224 懐かしの森
男たちの存在を無視して道を進み、獣道へと入る。
獣道を進む。この先が森だ。
人の地とは離れた封じられていた場所。
僕の帰る場所。
ある程度、獣道を進むと境界に辿り着いた。
土の色が違う。
そのまま境界を越える。
戻ってきた。
やっと帰ってきた。
本当に、長く、長く、嫌になるような時間を人の地で過ごした気がする。ここからは、慣れ親しんだ森だ。
と言っても、この辺りは一度しか来たことが無い場所なので、よく知っているわけじゃ無いのだけれど。
さあ、どうしたものか。
歩いて帰るには拠点までの道程は長すぎる。遠すぎる。食料も水も心許ない。食料に関しては、出会った魔獣を狩れば、それが食べられる魔獣だったら何とかなる。
でも、水だけはどうしようもない。
水は重く、どうしても旅の負担になってしまう。でも、水が無ければ人は生きていくことが出来ない。旅をする上で水を準備するのは必須だ。
何か水を無限に生み出すような仕組みが、力があれば、と夢を見てしまう。
……。
いや、そんな夢のような力があれば、それだけで世界を征することが出来るだろう――しているだろう。だから、それは夢だ。
森をある程度歩いたところで立ち止まる。
……。
「スコルーっ! 帰ってきたよ!」
叫ぶ。
スコルを呼ぶ。
もしかしたら、声が、思いがスコルに届くかもしれない。
そう思って、叫ぶ。呼びかける。
『うむ。無駄なのじゃ』
頭の中に声が響く。
見ればいつの間にか銀のイフリーダがいつもの姿で横に立っていた。
『お帰り。姿が見えなかったけど何処か遠くに行っていたの?』
銀のイフリーダが腕を組み、ニヤリと笑う。
『うむ。あそこで目立たないように隠れていたのじゃ』
銀のイフリーダの事情は分からない。でも、銀のイフリーダには目的があって、何か思惑があって、行動しているのだろう。
教えて貰えないから分からない。
もしかすると、ただ、自分を利用しているだけなのかもしれない。
でも、それでも構わない。
銀のイフリーダが自分の力になってくれたこと、助けてくれたことは間違いないのだから。
あのヒトシュの地で出会った口だけの者達とは違う。
いつだって、何度だって、そう思うだろう。
『それで、どう無駄なの?』
『うむ。いくら叫んだところで、いくら、あれが耳が良かろうが、遠く離れていれば届くはずが無いのじゃ』
確かにその通りだ。分かっていたことだ。でも、もしかしたら、という思いが……。
『ちなみに、スコルに声を届ける方法とかある?』
銀のイフリーダがこちらをからかうように笑う。
『ソラが我を便利に使おうとするのじゃ』
『ああ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけれど……ただ、何か方法が無いかなって思っただけだよ。やっぱり無理なんだね』
それを聞いた銀のイフリーダの表情が変わる。からかうような笑みからこちらを挑発するような不敵な笑みに。
『ふむ。普通なら無理だと切り捨てるところなのじゃ。じゃが! 我が何とかしてみせるのじゃ』
銀のイフリーダは腕を組み、笑っている。
『えーっと……』
銀のイフリーダが腕をほどき、こちらに指を突きつける。
『うむ。先も言ったように普通では無理なのじゃ。じゃが、あれとソラの間にはマナの繋がりが出来ているのじゃ。それをたどり、あれのマナに呼びかけるのじゃ』
マナに呼びかける?
マナを感知することは出来るようになった。
でも、それは目で見える範囲くらいまでだ。何処に居るかも分からないスコルのマナを感知することなんて出来るのだろうか?
……。
いや、違う。
マナを見ることを、感知することを、目で見ることと同じで考えているから駄目なんだ。
出来る、出来ないじゃない。やるんだ。
銀のイフリーダは出来ることしか言わない。なら、それを信じて行うだけだ。
いつだってそうだ。
だから、出来ると信じて行う。
目を閉じる。
周囲のマナを感知する。植物、木、木の上、大地の中、魔獣……様々なマナが蠢いている。
手を伸ばすように、感知している範囲を広げていく。広げれば広げるほど、見えているマナが薄く、揺らいでいく。
見えなくなっていく。
それでも範囲を広げる。
遠くへ、遠くへと。
薄くなった世界の中、一つだけ強い輝きが――揺らめきが見えてくる。
何処か馴染みのある、見知った輝き。
自分の中にあるものと同じ色を感じる。これが繋がりが出来ているってこと?
スコルが僕を信じ、僕がスコルを信じる。ともに戦ったからこその、認め合ったからこその繋がり。
見えた。
そのマナの輝きに手を伸ばし、触れる。
スコル、迎えに来て。
呼びかける。
マナが揺らぎ、動く。
と、そこで目を開ける。
『出来た。出来たよ』
『ふ、ふむ。出来るとは……ソラの成長には驚かされるのじゃ』
銀のイフリーダが珍しく驚いた顔でこちらを見ている。
その顔が見られただけでも頑張った甲斐があったかもしれない。
そして、その場で待つ。
火を起こし、食事を行い、木を背にして目を閉じる。
後はスコルがやって来るのを待つだけだ。
……。
目を閉じ、軽く眠る。
……。
……。
朝の気配の中、見知った光を感じ、目が覚める。
ゆっくりと目を開けると、そこには見知った気配が揺れていた。
「ただいま、スコル」
「ガルルゥ」
スコルが小さく吼え、大きな頭をこちらへとこすりつける。
「うん、帰ってきたよ。悪いけど拠点まで、その背に乗らせて貰うね」
スコルの背にある鞍に跨がる。
さあ、帰ろう。
スコルが駆け出す。
一瞬にして世界が流れていく。早い。
森を抜け、石の城を抜け、廃墟を抜け、スコルが駆ける。
だが、それだけ速いスコルでも一瞬で拠点に帰ることは出来ない。それだけの距離がある。
スコルは夜の間も駆け続ける。その背の上で眠る。
軽く眠り、目が覚めた頃には、今ではもう見慣れてしまった巨大な防壁が見えていた。
「スコル、ありがとう」
スコルの首筋を撫でてあげる。
「ガルルル」
スコルはこれくらいたいしたことじゃ無いと小さく吼えている。
扉の無い門を抜け、防壁の中に入る。
畑仕事を行っているリュウシュの皆さんの姿は見えない。まだ眠っているのかもしれない。
だが、城の前に立っている人が居た。
炎の手さんだ。
スコルがゆっくりと速度を落とし、足を止める。そのまま、そのスコルの背から飛び降りる。
「炎の手さん、ただいま戻りました。どうしました?」
「戦士の王を待っていたのです。スコル殿が慌てて飛び出したので帰ってきたと思い、待っていたのです」
僕を待っていた?
「何かあったんですか?」
「あったのです。二つほど、戦士の王にしか解決できない大きな問題があるのです」
ここを離れている間に何かあったようだ。
2018年10月14日修正
それだけ早いスコルでも → それだけ速いスコルでも




