237 友好
改めてヒトシュの地へと向かう準備を行う。
スコルに取り付けた荷台には最低限の食料と水を積み込む。
走る手さんが作ってくれた水筒には新鮮な水が入っている。これで数日は大丈夫だ。
錬金小瓶の中にはヨクシュの里から貰った黄金色の甘い水を入れている。これは疲労を取ってくれるので、いざという時用だ。
背負い袋に七日分の保存食と火口代わりの木片も入れる。
結局、ちょっとした荷物になってしまう。
そんな出発の準備をしている自分の横では金色のレームが戦士の二人と拳を付き合わせ、肩を抱き合っていた。戦いをともにし、一緒に狩りをして――本当に仲良くなっていたようだ。
その金色のレームの背に一本、腰には二本の剣が差してある。三本の剣だ。
これは別に炎の手さんが金色のレームを気に入って渡したというわけでは無く、ヒトシュの地で交渉する際の見本として使うための剣を、彼に持って貰っているだけだったりする。
そんな準備を行っていると亡霊がやって来た。
「盾と鎧は完成させておくから、必ず戻ってこいよ」
亡霊がフードを深くかぶり、こちらへと拳を突き出す。
「はい。楽しみにしています」
こちらも拳を伸ばし、付き合わせる。
閉ざされた氷の城で出会った亡霊。魔法鍛冶の技術で色々と助けてくれた。
本当にありがとう。
これからもよろしく。
「ガルルルゥ」
スコルがこちらへと振り返り、小さく吼える。早く行こう、って感じかな。
スコルの顔を撫でる。
「うん、行こうか」
鐙に足を乗せ、一気にスコルの背へと登る。
「レームさん」
金色のレームに呼びかける。
「分かった。ソラ王、少しだけ待って欲しい」
そう言って金色のレームは皆の方へと向き直る。
そして、頭を下げる。すぐに頭を上げ、小さく咳払いをする。
「ソノ、バショ、ステキ、ヨカッタ」
金色のレームがこちらの言葉でお別れの挨拶を口にする。
それはカタコトでちぐはぐな言葉だったけれど、気持ちが詰まっていた。
皆が笑い、拳を突き出す。
「レームさん、行きましょう」
金色のレームが頷き、荷台に乗り込む。
さあ、ヒトシュの地へと出発だ。
「ガルルゥ」
スコルが吼え、駆け出す。
東の森を駆け、駆け抜け、石の廃墟へ。さらに左手に石の城を見ながら、その廃墟を抜ける。
速い。
スコルの移動速度が上がっている。
以前なら石の廃墟で一泊してから先へと進んでいたのに、まだ昼を過ぎた辺りで、その場所を超えてしまっている。
道を覚えて効率が良くなったのか、それともスコルが成長しているのか。
石の廃墟を越え、ヒトシュの地との境界の森へ進む。
そして、日が暮れる頃には境界へと辿り着いていた。
境界に気付き、スコルが足を止める。
「今日はここで一泊しましょう」
荷台で驚きの表情のまま固まっていた金色のレームに声をかける。
「ガルルル」
スコルが小さく吼える。明日にはスコルと一時のお別れだ。
スコルやリュウシュの皆さん、カノンさんやセツさんと一緒にヒトシュの地を冒険が出来たなら、どれだけ心強かっただろうか。
だが、皆は、この禁忌の地に住む種族だ。ヒトシュの地とは相容れない人たちだ。
お願いすれば一緒に来てくれるかもしれない。でも、あんなに気持ちの良い人たちをヒトシュの地には連れて行きたくない。
苦労するのは自分だけで充分だ。
金色のレームと一緒に火を起こし、食事の準備を行う。
「自分で食事の準備が出来るようになったのも、この地に来たおかげだ!」
金色のレームは笑っている。
「それで、レームさん、いつ、言葉を覚えたんですか?」
金色のレームがニヤリと笑い、得意気な顔を見せる。
「ソラ王たちの使っている言葉が、途中で呪文の詠唱と同じ古代語だと気付いたのだよ。そこからはかつて学んだ古代語を思い出しながら頑張って、な」
古代語を学んだ、か。
確かにヒトシュが使っている呪文は、いや、全ての呪文が、自分たちが使っている言葉と同じだった。
ヒトシュはその言葉の意味を知らずに呪文を唱えている?
「呪文学を専門で行っている一番上の兄上ならもっと容易かったのだろうが、自分ではあれが精一杯だよ」
金色のレームは何処か恥ずかしそうに笑っている。朝の別れの挨拶を思い出して少し恥ずかしくなったのだろうか。
そんな会話をしている間に肉が焼けて、天舞が炊けた。
……食事にしよう。
スコルは生焼けの魔獣肉を美味しそうに食べている。
「この食事はたまらないな!」
金色のレームも美味しそうにご飯を食べている。
ヒトシュの地に入ってからは金色のレームが荷物を持ってくれることになっている。荷物持ち役が出来たことで前回よりも楽に迷宮がある都市にたどり着けるだろう。
「ソラ王、人の地では、人の地の良いところを案内するよ。美味しい食事をごちそうしよう!」
金色のレームはそう言っている。
う、うーん。
ちょっと首を傾げてしまう。
「どうしたのだ、ソラ王?」
金色のレームは不思議そうにこちらを見ている。
「実は、ヒトシュの地には行ったことがあるんです。それも最近に」
「なんと!」
金色のレームは驚いている。
なんとなく、だが、自分がこの禁忌の地から出たことがない世間知らずだと思っていたんじゃ無いだろうか。
「そういえば、ソラ王は、唯一、人の言葉を使っている。まさか……」
首を横に振る。
「それは、この地に迷い込んだヒトシュの少女から習いました」
一度、そう言った覚えがあったんだけれど、気のせいだったかな。あー、言ってなかったかもしれない。
「ヒトシュの地では流民とやらの子ども扱いをされて、ろくなことになりませんでした。唯一、会話が出来たのは無の神殿の神官くらいでしたよ」
乾いた笑いが出そうになる。
「そ、う、だったのか」
金色のレームは言葉に詰まっている。自分がどんな目に遭ったか想像出来るのだろう。
「そうだったんです。そういうこともあって、ヒトシュにはあまり良い印象を持っていません」
金色のレームの笑いが凍り付いている。
そして、金色のレームが頭を下げた。
「すまない! 人を代表して謝らせて欲しい。全てが全て、悪いわけでは無い。だから……」
金色のレームがこちらへと手を伸ばす。
「自分と友になってくれないだろうか」
だから、の次がなんで、そこに繋がるのだろうか。
でも、
うん、悪くない。
金色のレームの手を握る。
「そうですね。友になりましょう」




