまま頭を大きく揺らされたように、倒れてしまう。
「あ、あれ?」
『うむ。神技とは神の技なのじゃ。まだソラの体がついていかなかったのかもしれぬのじゃ』
手をつき、膝をつき、ゆっくりと体を起こす。軽い目眩を憶えるが、それでも頑張って立ち上がる。
体が重い。
『ソラよ、まだ慣れておらぬのに今日は神技も神法も使いすぎなのじゃ。休むべきなのじゃ』
ゆっくりと目を閉じ息を吸い吐き出す。
今日は大蛇を倒したり、スコルが仲間になったり、色々あった。神法キュアのおかげか左足の痛みは引いている。それでもつい先ほどまで体はボロボロだったのだ。イフリーダが言うように休むべきだ。
頭をゆっくりと横に振る。
「ううん。やるべき事をやってからにするよ。それに、この新しい技も使っているうちに慣れると思うしね」
『ふむ。分かったのじゃ。あまり無理はしないようにするのじゃ』
ゆっくりと頷く。
「さあ、大きな輪切りを何個も作ろう!」
気合いを入れるように大きな声でやるべき事を宣言だ。
2018年3月10日修正
神技エラースラッシュ → 神技エアースラッシュ




