025 名前
青い狼が目覚めるまでの間に大蛇の死骸の処理を行うことにする。
ぶり返してきた左足の痛みに耐えながら、大蛇の死骸まで歩く。
「さて、これをどうしようかな」
『ふむ。どうするのじゃ』
「どうしよう」
こちらの足元では猫姿のイフリーダが、ごろりごろりと転がって遊んでいた。こうやって遊んでいると姿だけではなく、本当に猫みたいだ。
「まずは、と」
壁となっている大蛇の体を乗り越えることにする。
鱗のような外皮に手をかけ、手の力だけで乗り越えていく。少しヌルヌルとしていて油断すると滑り落ちそうになる。体の太さだけで自分の背丈より高い、本当に大きな大蛇だ。
何とか大蛇の体を乗り越え、輪の中に入る。
真っ二つになっている大蛇の頭まで歩き、その首元に刺さっていた石刃の槍を引き抜くことにする。抜こうとしても抜けないので、結びつけていた先端の石の刃部分だけを取り外す。
「石の短剣は返して貰うね。まだまだ有効活用するつもりだからね」
大蛇の首筋に残った貫通している木の棒に、木の槍を運ぶ時に使った背負い紐を結びつける。
「これで引っ張って、何とかもって帰ることは出来ないかな」
『持って帰ってどうするのじゃ』
「食べる。貴重な食料だよ! これだけの量があれば、何日食べられるか……って、その途中で腐っちゃうかな。でも、干物にすれば、もうすこし長持ちするだろうし、うーん」
紐を持ち、引っ張る。思いっきり引っ張ると、ずずっと、少しだけ大蛇の頭が動いた。
「動いた! これなら何とかなるかな。でも、これだけのサイズの蛇を……自分もずいぶんと力持ちになったよね」
力を入れ、紐を引っ張る。
引っ張る。
引っ張る。
引っ張る。
そして、地道な頑張りによって蛇の頭が、もとの場所から10センチくらいは動いていた。
『ソラよ……』
「うん、動くのは動くけど、これは日が暮れるね」
ここは東の森の奥地だ。拠点まで結構な距離がある。
『日が暮れるどころではないと思うのじゃ』
「無理かなぁ。ここで捌いてしまう? でも、それだと、こんな陽射しも当たらないような場所では、干物なんて作れないだろうし、少しずつ切り取って持って帰るにしても、この量だもん、何往復必要になるか分からないし、その間に腐ってしまうだろうし、うーん。ある程度は諦める必要があるのかなぁ。せっかく大物を倒したのに! 自分の非力が恨めしいよ」
それでも頑張って大蛇の死骸を引っ張る。諦めきれず地道に動かしていく。
すると突然、強い力で引っ張られた。大蛇の死骸が動き、囲いに隙間が出来ている。見れば、目覚めた青い狼が、大蛇の体に噛みつき、逆方向から引っ張っていたようだ。
開かれた隙間から青い狼がこちらへと歩いてくる。
「もう元気そうだね」
『うむ。神法リヴァイヴは神法キュアと違い、再生の力なのじゃ。欠損なども治すほどなのじゃ』
青い毛が荒れ放題の痩せた孤狼が、それでも王者の風格を漂わせ、歩く。
そして、こちらの目の前まで近寄り、静かに頭を下げた。
「分かった」
下げられた青い狼の頭の上に手を置く。ゆっくりと手を動かし、頭をなでる。
これでもう仲間だ。
「これを持って帰りたいんだけど、手伝って貰ってもいいかな?」
青い狼が頷く。
「ガル」
そして小さく吼えた。
青い狼が大蛇の死骸の頭に通した紐を咥え、引っ張っていく。自分が頑張っても少ししか動かなかった大蛇の死骸が、簡単にずるずると動き運ばれていく。
「助かるよ。それと、君が倒した、もう一匹は君のものだよ」
「ガルル」
青い狼は口に紐を咥えたまま器用に頷き、喉を鳴らしていた。
青い狼の力を借りて大蛇を運んでいく。
巨大な大蛇の死骸が湖近くまで運ばれる。引き摺って運んだのに、その外皮には傷がついていない。かなり固い外皮のようだ。
「ありがとう、次は君のだね」
「ガル」
青い狼が頷く。
「ところで君に名前はあるの?」
東の森の奥に戻る途中で青い狼に聞いてみる。
「ガルル」
青い狼は、どうでも良いとばかりに首を横に振っていた。
『ソラよ、魔獣の個体に名前があることは稀なのじゃ。こやつは群れからはぐれたか、追い出されたかした魔獣だと思うのじゃ』
「そうなんだ。じゃあ、僕が名前をつけてもいいのかな」
青い狼は好きにしろ、と言った感じで頭を下げていた。
「うん、やっぱり、こちらの言葉が分かるんだね。魔獣って、もっと野生の生物ってイメージだったよ」
『ふむ。そのようじゃ。もしかすると群れの女王に近い個体だったのかもしれないのじゃ』
青い狼はどうでも良いとばかりにそっぽを向いている。それとも、こちらに表情を見せないように顔を背けたのだろうか。
青い狼の名前を決めることにする。
「よし。では、その体毛の色にちなんでブルーとか?」
青い狼は気に入らないのか、なんだかがっかりしたように肩を落としている。四つ足で歩きながら器用なものである。
「気に入らないんだ。次は、そうだね。ゴワゴワとか。なんだかゴワゴワした体毛を持っているからね」
青い狼は勘弁してくれというような眉間にしわを寄せた顔をしている。意外と表情が豊かなようだ。
「それじゃあ、フェラルって名前はどう?」
青い狼は、大きな口を開き、小さくため息を吐いていた。
「む。気に入らない? まぁ、確かに野獣って名前は、安易かなぁ」
『ソラは、あまりネーミングセンスがないのじゃな!』
「そ、そう? そうかなぁ。悪くないと思ったんだけど……」
歩きながら腕を組み、考える。
「スコルで、どうかな?」
青い狼は、諦めたのか、もう、それで良いという感じで頷いていた。
「うん、では、今日から君はスコルだね。よろしく」
「ガルル」
青い狼は名前など気にしないと言わんばかりに小さく吼えていた。
「その割には、名前の好き嫌いをしていたよね」
スコちゃん。




