234 財宝の山
戦いが終わった後、すぐにヨクシュの皆さんがやって来た。その数は三十ほど。魔獣たちと同じだけの数だ。そして、その先頭に立っているのはカンさんだ。
「王よ、さすがです」
カンさんが翼を折り曲げ、頭を下げる。
あまりにもタイミングが良い。何処かでこちらの戦いを見守っていたとしか思えない。もし、こちらが危険な状況に陥っていたら助けに入るつもりだったのだろう。
「ええ、何とかなりました」
「どうです? 娘は役に立ったでしょう?」
カンさんが頭を上げ、その嘴を鋭くする。何処か得意気だ。
娘のセツさんを売り込むために、何かを企んでいたのかもしれない。
「ソラ、何を考えているのだ?」
そこにカノンさんもやって来る。
「いえ、その、間というか……その」
いくらカノンさん相手でも、目の前にヨクシュの皆さんがいる場所で、こちらが彼らを不審に思っていると伝えることは出来ない。
そんな逡巡をしているこちらの様子を見て何かに気付いたのか、カノンさんが手を叩く。
「ソラは考えすぎなのだ」
考えすぎ?
カノンさんがヨクシュの皆さんへと振り返る。
「こいつらは何も考えていないのだ。賢く見せたい願望が強すぎて、それっぽいことを言うだけの、三歩ほど歩けば忘れてしまうような鳥頭なのだ。何か複雑な思いがあったわけでは無いのだ。ただ、娘が心配で見守っていただけの親馬鹿なのだ」
カノンさんは、そのままセツさんの方を見てニヤニヤと笑っている。
セツさんは恥ずかしさに耐えられなくなったのか頭を翼で抱え、しゃがみ込んでしまった。
思わせぶりなだけで、裏なんて無かった?
自分の考えすぎだった?
カンさんはとても困ったような、いたずらがバレた子どものような顔をしている。
……。
なんだ、そういうことだったのか。
ここの人たちは、本当に……。
彼らを疑っていた自分を恥じるばかりだ。自分がヒトシュだから、疑いの目で見てしまったのだろうか? これは反省するべきところだ。
そして、ヨクシュの人たちを誘い、夜に皆で宴を行うことになった。
やって来たヨクシュの皆さんのうち、半数は大蜥蜴の死体を足で掴み、空を飛び、里の方へと運んでいる。
残りの半分は、その宴のために料理の手伝いだ。
カノンさんと休憩を終えた語る黒さんが中心になって料理を行っている。
そう、料理だ。
ただ焼いただけの肉じゃない。料理だ。
確かに以前もキノコの料理はあった。でも、キノコなんだ。今回は違う。
ちゃんと料理だ。
天舞、肉、香草、油、そして、塩。他にも豆類、見飽きたキノコ類、様々なものが合わさって料理となっている。
有り余るほどの大蛇の肉。
宴だ。
皆でも食べきれないほどの量だ。
さらに、だ。
ヨクシュの皆さんが大蜥蜴の肉のお礼ということで特産の飲み物を持ってきてくれた。金色に輝く甘い飲み物。
素晴らしい。
甘くて、疲れが飛ぶほどの美味しさだ。
これだけでもヨクシュの皆さんと仲良くなれて良かったと思う。
そして、宴の中、金色のレームと会話する。
「ソラ王、ここは良い場所だな。美味しい食べ物、素晴らしい剣、そして屈強な戦士たち……」
金色のレームはカノンさんやセツさんではなく、一緒に戦った戦士の二人を見ている。もしかすると一緒に戦ったことで仲間意識が芽生えたのかもしれない。
「そうですね。僕もそう思います」
そして金色のレームは腰に差した剣の柄を撫でる。まだ炎の手さんの許可は貰っていないはずだが、随分と気に入ったようだ。
「その剣……」
「あ、ああ。借り物だというのは分かっているのだが、どうしても、な」
金色のレームは陽気に笑っている。
「そういえば、剣で良かったんですか?」
ここには槍もある。そして今となっては殆どの人が扱っていないが弓もある。優れた武器と言うことであれば、カノンさんが持っている折れそうなほど細身の反り返った剣も、セツさんが持っている、セツさんの怪力に耐える棍も、どちらもが優れた武器だろう。
その中で何故、剣なのだろう。
「これが一番馴染むのだよ。あの、あー、大柄な彼女が使っているような細身の剣は自分では扱える気が、な。折ってしまいそうだ」
確かに、それは分かる。
あれはカノンさんだからこそ、扱える武器だろう。そして、セツさんの棍も、セツさんのような怪力が無ければ扱えない武器だ。
やはり、自分には槍と剣が合っているのかもしれない。
……。
っと、金色のレームと話したかったのはそんなことじゃない。
「レームさん聞きたいことがあるのですが、良いでしょうか?」
金色のレームがこちらを見て頷く。
「ソラ王に世話になっている身で申し訳ないが、どうしても話せない事もある。ただ、それ以外のことであれば、何でも答えよう」
そう聞きたいこと。
それは昼の時にも少しだけ話したこと。
「迷宮について聞きたいです。知っていることがあれば教えて貰えないでしょうか?」
迷宮のことだ。
「なるほど。迷宮か。ソラ王は迷宮の何を聞きたいのだろうか?」
「知っていることを全て」
その言葉を聞いた金色のレームが笑う。
「難しいですか?」
「いやいや、それでソラ王に恩を返せるなら容易いこと」
金色のレームは笑っている。
「迷宮とは神の眠る地と言われている。そして、自分たち人にとっては宝の山だ」
神の眠る地――確か、無の神官の青年も同じようなことを言っていたはずだ。
でも、宝の山というのはどういうことだろうか?
「迷宮では、神の力の宿った魔法の品が、武具が、そしてマナの結晶が手に入る。魔獣を倒せば、外の世界とは比べものにならない大粒のマナの結晶が手に入るのだよ。それを神像に捧げれば、超常の力を手にできる。多くのマナを捧げ、力を得れば、それこそ王に、いや、神にも近づけるだろう」
だから、宝の山?
「えーっと、その財宝が欲しいから迷宮に潜るんですか?」
金色のレームは頷く。
「人は分かり易い力に憧れ、それを求めるのだ」
分かり易い力、か。
確かに、人を疑うことしか出来ないヒトシュには分かり易い、目に見える力が合った方が意思の疎通が出来そうだ。
「レームさんもそうなんですか?」
金色のレームは、何処か寂しそうに笑う。
「ああ、自分もそうだ。どんな目的があっても結局は力を求めていることに変わりない。だから、迷宮を攻略するための力を欲しているのだ」
金色のレームの言葉。
間違いない。
彼自身が迷宮に潜っている。潜ったことがある。
だから、聞く。
「僕が迷宮に潜ることは出来ますか?」
……。
「それは……」
金色のレームは何かを決めかねるように迷っている。
やはり、あそこにあった大きな宮殿に住むような人に頼まないと難しいのだろうか。うーん、乗り込むべきか。
そして、金色のレームが改めてこちらを見る。
「分かった。ソラ王、自分の力が及ぶ範囲になるが、力になることを約束しよう」
……。
意外だ。
ヒトシュの地ではなく、この拠点で迷宮への道が開けそうだ。




