244 無能な働き者
「ガッソ、過ぎるぞ。口を閉じよ」
さすがに王が第二王子の言葉を咎める。
だが、第二王子は首を横に振る。
「父上、言わせてください! 国の価値、あり方を考えてください。もう一度言いましょう。我が国はただでさえ、辺境に追いやられている。その我が国が無名の新国と同盟を結んだと他の国々が聞いたらどう思うでしょうか! 我が国を狙う公国、愚かな獣国、そのほか多くの国につけいる隙を与えるだけです!」
王が顎に手を当て、唸っている。
「兄上、兄上は分かっておられぬ! ソラ王の強き力は必ず助けとなる!」
金色のレームが叫ぶ。
「お前こそ分かっていない。そこの王がどれだけの力を持っていようと、他の国は知らないのだ。そこから引き起こされることを考えたのか!」
……。
なるほど。
この第二王子は、この王子なりに考えてのことなのだろう。
だが、それを当の相手の前で言ってしまうのはどうだろうか?
……。
いや、違うのか。
わざとか。
わざと挑発しているのか。
こちらが怒りだして挑発に乗るのを待っているのか。
この王子様、自分の頭の良さに自信がありそうな顔をしているからね。
では、その安い挑発に乗るべきか。
「ソラ王、すまない。このような……」
金色のレームがこちらを見て頭を下げている。
レームさんが謝ることじゃないよな。
だから、言う。
だから、笑う。
「明日ですね。分かりました。楽しみにしています」
王はこちらを見ることもなく、顎に手を当て唸っている。どう反応してよいか困っているという感じだ。多分、第二王子の言葉に思うところがあるのだろう。
にしても、だ。ちょっと身内に甘すぎないだろうか。
それが原因で滅ぼされやしないかと心配になる。
「ソラ王、行こう」
場の空気が変わったことを感じたのか金色のレームが席を立ち、こちらへとやって来る。
「分かりました」
隣に座っている王に軽く頭を下げ、立ち上がる。
そして、二人で部屋を出る。
「ソラ王、兄上があのようなことを言い出すとは思わなかった」
「大丈夫です。明日が楽しみになりました」
「兄上は、火薬というものを手に入れてから、それに取り付かれているのだ。その力を過信しすぎている」
金色のレームが小さく独り言のようにこぼしている。
強すぎる力を手に入れて強気になっている、か。でも、本当に、それは強い力なのだろうか。
明日が楽しみだ。
「ソラ王、部屋に案内しよう。先ほどの兄上の詫びではないが、極上の部屋でゆっくり休んで欲しい」
その金色のレームの言葉の通り、案内された部屋は最高の部屋だった。ふかふかと体が沈むベッド。ずっと、このままで居たくなるような、そんな人を駄目にしてしまうベッドが備え付けられている。
こんなものがあるなんて、ヒトシュの地は侮れない。
そして、朝になる。
翌朝、使用人と思われる女性が持ってきた水で顔を洗い、拠点から持ってきていた水で喉を潤す。
しばらくすると金色のレームがやって来た。
「ソラ王、気分はどうだろうか?」
「とても良いです。ここのベッドは凄いですね」
「そうだろう? これだけはソラ王の国にも負けてないぞ」
金色のレームが笑う。
確かに悔しいが、これは負けている。
「それでは案内をお願いします」
「あー、うーむ。あまり気は進まないが、案内するよ」
金色のレームととりとめのない会話を行いながら、通路を歩いて行く。
歩きながら、元からこの地にあったものを使ったのか無駄に豪華な宮殿だ、などとどうでも良いことを考えていると、こちらの進路を塞ぐように一人の男が現れた。
それは晩餐の時に少女の後ろに立っていた男――以前、拠点に戻る時に出会った、あの男だった。
「お前はリリィの護衛か。何の用だ?」
金色のレームが、こちらの進行を塞ぐ男を咎める。
「そちらの王にお願いがある。一騎打ちを受けて欲しい!」
男の言葉。
意味が分からない。
「それに何の意味がありますか?」
「お嬢さまの名誉が守られる。そして、そちらの王はこちらを打ちのめして気を晴らすことが出来るだろう」
男がこちらを見ている。その目はタダではやられないと言っているようだ。
一騎打ちという形で自分の不始末を消そうとしているのだろうか。
まぁ、何にせよ、だ。
「ソラ王、これはどういうことだ?」
金色のレームは事態について行けず、少し困ったような顔をしている。
「魔獣に襲われていたところを助けたら、そちらの男が、その魔獣を手配した流民の子どもとして、こちらを処理しようとしただけですよ」
だから、簡単に説明する。
「いや、それは、ちが……」
男は、どうにか否定しようと、何か良い言葉がないか考えているようだ。
「違わないでしょう」
言い訳は許さない。
それを聞いた金色のレームが男を見る。その視線には怒気が含まれていた。
「このことをリリィは知っているのか?」
男は首を横に振る。
「お嬢さまは関係ない。これは私の一存だ」
金色のレームが大きく息を吐き出す。そして、こちらを見る。
「ソラ王、この男を自分の手で討ちたいところだが、それは止めておこう。ソラ王に譲ろう」
金色のレームの手が怒りによるものか震えている。
金色のレームが怒るのも分かる。この男は自分の主人である『お嬢さまのため』という建前に酔い、それを盾にして自分のことしか考えていない。そして、その考えなしの結果によって主人を危険に晒している。
こういう迷惑な輩は居ない方が、少女のためになるだろう。
だけど……。
「勘違いしているようですが、僕は一騎打ちを好むような『野蛮』な性格をしていません。あなたを打ちのめしたところで、こちらの気が晴れることはないでしょう。今も、そのような自分の思い込みで行動して、こちらの邪魔をしている、あなたに腹は立ちますが、それ以上のことはありません。ただただ、鬱陶しくて邪魔なだけです」
男の顔が驚きに染まる。
「な、何を……」
男を無理矢理、横に退ける。
「邪魔です」
金色のレームとともに男の横を抜ける。
そして、そのまま男を無視して通路を歩いて行く。
「ソラ王、良かったのか?」
「ええ。わざわざ手を出す価値もありません」
金色のレームが顔に手を当て、笑う。
「確かに。だが、禍根を残すかもしれないぞ」
「その時は、その時です。あの程度なら、いつでも対処できます」
「そうだな。ソラ王なら、それが可能だ」
金色のレームと笑い合い、第二王子が待つ練武場へと向かう。
さて、第二王子は何をしてくれるのだろうか。




