247 迷宮
宮殿を抜け、金色のレームとともに迷宮への道を歩く。
「レームさん、迷宮とは、どういった場所ですか?」
以前に聞いた時は宝の山だと言っていた。同じ答えが返ってくるかもしれない。だけど、もう一度だけ聞いてみる。
「どんな場所、か。見て貰った方が早いが……一言で言うなら『穴』だ」
穴?
どういうことだろう。
一度入ったら取り込まれるような、そんな場所という意味だろうか。
金色のレームと歩き、そして、迷宮の入り口だと思われていた門を通り抜ける。
通り抜けた?
ここは元の道に戻るのだろうと通らなかった道だ。こちらが迷宮に入る正規の道だったのか?
「レームさんも迷宮に挑んだことがあるようですが、どれくらい奥まで行ったことがあるんですか?」
金色のレームが少しだけ首を傾げ、微笑む。
「奥、か。迷宮の奥というのは言い得て妙だが、一番深く潜った者達で第四階層だ」
深く潜った?
自分が想像している迷宮という場所と、この『迷宮』と呼ばれる場所は違うのだろうか。
にしても、四階層、か。
「どれくらい前から探索しているのか知らないのですが、まだ、それく……」
「たったと言うなよ? 迷宮の実物を見れば、それがいかに大変か分かると思う」
金色のレームはこちらを見て笑っている。そこには何処か自慢しているような雰囲気が合った。
その一番深く潜った者達の中に金色のレームもいたのかもしれない。
二人で道を歩く。
道が緩やかな登り坂へと変わる。まるで崖の先に向かっているような、そんな登り坂だ。
そして、辿り着く。
「ここからならよく見える。巡礼の道、だ」
金色のレームの言葉。
見る。
道が途切れている。
そこは突端。道から先が抉れ、その下に巨大な穴が空いている。
「こ、これは……?」
底が見えない。
大きな、暗い、闇の穴。
「これが迷宮だ」
これが迷宮?
穴だ。
「穴にしか見えません」
「その通りだ。大地を抉るように穿たれた巨大な穴が迷宮だよ」
奥?
確かに穴へと潜るのに奥とは言わないかもしれない。だから、深く潜る、なのか。
「でも、ここをどうやって?」
「もちろん、そのまま穴を潜るわけではないさ。左手を、壁側を見て欲しい」
穴ではなく、その壁を見る。
そこには穴が出来た時に削り取られたかのような建物の残骸が見えた。
巨大な建物があって、その建物の中心が抉られるように、穴が空いた?
「あれは?」
「古代の建造物だ。あちらが道になる。古代の遺跡を通り、下へ下へと、穴の底を目指して降りていく。これが迷宮だ」
これが迷宮。
想像していたものと違う、違いすぎる。
「ソラ王、壁側をよく見て欲しい。層になっているのが分かるだろうか?」
壁の方を見ると、確かに層になっている。石造りの建物の下に、金属の建物が見える。
時代が違うのか、壁に埋まっている建物の雰囲気が違う。下の階層の方が薄暗く、重い感じがする。
階層……。
まさか。
「ああ、階層というのは、その通りだ。どういうことが起こったのか分からないか、時代の違う建物が重なっている。それが階層だ」
四階層というのは、四つの世代を下がったということ?
ここからでは二つの世代の階層までしか見えない。それだけ、穴は深く、大きい。
「四階層まで潜ったということが大変なことだと言った意味を理解して貰えただろうか」
確かに、これは大変だ。
素直に潜っていくとしたら、一つの階層を抜けるだけでも何日もかかるだろう。
でも……。
穴の方を見る。
大きな穴だ。
下に降りるというのなら……。
「ああ、ソラ王。考えていることは分かるよ」
金色のレームが穴の方を見ているこちらに気付いたようだ。
そして、金色のレームが足元に転がっていた石ころを拾う。そのまま穴の方へと投げる。
石は勢いよく飛び、穴の途中で、何かに吸い寄せられたかのように、突如、軌跡が折れ曲がり、落下を――いや、落下している、その途中で潰れ、砕けた。
「穴は全てを吸い込む。かつては道を、橋を作ろうとしたものも居る。だが、その全てが穴へと押し潰された」
何だろう?
吸い寄せられたようにも見えたが? 吸い寄せられた? 違う。吸い寄せられたというよりも、上から押さえつけられたような、そんな感じだ。
巨大な力で押さえつけられて穴が空いている?
よく分からない。
何だろう、これは。
自分も石を拾い、投げてみる。
石は、金色のレームが投げた時よりも鋭く、力強く飛ぶ。だが、それでも、その途中で、何か強い力で押さえつけられたように潰され、粉々となった。
……。
ん?
もう一度、投げるか? いや、石では脆すぎる。
金色のレームを見る。腰には炎の手さんが作った剣が差してある。
……これなら。
金色のレームがとっさに、庇うように腰の剣を両手で隠す。
「だ、駄目だ。確かにソラ王の地では、ありふれた剣かもしれないが、気に入っているんだ」
駄目か。
「すいません。何処かで何か投げやすいものを、出来れば槍を調達出来ないでしょうか?」
「分かった。少し待ってくれ」
金色のレームが慌てて、坂を駆け下りていく。
しばらく待つ。
この穴は何だろうか?
何で穴になっている?
上から何か巨大なものが落ちてきた? いや、それなら、なんで押さえつけるような力が働いている? この底にあるのは、何だ?
迷宮は神の眠る場所だと聞いた。底に眠っているのは神? 神が眠っていて、何がどうなってこうなるんだ?
分からない。
分からない――でも、底に辿り着けば分かるはずだ。
「ソラ王、これでどうだ?」
そんなことを考えていると金色のレームが槍を持って戻ってきた。
先端が鉄製、握りが木製の簡単な槍だ。
……。
あまり丈夫なようには見えない。
ヒトシュの地なら、この程度でも仕方ない、か。
「ありがとうございます」
金色のレームから槍を受け取る。
簡単な槍だけど、そこに神技の力が加わればっ!
槍を構える。
――神技ジャベリン!
槍が飛ぶ。
空気を切り裂き、渦巻く風とともに飛ぶ。
飛ぶ槍がビリビリと震える。だが、それでも神技の力によって守られ穴の上を飛ぶ。
これなら!
しかし、その槍は穴の中心近くで、突如、折れ、砕け、潰れた。
……。
駄目だったか。
いや、違う。思った通りだ。
押さえつける力は中心部の方が強い。中心に行けば行くほど力が強くなっていく。予想していた通りだ。
今、自分が立っている場所はどうだ?
ここは道の途中だが、残っている。押さえつける力が及ばない場所だからだ。
ここは穴に向けて、少しだが、出っ張っている。
右手を見る。崖になっている。
この右手から直接、深部へと降りられるかもしれない。




