225 二つの問題
前回までのあらすじ
スコルに顔をこすりつけられたソラは、その匂いを嗅ぎ、必ず体を洗わねばならぬと誓うのだった。
「(´・ω・`)ガルルゥ」
二つの大きな問題、何があったのだろうか。
「えーっと、どういった問題がありましたか?」
「大きな問題なのです。それは……」
炎の手さんが次の言葉を続けようとし、その途中で口を閉じ、上を見る。
上?
つられて自分も上を見る。
空から何かが降ってくる。
「王の帰還をお待ちしていました」
それは人だった。
いや、その姿を人と言っても良いのだろうか。腕は綺麗な緑色の翼になっている。そして、その翼の先端には羽毛に覆われているが人に近い手がついていた。
大きな鳥のような人が、その翼の腕を曲げ、鳥の形の頭を下げる。
「えーっと、あなたは?」
「これは、申し遅れました」
鳥人が頭を上げる。その頭は鳥そのもの。口には嘴が、そして顔は緑色の羽毛に覆われ大鷲のように鋭い表情をしていた。その鳥の形になった頭の何処から声を出しているのだろう。
「私どもは、ここから西にある森の、その木の上に住んでいる空舞う民、ヨクシュです」
とても流暢に喋る。
にしても西の森?
あそこには何も――いや、何もではなくカノンさんたちメロウは住んでいたけれど、他には人の姿なんて見えなかったはずだ。
木の上に住んでいたから出会わなかった? そういえば、確かに木の上には何かの気配があった。あれが、この人たち――ヨクシュだったのだろうか。
「それでヨクシュさんが僕に何の用でしょうか?」
「王よ、ヨクシュは種族名です。私の名前はカンです」
「あー、そうなんですね。すいません。それで……」
鳥人が翼のような腕を口の下に回し、小さく頭を下げる。
「王よ、構わないです。私たちにへりくだる必要はないです。私たちは、王の配下となるためにやって来たからです」
私たち? それに配下って……。
「配下とはどういうことですか?」
「王は、この地に城を作り、国を作るご様子です。私たちもその同胞になりたいと思った次第です」
それは……。
思わず炎の手さんの方を見る。炎の手さんは、こちらを見て疲れたような表情を見せた。どうやら、大きな問題の一つがこの件のようだ。
「つまり、仲間になりたいと?」
「そうです」
ヨクシュのカンさんは翼のような手をこちらに向ける。頭が鳥の形なので、まだ表情が読めない。何を考えているのか、その真意が分からない。
「私たちヨクシュの空を自由に飛ぶ力はきっと王の力になるはずです」
確かに空を飛べるというのは大きな利点だろう。
でも、何故、配下になろうと思ったのだろう。
ヨクシュのカンさんの言葉は続く。
「私たち、ヨクシュの同胞三百、全て王に従い、その力となるでしょう」
なかなかに勢いのある人だ。こちらが良いとも駄目とも言っていないのに、どんどん話が進んでいく。
これは……確かに炎の手さんが頭を悩ませるはずだ。
「いや、あの……」
「私たちは普段は、これからも西の森の木の上に。ですが、その連絡役として私の娘を、セツを、この城に住まわせます」
勢いがありすぎてこちらの話が出来ない。
「セツ、何処です。王に挨拶をしなさい」
その言葉に応えるかのように空から青い翼を持ったヨクシュの女性が降りてきた。手には長い棒のようなものを持っている。
「おやじ、一気に話しすぎ。王様が困っているぞ」
鷲の顔を持つヨクシュの女性が翼を頭に当て、ため息を吐いている。
「何を言う。王はちゃんと私の話を聞いてくれているはずです。お前こそ、王の前で、そのような……」
「王様、おやじはこんなだが、うちらヨクシュが王様の下につきたいってのは本当だぜ」
「こら、セツ。王に対して、そのような言葉遣いで……」
セツと呼ばれたヨクシュの女性は翼のような腕を鳥の頭の後ろに回し口笛でも吹きそうな様子だ。
「王よ。娘はこのような性格ですが、その棍の腕は確かです。きっと力になるはずです」
ヨクシュのカンさんが頭を下げている。
「というわけさ。王様、うちをよろしく頼むぜ」
セツさんが頭の後ろに回していた腕をこちらへと指差すように伸ばし、笑う。
えーっと、どうしたら良いのだろうか。確かにこれは問題だ。
「何やら騒がしいと思ったら鳥頭たちなのだ」
そこに新しい乱入者が現れる。
それは蜘蛛の体に人の上半身を持った種族――メロウのカノンさんだった。
「うお、なんでカノンがこんなところにいやがる。まさかお前たちメロウも王様の配下になろうとして来たのか」
「何故、ここにいるか? それはこちらの言葉なのだ。私はここに遊びに来ているのだ」
カノンさんとセツさんは知り合いのようだ。
「遊びに? 信じられるか! それに王様相手に、お前は……」
「私とソラは友人なのだ。構わないのだ」
カノンさんが腕を組み、得意気な様子でセツさんを見下ろしている。
「何だと! そ、それならうちも王様と友人になる」
セツさんが凄い勢いでこちらへと迫る。
「王様、うちとも友人になろうぜ。いいじゃん、減らないぜ」
勢いが凄い。
「こ、こら、セツ! 止めなさい。王の前で無礼です」
親であるカンさんが止めようとしているが、聞いていない。
「なるほどなのだ。ソラ、この鳥頭たちは、ソラが、あの森の木を切り倒したことで怖くなって、怯えて、その下につこうとやって来たのだ」
あー、そういえば、二度ほど木を切り倒した。
なるほど、それでなのか。
「お、おい、カノン、何を言って……」
セツさんは慌てたようにカノンさんの方へと向き直る。本当に慌ただしい。
「図星なのだ」
カノンさんは笑っている。
「ちがーう。その力を見て、うちらヨクシュは仰ぐべき人だと思ったんだよ!」
セツさんが口を尖らせて、いや元から尖っている嘴をさらに尖らせ、拗ねたようにそっぽを向く。
「えーっと、カノンさんもセツさんもお知り合いで、仲が良いんですね」
それを聞いた二人が顔を見合わせる。
「ソラ、仲は良くないのだ」
「王様、そうだぜ。こいつは敵だ」
セツさんが手に持った長い棒を構える。それを見たカノンさんが腰の剣の柄に手を置く。
「うん。私の糸に絡みつかれて泣き言を言っていたのは誰だったのか思い出して欲しいのだ」
「そういうカノンは、うちに攻撃を当てることが出来なくて、その大きな足で地面が凹むほど地団駄して悔しがっていたと思ったんだぜ」
「なら、次に斬れば終わりなのだ」
「当たるかよ。うちらヨクシュがメロウに負けると思っているなら、ちゃんちゃらおかしいぜ」
「打ち合いなら私の百戦百勝だったと思うのだ」
「よく言うぜ。うちの棍で足を叩き折られたの忘れたのかよ」
なんだか、戦いが始まりそうな、危険な様子だ。
「えーっと、カノンさんはこちらにどのような用件で?」
「遊びに来たのだ」
カノンさんが剣の柄の上に置いた手を離し、こちらを向く。
遊びに来たのか。確かに約束していた。でも、思ったよりも早かった。こんなにすぐに来るなんて……予想外だ。
炎の手さんが言っていた大きな問題の二つ目って、もしかしなくてもカノンさんのことだよね。
「それで、なのだ。ここで天然のお湯が湧いているの見つけたのだ。あれをメロウの里のものに加工させたいのだ」
「えーっと、お湯ですか?」
炎の手さんの方を見る。炎の手さんが頷きを返す。
「加工ですか?」
「うん。あれは良いものなのだ。是非、任せて欲しいのだ」
どうしたものか。
自分はどちらでも構わない。
「あのー、王様。うちらが配下になるって件、どうかなー」
セツさんは翼のような腕をこすり合わせ、こちらを見ている。
えーっと、えーっと。
とりあえず、どうしよう。




