235 交渉
それから数日が経った。
金色のレームは言葉が分からないながらもリュウシュの皆さんと仲良くやっている。生産職の皆さんと一緒に畑仕事をしたり、鍛冶をしようとして亡霊に怒られていたり、色々なことをやっている。
そして、その金色のレームの腰には炎の手さんが作った剣があった。
楽しそうに、何かから解放されたように、この拠点の皆と色々なことをやっている。
戦いが終わり、里に戻ったカノンさんは、すぐに仲間のメロウを引き連れて戻ってきた。
そして、やって来たメロウの皆さんが、お湯の湧いていた場所の工事を始める。そこは、元々は自分が粘土を掘っていた場所だったはずだ。その後も走る手さんが掘り続け、そしてお湯が湧き出してきた――そういう経緯だったはずだ。
にしても、そのお湯を使って何をするのだろうか?
メロウの皆さんの工事は続く。
その間も穏やかな日々が流れていく。
魔獣を狩り、肉とマナ結晶を得る。
森を開拓し、住む場所を広げ、城を拡張する。
畑を作り、作物を育てる。
さらに数日が過ぎ、ついにメロウの皆さんの工事が終わったようだ。
「結局、何を作っていたんですか?」
カノンさんが笑う。
「それは見てのお楽しみなのだ」
カノンさんの案内で工事の終わった湯元へ向かう。
そこには木と石で作られた巨大な桶があった。
えーっと、多分、これ、桶だよね?
しかも、その桶は一つじゃない。桶の先に桶があってお湯が循環するようになっている? 手前側にある沢山のお湯が詰まっている場所だけ、そのお湯の周りに石が敷き詰められている。
よく分からない施設だ。
「カノンさん、見ても分かりません。これは何でしょう?」
カノンさんが再び笑う。
「この湧き出したお湯は、元々、そこにある湖の水のようなのだ。湖の水が地下を通り、その時に地下の熱で温められ、お湯として湧き出しているようなのだ」
へ、へぇー。
意味は分かるがよく分からない。
「なので、正確には私の期待していた温泉とは違うのだ」
温泉?
お湯が湧き出ることだろうか?
「それで、これは何をする場所なのでしょうか?」
「浸かるのだ!」
カノンさんが笑い、お湯を指差す。
「浸かるんですか?」
「そうなのだ。浸かることで体の汚れが取れ、疲れも取れるのだ。温泉ほどの効能はないが、これは素晴らしいものなのだ」
「えーっと、体を洗う場所ということですか?」
なるほど。これなら西の森に入らなくてもスコルの体が洗える。
確かに便利な場所かもしれない。
しかし、カノンさんは指を横に振る。
「違うのだ。浸かり、体から疲れを取る場所なのだ」
どうやら違ったようだ。
「分かりました。では、試してみます」
石の並ぶ桶の方へと近づく。
すると、その途中でカノンさんの待ったがかかった。
「待つのだ! 入る時は着ているものを脱ぐのだ。そして、体を洗い流してから浸かるのだ。もちろん、ある程度の汚れはろ過されるように作ったが、それでも綺麗に使うのだ」
なるほど。並んでいた桶は、このお湯を綺麗にするための装置らしい。何というか、メロウの人たちの技術力は凄い。
凄い、のだけれど、何か方向が間違っているような……。
服を脱ぎ、体を洗い流し、お湯に浸かる。
……。
ふわふわと体が浮くような感覚。確かに気分が落ち着き、疲れが取れていくようだ。
確かにこれは良いものだ。
「疲れが取れますね」
「うん。そうなのだ」
「それでカノンさんは浸からないんですか?」
するとカノンさんは少し困ったような顔をし、空を見る。
「えーっと、カノンさん……?」
「さすがに、男女が一緒に入るのは問題があるのだ。使用は男女別で時間を分ける予定なのだ」
……。
ん?
「えーっと、カノンさん? それって……」
「そういう訳なのだ」
カノンさんはそれだけ言うと、蜘蛛足を動かし、逃げるように去って行った。
……。
うーん。
今度、スコルと一緒に入ろう。
その後、その湯場は、何故かスコルの名前をとって、スコルの湯と名付けられた。スコルも喜んでいることだろう。
スコルの湯はリュウシュの皆さんにも評判が良く、皆が活用している。
そして、そのスコルの湯の愛好者の中には金色のレームの姿もあった。
「ソラ王、これは凄い。これは是非、広めるべきものだ」
ヒトシュの地には無い物らしい。
「そうですね」
もちろん、自分も愛用者の一人だ。
同じヒトシュ同士として仲良くスコルの湯に浸かっている。
「ソラ王、剣もそうだが、食べ物、そう食べ物だ。それらを融通して貰うことは出来ないだろうか?」
金色のレームのお願い。
譲るのは容易い。
だが、この拠点もやっと軌道に乗り始めたところだ。余所に、しかもヒトシュの地に分けてあげるほどの余裕は無い。
「それは難しいと思います」
金色のレームには迷宮に入る許可を手に入れて貰う約束がある。だが、その約束だけで融通してあげるのは難しい。
「もちろん、タダとは言わない。交易をしたいのだ」
「交易ですか? それは欲しいものと欲しいものの価値を比べて交換するということですよね」
「そうだ。お金を……」
金色のレームの言葉に待ったをかける。
「ヒトシュの地でしか使えないお金には価値がありません。さすがに、それは駄目です」
「た、確かに、それは当然だ。となると……武器は、いや、その武器が欲しいのに、むむむ」
金色のレームはお湯に浸かり、腕を組んで唸っている。
交換出来るもの、か。ヒトシュの地に行ったから分けるけど、あそこで欲しいものって特になかったんだよね。
マナ結晶だって、迷宮に行かなくても、ここで魔獣を狩っていれば手に入る。肉も、食料も、武器も、だ。
これは交渉決裂だ。
「例えば、食べ物は……いや、それも食べ物が欲しいのに、こちらからは、むむむ。味付け用の黒粉なら大量にあるが、あのようなありふれたものでは……」
金色のレームは、唸り続けている。
って、ん?
「今、味付け用と言いましたか?」
「ん? ソラ王、どうしたのだ?」
金色のレームがこちらを見る。
「味付け用の黒粉というものを教えてください」
「あ、ああ。こちらでよく採れる植物を、それを砕いた黒い粉のことだ。こちらでは塩の代わりによく使われる物だ。塩が手に入るここでは、あまり価値のないものだと思うのだが……」
金色のレームはこちらの勢いに少し困惑している。
価値がない? とんでもない。
確かに塩はカノンさんたちと交流できるようになって譲って貰えるようになった。でも、限りがある。この拠点の特産ではないからだ。
しかし、その代わりになるものが手に入るなら……!
「その味付け用の黒粉の味を確かめさせてください。場合によっては、それでお願いします」
金色のレームの表情が困惑から喜びに変わる。
「お、おお! それはもちろんだ。ソラ王を人の地に案内しよう。そこで価値については交渉しよう!」
話はまとまった。
にしても、物と物の交換を希望するなんて、もしかすると、この金色のレームはヒトシュの地で名の知れた商人なのかもしれない。




