229 金色の理由
はぁ、と小さくため息を一つこぼす。
そして、金色の青年の方へと振り返る。
「話を聞きますよ」
「君は……」
金色の青年が驚いた顔でこちらを見ている。
「ここで一番偉い人ということであれば、僕のことになるようです」
こちらに駆け寄っていた金色の青年が自分と隣に立っている炎の手さんを見比べる。そして、よろよろと後退る。
さて、どうしたものか。この後、どんな反応が返ってくるか分からないが、どんな反応が返ってきたとしても、例え、それが否定だろうと、それはヒトシュだから仕方ない。どれだけ真実を伝えようと疑うことしか知らないヒトシュだから仕方ない。
「君が……」
よろよろと後退っていた金色の青年は頭を振り、こちらへと向き直る。
「君がここの王か……」
「そういうことになっています」
さあ、どういう反応が返ってくるか。
金色の青年が真剣な表情でこちらを見る。瞳には強い意志が宿っている。
そして、金色の青年が頭を下げた。
「先ほどの失礼な態度を許していただけないだろうか」
予想外の反応だった。
「疑わないのですか?」
金色の青年が首を傾げる。
「何故? いや、これも失礼な態度か。王の姿に惑い、ついつい失礼な物言いになってしまう。こういった性格故、申し訳ない」
少し上からの、偉そうな態度は性格のようだ。別にこちらを侮ってのものではないらしい。
「好きな言葉遣いで大丈夫ですよ」
「おお、それは助かる。すまない。こういったことに、あまり……慣れていなく上手く出来ないのだ」
少し偉そうだが、悪い人ではなさそうだ。
「それで話というのは?」
「それには、まずここに来た目的を聞いて貰いたい。そして、出来ればお願いも聞いて欲しい」
目的に、お願い、か。
そこで炎の手さんの方へと向き直る。
「後は自分だけで何とかなりそうです。炎の手さんは休んでください」
鍛冶職人なのに、鍛冶仕事以外の大きな問題を抱え、困っていたであろう炎の手さんには、ここで席を外して貰うことにする。
「分かったのです。後は王に任せるのです」
疲れ切った顔だった炎の手さんが頭を下げ、部屋を出て行く。ゆっくりと休んでください。
そして、出来るだけ早く槍と剣をお願いします。
金色の青年へと向き直る。
「話を聞きます」
相手がゆっくりと頷く。
「まずは、ここに来た目的だ。そこは王に謝罪をしたい。自分たちは、王の治めるこの禁域の地を武力で持って支配しようとやって来たのだ」
金色の青年が頭を下げる。
支配?
「えーっと、それは……」
そこで金色の青年が頭を上げ、豪快に笑う。
「ああ、その結果がこのザマだ。自分一人が生き延び、こうして王の慈悲に縋っている状況だ」
一緒に来た人たちは死んだのか。
「それは、お悔やみを申し上げます」
「いや、王が謝ることでは無い。生きる、死ぬは戦いの常。死を悲しんでいては勇敢に戦った者達への侮辱となる。王の治める地に侵攻した、こちらが謝らなければならないことだ」
金色の青年がもう一度頭を下げる。
「そうですか。それでお願いというのは?」
「それだ」
金色の青年が手を叩く。
「自分たちがこの地の支配のために来たという話は先ほどした。そして、それとは別にもう一つ目的があったのだ」
「もう一つの目的ですか?」
「うむ。とあるものを探している」
探し物?
何処かで聞いたことがあるような……。
「それは何でしょう?」
「かつて聖者が残したと言われるものだ。伝承では首飾りのような形だと残っている」
首飾り。
あー、うん。
これは話してしまっても良いのだろうか。
「何故、それを探しているのですか?」
「あー、うむ」
金色の青年が、少しだけ口ごもる。何か言いづらい、隠しておきたいことなのかもしれない。
それでも言わないのは不味いと思ったのか言葉を続ける。
「……国にある迷宮の、その聖者の封印を解くのに必要だから、だ」
迷宮の封印?
もしかすると青髪の少女に渡したのは不味かったのだろうか?
いや、違う。
約束を守ることは大切だ。
あの選択は間違いでは無い。
「それには心当たりがあります」
「なんと! そ、それを教えて貰えないだろうか」
金色の青年がこちらへと詰め寄る。相変わらず勢いが凄い。
「まず、最初に断っておきます。それは、もう、ここにはありません。あなたよりも先に、この地へとやって来た少女に渡しました」
金色の青年が肩を落とし、目に見えるくらいがっかりしている。
「その、少女のことを聞いても良いだろうか?」
「ええ。青い髪の少女です。名前は、確かラーラ・ノイン・アーケイディアと名乗っていたと思います」
「そうか、アーケイディア公のご息女か」
金色の青年は、何かに納得がいったのか先ほどよりは元気な様子で頷いている。
「知っているんですか?」
「ああ。えー、そうだな、王は人の地のことをどれだけ知っているだろうか? 人の地にはいくつも国があるのだが、そのうちの一つの国の王の娘だ」
「なるほど」
「確か、その娘には腹違いの姉が居たはずだ。聖者の首飾りを探しに来たのは、その姉の地位の回復のためだろう。それを材料としてアーケイディア公に迫るつもりなのだろう」
金色の青年が何処か嬉しそうだ。
「嬉しそうですね」
「ああ。かの公女は姉のために、そして夢のために戦い、それを勝ち取ったのだ。こんなにも嬉しい話は無い。そして、公王の下に聖者の首飾りが渡ったと言うことは、交渉すれば手に入れることも可能。もちろん、莫大な金を要求されるだろうが、些細なことだ」
……夢のためにか。
真っ赤な猫耳のローラは妹のために聖者の遺産を探した。
妹は姉のために聖者の遺産を探し、そのために姉を失った。
「色々なことを知っていますね」
「ああ。自分は物知りなのだよ」
金色の青年が片目を閉じ、笑う。
「それで、お願いとはそれだけですか?」
「あー、いや、その言いづらいのだが、しばらくここで厄介になっても良いだろうか? それと国に、人の地に帰る時に王の配下から護衛を貸して貰えると助かる」
配下に護衛か。
配下と言えるような人はいないけれど、何とでもなるだろう。
「分かりました。大丈夫です。好きにしてください」
「助かる!」
金色の青年がかがみ込み、感極まったようにこちらの手を取り、何度も振り回す。
「え、ええ。それと遅くなりましたが、自分はソラと言います。王ではなく、ソラで良いですよ」
「おお! 自分はレームと言う。ソラ王、よろしく頼む」
レームさんか。
「それにしても、自分が王だと言うことを、こんなにもあっさりと信じて貰えるとは思いませんでした」
そこで金色のレームは少し笑った。
「いや、うむ。事前に、だ。この地から戻った探求者が、この地を守る子どもの姿をした守護者に襲われたという話を聞いていたのだ。それで、もしや、と」
あー、そういえば、そんなこともあったか。
「あ、もちろん、ソラ王が理由も無く襲ったとは思っていないぞ。その探求者たちが何か王の地で不敬なことをしたが故のことだと思っている」
金色のレームは笑っている。
どうにも豪快で陽気な性格のようだ。
この金色のレームは珍しく気の良いヒトシュのようだ。




