238 ヒトシュの村
「ガルルルゥ」
スコルが小さく吼え、その大きな頭を押しつけてくる。自分は? と言っているのだろうか。
「スコルはもうとっくに友人だよ」
「ガルルル」
スコルが当然だ、という感じで吼える。金色のレームと話した時の言葉の意味は分からなかったはずだのに、もしかすると、なんとなく雰囲気で察したのかもしれない。
スコルの顔を撫でる。
そのままスコルの体を枕代わりに眠る。
おやすみなさい。
そして、翌朝。
朝食を食べ、境界を越える。
「スコル、またね」
「ガルルル」
境界の向こうで足を揃え座っているスコルが頷く。
「では、レームさん、行きましょう」
「ああ」
金色のレームが大きな荷物を背負い、歩く。なかなか力持ちだ。
獣道を歩いて行く。
「この先に村がある。そこで馬を譲って貰おう」
金色のレームの提案。
馬?
「馬ですか?」
「ああ、ソラ王の騎乗魔獣に比べれば劣るだろうが、荷物を運ぶのにも便利だ」
「スコルは騎乗魔獣では無く、友人ですよ」
ここだけは訂正しておく。
こちらが支配するのではなく、助け合う関係だからだ。
「すまない」
それを聞いた金色のレームが頭を下げる。
「いえ、分かって貰えたら充分です。ところで馬ですか?」
「ああ、馬だ。ソラ王は馬に乗ったことは?」
「多分、無いです」
ヒトシュの地を歩いていた時に見かけた、人の連れ歩いていた四つ足の魔獣が馬なのだろうか。
「それでは乗る用と荷物を運ぶ用の二頭にしよう」
金色のレームの提案。とりあえず、勝手が分からないので、全て任せることにする。
「ヒトシュの地のことはヒトシュであるレームさんに任せます」
「おう、任された」
金色のレームが笑い、自分の胸を叩く。
獣道を抜け、大きな道に出る。そこまで出ると、道を歩いているヒトシュの姿を見かけるようになる。
「人の姿が見えますね」
「ソラ王、この辺りは辺境と呼ばれる場所だ。あまり人が通らない場所だな。それでも隣国へと向かうために、こうやって歩いている者達はいる」
金色のレームが解説をしてくれる。こうやってヒトシュの地のことを教えてくれる人がいると、とても助かる。
前に来た時とは違う見え方が出来るかもしれない。
歩き続け、やがて石造りの建物が見えてきた。ここは以前も通った場所だ。ただ、その時は建物の扉を叩いても何の反応もなかった。反応して貰えなかった。
「ソラ王、早いが今日はここで泊ろう」
「あ、はい。分かりました」
そういえば、この村? から目的地である都市までは結構な距離があったはずだ。それを踏まえて少し早くても、ここで休むことにしたのだろう。
だが、この村の人たちは反応してくれるのだろうか?
呼びかけに答えてくれるのだろうか。
石造りの建物が並ぶ道を、金色のレームの案内で歩く。自分はついて行くだけだ。
そして、少し大きめの建物の前で止まる。
「ソラ王、自分が交渉してくる。少し待っていてくれ」
「分かりました」
交渉ごとは任せよう。
自分がヒトシュと関わるとろくなことにならない。
建物の外で待つ。
……。
……。
「なぁ、おい」
すると、見知らぬヒトシュの男が話しかけてきた。
無視しよう。
「おい」
無視しよう。
「おい、ガキ、聞こえねぇフリをするんじゃねえよ!」
無視しよう。
「このガキがっ!」
男がこちらへと手を伸ばしてくる。
何のつもりだ?
斬るか?
背中の剣へと手が伸びかける。
……。
しかし、その手を途中で止める。
男が、こちらへと伸ばした手を誰かが掴んでいた。
「自分の友人に何の用だ?」
いや、誰かではない。金色のレームだ。
男が怯えた目で金色のレームを見る。
「あ、いえ、そこのガキが……」
金色のレームが力強い瞳で男を睨む。
「あ、その、そこの坊ちゃんが一人でいたので、迷子になったのかと……」
「失せろ」
金色のレームが男の手を離す。
男は怯えたようにペコペコと頭を下げながら逃げていく。
何だったのだろうか。
「何だったんでしょうね」
金色のレームが大きなため息を吐き出す。
「ちょっと離れた間に絡まれるとは、普段はこんなことないはずが……ソラ王は何か、よからぬ輩を引きつける匂いでも出しているのだろうか」
「心外です。それなら、レームさんもよからぬ輩ということになりますよ」
「その通りだ!」
金色のレームは腹を抱えて笑っている。
一通り笑い終わった後、こちらを見る。
「ソラ王、宿は取れた。馬を見に行こう」
馬を見に行く?
ああ、ここで全て終わるわけじゃないのか。
金色のレームの案内でヒトシュの村を歩く。
そして、柵に囲まれた広場に出る。その柵の中では長く伸びた四つ足の魔獣が元気に駆け回っていた。足だけではなく首も少し長い。
その魔獣の大きさは人と同じくらいのものから、人の倍くらいありそうなものまで揃っている。小さいのは子どもだろうか。
「これが馬ですか?」
「馬だ。ちょっと、馬主に話をつけてくる。その間、ソラ王はここで待っていてくれ。ここならさすがに絡んでくる輩もいないだろうからな」
そう言って金色のレームは笑いながら歩いて行く。
こちらも絡まれたくて絡まれているわけじゃないのだけれど。
まぁ、大人しく待っていよう。
ヒトシュの地のことはヒトシュである金色のレームに任せよう。
にしても、馬、か。
柵まで近づき、馬を眺める。首が長く、足も長い。あまり強そうな魔獣ではない。でも足が長いから、走るのは速そうだ。と言っても、さすがにスコルほどの速度は出ないだろう。
まぁ、自分が歩くのよりは速そうだから、充分かな。
そんな感じで馬を眺めていると、一際大きな馬がこちらへと駆け寄ってきた。
手を振り、笑いかける。
すると、その馬はこちらを馬鹿にしたような表情で、こちらへと走ってきた。意外と速い。一瞬で目の前へと迫る。
馬と自分の間には柵がある。だが、そんな柵など壊してしまいそうな勢いで――いや、それを壊し、こちらへと走ってくる。
このままこちらを吹き飛ばすつもりか!?
斬るか?
いや、さすがに、この飼育している魔獣を殺すのは不味い、か。
手を伸ばす。
馬が迫る。
ぶつかる。
その瞬間に馬の足を手で掴み、飛び上がる。自分の体を持ち上げ、一気に馬の背に跨がる。
手を馬の首筋に当てる。そこから、馬の中にあるマナの流れを掴む。
「落ち着け」
馬がビクンと跳ね、動きを止める。そして、ゆっくりと長い首をこちらへと回した。その顔は何処か怯えている。
「走るよ」
馬がゆっくりと頷き、顔を戻す。そして、駆け出した。
……。
スコルほどじゃないけど、そこそこ速い。自分で走るよりは、充分、速い。それに、だ。自分で動くわけじゃないから疲れないのが良い。
そんな風に馬を走らせていると、金色のレームが戻ってきた。誰か人を連れている。ここの馬主? 管理人だろうか?
「レームさん、話はまとまりましたか?」
馬を走らせ、金色のレームの元へ。
金色のレームがこちらを見て何処か呆れたようなため息を吐き、そして、笑った。
「ソラ王、大人しく待っているよう頼んだはずだが?」
「この馬に絡まれました」
馬の首筋を軽く叩く。それを見た金色のレームは顔に手を当て、宙を見た。
「あ、あの暴れ馬が人に、しかも、こんな子どもに懐いているなんて……」
一緒にやって来た男が何か言っている。
この馬は、暴れ馬という馬だったらしい。
虹色のマントを纏い、長剣、木槍を持った怪しい人物に普通に絡んでくる男。




