242 人の業
「では、参ろうか」
王がふかふかの椅子から立ち上がる。
「分かりました」
こちらもふかふかの椅子から立ち上がる。少しだけ名残惜しい。こんなにも優れたものが手に入る迷宮という場所は、どんな場所なのだろうか。
王が扉を叩く。
すると向こう側から扉が開いた。
そこに居たのは金色のレームだった。
もしかすると扉の向こう側で、こちらの安全のために、こちらを守るために、扉の前で立っていてくれたのかもしれない。
「話し合いはどうなりました?」
金色のレームが王に話しかける。
王が口を開く。
「ソラ王と、その地、良き隣人として」
「それは良かった」
金色のレームが胸をなで下ろしている。
その金色のレームの胸を叩く。
「レームさん、王子だったんですね。そんなにも偉い立場だったなら言ってくれたら良かったのに」
その自分の言葉を聞いた金色のレームが笑う。
「偉い? 王と王子なら、王の方が立場が上だろう」
確かにそうだが……。
「ふむ。ソラ王とお前は仲が良いのだな」
王は優しい目で金色のレームを見ている。
金色のレームが頷きを返す。
「ええ。ソラ王とは友人です」
友、か。
うん、そうだよね。
「それで、ソラ王」
王の方を見ていた金色のレームがこちらへと振り返る。
「何でしょう?」
「ソラ王から預かっていた食材、宮殿の調理人に渡しても良いだろうか?」
「えーっと、それは?」
「今日の晩餐にしたい」
晩餐に?
うーん、特には問題は無いと思うけれど……。
「構いません。でも、ここの調理人に調理が出来るのでしょうか?」
「そこは、その、作り方を教えても良いだろうか?」
……。
特に秘密にしているわけでもない。
別に構わないだろう。
「ええ。お願いします。食材が、ここの技術で、どう変わるか楽しみです」
「ああ。頑張らせるからな!」
金色のレームが楽しそうな表情で頷く。
「ふむ。ではソラ王、私たちは行こうか」
王に頷きを返す。
金色のレームと別れ、王の後をついていく。金色のレームは調理人の元へ向かったのだろう。
人が少ない通路を歩いて行く。
「護衛とか居ないんですか?」
「そこはソラ王が守ってくれると思っているよ」
王が笑う。
ここで襲われないという自信の現れだろう。それとも腕に覚えがあるのだろうか?
王とともに謁見の間の裏側に入る。謁見の間では、武装した兵たちが縦長の旗を持ち、綺麗に並んでいた。これは王の武威を示すものなのだろう。
そこから王は玉座へと歩き、座る。自分は、その玉座の裏に隠れさせて貰う。
しばらく待っていると、一人の男が現れた。
それは、あの鍛冶士のファフテマだった。王の方を見ないようにか、頭を下げたまま歩いている。そして、そのファフテマの後ろには、彼を追い立てるように鎧の男が歩いていた。鎧の男は布に包まれた何かを持っている。この鎧の男は、王の兵だろうか?
ファフテマたちがこちらへと歩いてくる。
その途中で王が手を横に伸ばす。
「鍛冶士ファフテマ!」
王の一番近くに居た鎧の男が名前を呼び上げる。
それ以上、近寄るな、という意味だったのか、そこでファフテマが膝を付き、頭を下げる。
王が頷き、口を開く
「ファフテマよ、そちの工房、いつも優れた武器を献上し助かっている」
ファフテマはさらに深く頭を沈める。
「だが、此度の用件は何用か? 我を呼ぶほどのこと、その意味は分かろうな?」
そこで王は肩肘をつき、手を上げる。
「鍛冶士ファフテマの言葉を許す!」
王の一番近くに居た鎧の男が大きな声を上げる。
そして、ファフテマが頭を下げたまましゃべり始めた。
「はっ! 王に是非、献上したきものが手に入りましたので、それを持って参りました!」
献上したいもの?
「ふむ。我に献上したいもの? それは?」
王の言葉を受け、頭を下げたファフテマの近くで布に包まれた何かを持って立っていた鎧の男が動く。
王の下へと歩き、膝を付いて、その布を剥ぎ取る。
中に入っていたのは剣だった。
見覚えがある。
このファフテマに盗まれた自分の剣だ。
王が剣を受け取り、立ち上がって、その姿を確認する。
「これは素晴らしい剣のようだ。これを何処で?」
返答の許可を得たファフテマは頭を下げたまま喋る。
「流民の子どもが持っていたものです。何処かで盗んだのでしょう。悔しいことですが、残念ながら私の力でも作れなかったものです。迷宮産だと思われます」
自分の力で作れないことは認めるのか。そこは少しだけ意外だった。
そこで王が笑う。その笑みは、少しだけ怖いものだった。
「なるほど。ファフテマよ、面を上げよ」
王の言葉に、ファフテマが顔を上げる。
そして、見る。
王が、同じ剣を持っていることを。
王の手には同じ剣が二本。どちらも炎の手さんが作った量産の剣だ。
「お、王よ、その剣は……」
ファフテマがわなわなと震えている。
「ふむ。発言を許した覚えはないのだが、ソラ王、良ければ出てこぬか」
王がお呼びだ。
多分、このファフテマが持ってきた剣を見て、事情を理解したのだろう。
やれやれだ。
隠れていた玉座の裏から出る。
「お、お前は! あの時の流民の! 王よ、その子どもです。その子どもが、その剣を!」
ファフテマが、驚いて立ち上がり、こちらを指差している。
「ファフテマよ、王たる我を蔑ろにするとは、な」
王がファフテマを見る。
ファフテマはすぐに膝を付き、頭を下げる。
「お、お許しを。しかし、その流民の子どもが……」
王はため息を吐き出し、こちらを見ている。その顔は、こちらの自由にして良いと言っているようだった。
肩を竦める。
「それは、その鍛冶士に盗まれた自分の剣です」
「お、お前は! 王よ! そのような流民の戯れ言を信じてはいけません。これまで王宮に捧げてきた私の忠誠を信じてください!」
ファフテマが顔を上げ、叫ぶ。
王が小さく苦笑し口を開いた。
「鍛冶士ファフテマよ。お前が流民の子どもと言っている、この方は、な。禁域にある禁忌の地の王、ソラ王だ」
ファフテマの顔が青ざめていく。
「お前は、我が国と友好を結ぼうとした他国の王の所持品を盗み、あまつさえ、それを我に献上しようとしている。それがどういうことか分かるか」
ファフテマが叫ぶ。
「王よ! 騙されています。そのような……。いえ、これは私を貶めるための罠です! そのようなことが! これは、これは……」
「もう良い。お前の権威を剥奪する。連れて行け」
王が手を横へと薙ぎ払う。
鎧の男が動き、ファフテマを連れていく。
「王よ! 今までの私の貢献を! 嘘だ、嘘だ、嘘だ! こんなことがあって!」
ファフテマは叫び続けている。
そして、王がこちらを見る。
「ソラ王、これでどうだろうか?」
どうやら、この王様は空気を読んでくれる王のようだ。
「えーっと、そうですね。ただ、まぁ、一応、彼は自分の知り合いの子孫なので、あまりかわいそうなことにはしないでください」
炎の手さんのことがある。
必要以上のことは望まない。
「ふむ」
王が顎に手をやる。癖なのだろう。
「ソラ王、王として言わせて欲しい。過ぎる甘さは、そこから綻びを生むこともある」
「分かりました。助言、ありがとうございます」
甘さ、か。




