024 一回
青い狼がゆっくりとこちらへ歩いてくる。
大蛇に勝利した王者の風格そのままに、足を動かし、ゆっくりと、こちらへ歩いてくる。
そして、そのまま倒れた。
……。
動かない。
最初は冗談かと思ったが、動く気配がない。
慌てて駆け寄る。呼吸に合わせて、弱々しく体が動いている。
「生きている」
ほっとため息を吐く。青い狼は生きていた。しかし、呼吸が荒い。何処まで持つか分からない。
「イフリーダ」
『ふむ。ソラは成長させてからマナ結晶を取り出すのかと思っていたのじゃ。しかし、こうなってしまっては仕方ないのじゃ』
「違う」
イフリーダの言葉に首を横に振る。
「そうじゃないんだよ、イフリーダ。僕は助けたいんだ」
『ふむ……』
「イフリーダ、助けるための方法を教えて欲しい」
青い狼の荒かった呼吸が、弱く、途切れ途切れなものへと変わっていく。命の鼓動が弱まっていく。
イフリーダを見る。
『ソラよ、まずは先ほど倒した魔獣の死骸からマナ結晶を取り出すのじゃ』
「分かった」
イフリーダの言葉に頷き、左足を引き摺りながら、壁になっていた大蛇の死骸を目指す。
『ソラよ、何故、近い方から抜き取らぬのじゃ?』
首を横に振る。
「それを倒したのは自分じゃないからだよ。急いでいる時に、と思うかもしれないけど、これは自分の中に残っているこだわりなんだ」
急ぐ。
片足で、それでも、駆けるように、痛みなど無いように、踏み出す。
そして、壁になっていた大蛇へと辿り着く。
「イフリーダ、ここで、僕は、どうすればいい?」
『任せるのじゃ』
イフリーダが肩に乗る。
そして、体が動く。
折れた剣を瞳の高さで水平に構え、そのまま力を入れるようになぎ払う。
壁になっていた大蛇の腹が切り裂かれ、その中から握り拳ほどのサイズのマナ結晶がこぼれ落ちる。
「マナ結晶!」
『うむ。ソラがマナ結晶を保有している部位の前に誘導したおかげなのじゃ』
「え? いや、たまた……今は、そんなことを言っている場合じゃないよね。イフリーダ、これ」
肩に乗っているイフリーダの前へ握り拳ほどのサイズのマナ結晶を持って行くと、それをひょいっと咥えた。そして、そのまま飲み込む。
『ふむふむ。まぁまぁなのじゃ』
「よくそのサイズを飲み込んだね。って、そのサイズでもまぁまぁなの?」
『もちろんじゃ。この程度、『こもの』なのじゃ。と、まずはあれの前に移動なのじゃ』
体が動く。
自分の体が自分のものではないように、まるで残像でも残しているかのように――気がついた時には視線の先に自分の姿がある、そんな流れとともに動く。
「これ、は?」
『剣などの使い手、その上の者達が基本とする歩法なのじゃ。神技とすら呼べぬ基礎の技なのじゃ。今のソラには難しくとも、上に行くためには必須の技なのじゃ』
体に動きがあるのに、しかし左足の痛みを感じない。特殊な移動法だからだろうか。
「足が……」
『うむ。ひとまず邪魔にならぬよう痛覚を遮断しているのじゃ』
「え?」
『うむ。足は後回しなのじゃ。ソラよ、優先することがあると思うのじゃ』
「そ、そうだね」
そのまま水が流れるような動きで青い狼の前へと進む。
『ふむ。あまり得意ではない故、ちと足りぬか。しかし、それでも使って見せよう、なのじゃ』
円を描くように腕を動かす。
『これが火の神法リヴァイヴなのじゃ』
青い狼が一瞬にして激しい炎に包まれる。
「イフリーダ!?」
『大丈夫なのじゃ。火が司る破壊と再生の力なのじゃ』
炎が消え、そこには先ほどと変わらぬ青い狼の姿があった。しかし、その呼吸は落ち着き、安定したものに変わっていた。先ほどまでの途切れ途切れのいつ消えてもおかしくないような、そんな危機的状況は去ったようだ。
『すぐに落ち着くのじゃ。どうせ使うのなら、この力、ソラに使いたかったところなのじゃ』
「うん。わがままを言ってごめんね。イフリーダ、ありがとう」
『ふむ。ソラにはやって貰うことがあるのじゃ。ここで貸しを増やしても悪くないと思っただけなのじゃ』
「うん。もう返しきれないくらいだね」
『しかしじゃ、この神法で先ほどのマナ結晶の力使い切ったのじゃ』
イフリーダが大きくため息を吐いている。
「うん。せっかく大物を倒したのに、プラスになってないね」
その言葉を聞いたイフリーダはニシシと笑っていた。
『ふむ。ソラの経験になったと思えば、まぁ良いのじゃ』
そして青い狼を見る。
『体力が回復すれば目覚めると思うのじゃ』
青い狼は静かに寝息を立てている。
「良かったよ」
青い狼の毛に手を入れ梳く。と、そこで異臭に気付く。
「む、うーん。この子、凄く、獣くさい。さっきは何とかしないとって、そればかりを考えていたから気付かなかったけど、凄く匂うね」
『ふむ。獣だから当然なのじゃ』
「イフリーダは匂いがしないのにね」
『我をこのような獣と同じにするでないのじゃ』
「うん。ごめん、ごめん」
もう一度、手を入れ、青い狼の青毛を梳く――が、途中で指が引っかかる。
「ゴワゴワしている。それにベトベトだ」
『野生の魔獣は、そのようなものなのじゃ』
「そうだね。この子が起きたら、何とかしたい。湖で綺麗に洗ってやりたいよ」
獣臭さに鼻をつまみながら青い狼を見る。
『しかし、ソラよ。何故、この魔獣を助けたのじゃ』
「なんとなく……かな?」
『ふむ。なんとなくなのじゃな』
「最初は怖かったんだけどね。食べられると思ったしね」
『うむ。この魔獣はソラを狙った敵だったと思うのじゃ』
「そうだね。だけど、それも、後でね、生き物が生きるために補食するのは、自然の摂理だって思ったんだ。自分だって、毎日、魚を捕って食べていた訳だしね。それに思い出してみれば、最初の時、この青い狼は、もっと細くて、弱々しくて、餓えている感じだった。飢えに苦しんだのは自分も同じだからね。だから、一回は許そうと思ったんだ」
銀の毛皮を持った優雅な猫姿のイフリーダはこちらを見て、ゆっくりと唇の端を上げた。
『それで、ソラよ。どうするのじゃ』
「うん。さっきも言ったけどね、目覚めたら――まずは、この子の体を洗うよ」
俺 → 自分 → 僕
2018年3月8日修正
体に動きがあるの → 体に動きがあるのに




