240 古代研究の発展
「その方から手を離すんだ」
金色のレームが門番に命令をする。
門番はその言葉の意味がよく分からなかったのか、自分と金色のレームの顔をキョロキョロと見比べている。
肩に乗せられた門番の手を掴み、持ち上げ、肩を竦める。
「レームさん、大体、こんな感じです」
金色のレームに話しかけたのが悪かったのか、門番が反応する。
「おい、お前。この方を誰だと思っている。流民の子どもが気安く話しかけられるような方ではない!」
すぐに肩を掴まれた。門番が咎めるような視線をこちらに送っている。
金色のレームの方を見る。
金色のレームは顔に手をやり、大きなため息を吐き出し、門番へと話しかける。
「この方は、禁忌の地の王、ソラ王だ。以前は素性を隠し、お忍びで来ていたのだよ。職務に忠実な君を罰したくない。その、手を離して貰えないか?」
その言葉の意味が分からなかったのか、門番は、再び、自分と金色のレームを見比べるようにキョロキョロと首を動かしていた。
そして、改めてこちらを見る。
「よく見れば、姿が……」
やっと金色のレームの言葉の意味が分かったのか、門番がわなわなと震え始める。
門番が膝を折り、頭を下げる。
「お許しを!」
……。
門番の突然の行動に、どう反応したら良いのか分からない。思わず、金色のレームの方を見る。
金色のレームが任せろという感じで頷く。
「顔を上げるのだ。幸い、ソラ王は慈悲深い方、君が職務に熱心だったが故の過ちだと分かってくれるはずだ」
門番が感極まったように顔を上げ、こちらの手を取る。
「慈悲に感謝を」
……。
ちょっと、その勢いに圧されて、一歩、後退りながら「分かった」と、何度も頷くことになった。何だろう、この茶番。
ヒトシュは疑いやすいが、感情豊かで流されやすい種族なのだろうか。
「ソラ王、行こう」
金色のレームの言葉に頷き、門を通り抜ける。
本当にやれやれだ。
そのまま宮殿の方を目指し歩く。どうやら、目的は学院の塔ではなく王宮のようだ。
……。
王に話をするのだから、当然か。
驚いた顔でこちらを見ている人々を無視して王宮へと進む。
そして、王宮の前に立っていた男が、こちらに気付き、振り返る。
それは、学院の塔で出会った髭を伸ばした法衣の男だった。手に何か小さな石版のようなものを持っている。
「おや、これは。死んだかと思ったが生きていたのか」
髭の男が小ずるそうな笑みを浮かべる。
金色のレームは髭の男の言葉に、唇の端を歪め、皮肉気に笑う。
「兄上が王宮に来るとは、これは矢の雨でも降りそうだ」
……。
兄上?
この髭の男が金色のレームの兄?
兄というには年が離れすぎている気がする。親と子くらいにしか思えない。
「ふん、来たくて来たわけではないわ。こちらとしても、あやつに呼ばれて仕方なくよ。古代語の解読に忙しいときに……ん?」
金色のレームと話していた髭の男が、こちらに気付き、こちらを見る。
「お前は、あの時の! お前のような流民の子どもがっ!」
そして、何故か怒り出す。
それを見た、金色のレームが、こちらを見る。そして、顔に手を当て、大きなため息を吐き出していた。
なんだか、そういう態度を取られると、こちらが悪いみたいな気分になってくる。
「レームさん、誤解ですよ。これには……」
「ソラ王……、いや、分かってる、分かってる」
金色のレームが顔に手を当てたまま、もう片方の手をこちらに伸ばし、待ったをかける。
「レーメリア、お前は何を言ってる?」
金色のレームがため息を吐き出す。
「兄上、その名前で呼ばないでください」
そして、金色のレームが改めて髭の男を見る。
「兄上、彼は、禁域とされた禁忌の地の王、ソラ王です。無礼な言動は控えてください」
それを聞いた髭の男が唇の端を歪める。その顔は、先ほどの金色のレームと何処か似ていた。確かに兄弟なのかもしれない。
「お前は何を言っているのだ? ふむ、確かに前とは違い豪華な、うむ、妙な格好をしている。だが、それだけで、その流民の子どもの言葉を信じるとは、お前は人を見る目がないな」
髭の男が馬鹿にしたような表情で笑っている。
あー、うん。
何というか、ヒトシュらしい、ヒトシュだ。
「ソラ王、すまない」
金色のレームが頭を下げる。
「あー、いえ、ヒトシュがこういう生き物だというのは分かっていますから、大丈夫です」
「ああ、そう言って貰えると助かる。ソラ王、行こう」
金色のレームは、髭の男を無視するように宮殿へと進む。
こちらも髭の男を無視して、金色のレームの後を追うことにする。と、そこで、髭の男が持っていた石版が目に入った。
文字が書かれている。
書かれているのは、銀のイフリーダに習った言葉だった。
「……女神……インフ……の……裏切り……計画……」
ところどころ掠れていて読めない。
うーん、気になるけど、今はそれどころじゃないか。
金色のレームの後を急いで追いかけよう。
と、追いかけようとした自分の肩を掴まれる。また、だ。そんなにも自分の肩は掴みやすいのだろうか。
「お前、今のは古代語ではないか! もしや、これが読めるのか!」
髭の男が興奮したようにこちらへと石版を突き出す。
「あー、ええ。掠れていてところどころ読めませんが、ここは女神、ここはインフ……多分、名前かと、そして、裏切り、計画ですね」
「なんだと……。おお! 確かに、そうだ。ここは女神だ。ああ、そうなると、これが……! 素晴らしい!」
髭の男がこちらへと迫る。
「お前の力は有用だ。何処で習ったか知らないが、学院のために尽くせ」
……。
何だ、この髭の男。
髭の男が、こちらの肩に置いた手に力を入れる。勢いが怖い。
何なんだ。
しかし、そこに待ったがかかる。
慌ててこちらへと戻ってきた金色のレームが自分から髭の男を引き離す。
「兄上、それ以上、と言うことであれば、このレームが相手になりますが?」
金色のレームが腰の剣の柄に手を置く。
それを見た髭の男が狂ったようにわめき出す。
「お前は! 腕っ節ばかりで考え足らずの馬鹿がっ! お前に、価値が分かるのか! これがどれだけ古代を知る手がかりに、進展に……」
「彼の価値は、私が一番分かっています。兄上の、その行いが、この国にどれだけの損失を生み出すか理解しての行動か! その覚悟がおありかっ!」
金色のレームの言葉に髭の男が後退る。
「お前のような馬鹿がっ!」
髭の男は罵倒を繰り返しながら、王宮へと逃げるように駆けていった。
何という、情けない姿だ。
「ソラ王、改めてすまない。あれと鉢合わせないように、少し待ってから中に入ろう」
「そうですね」
金色のレームが居なければ、また面倒に巻き込まれていたのかもしれない。




