218 学院にて学ぶ
まずは神法だ。
だけど、自分がまともに使える神法なんて神法キュアくらいしかない。
仕方ない。
あまりやりたくなかったけれど、神法を使ってみせるにはこれしかない。
腰に差していた石の短剣を引き抜く。さすたに黒の短剣を使うと洒落にならないので今回は石の短剣だ。
「その変わった短剣を使ってどうするのかね」
「こうします」
石の短剣の刃を左腕に当てる。そして、そのまま引く。皮膚が裂け、うっすらと血がにじむ。
当たり前だが、痛い。
「な、何をしているのかね」
髭の男が驚き、こちらを見ている。
ここからだ。
石の短剣を鞘にしまい、右手を傷口にかざす。
――神法キュア。
癒やしの光が再生の力を強め、みるみるうちに傷を塞いでいく。再生の力によって傷は癒え、すでに瘡蓋へと変わり始めている。
うん、しっかりと神法は発動した。
「どうでしょうか?」
「お前は何を言っているんだ?」
「神法キュア、癒やしの力を使って傷を癒しました」
髭の男の顔が何処か、こちらを馬鹿にしたような――蔑んだ表情に変わる。
「お前は魔法を使って傷を癒したと言っているのだな」
えーっと。
魔法ではなく、神法なのだが。いや、魔法と神法って違うものなのだろうか。よく分からない。
「なるほど。魔法を知らぬ、あの連中なら騙されるのも仕方ない……か。呪文を唱えぬ魔法などあるものか。そのような手品しか出来ぬのであれば、この学院に入る資格は与えられんわ!」
髭の男が怒鳴っている。
なんだか不味い方向に勘違いされてしまったようだ。
そういえば自分が出会った人たちは、皆、呪文を唱えていた。呪文を唱えないと力として認めて貰えないのだろうか。
……それは困った。
呪文なんて一つも知らない。
どうしよう。
後は神技くらいか。
何か見た目で分かり易い神技を使えば分かって貰えるかもしれない。
となると……。
右手を背中の剣へと伸ばす。
あのひげ面の大男が使っていた技のように――全力で。
剣を引き抜き、そのまま地面へと叩きつける。
――神技スマッシュ!
強力な一撃によって地面が砕け、砂利を巻き上げる。
大蛇を真っ二つにし、竜すら下した強力な一撃。
剣を振り払い、鞘へと戻す。
「えーっと、どうでしょうか?」
これなら、どうだ?
髭の男が表情を変える。先ほどまでの蔑んだ表情から面白いものを見つけたような表情へ。
「その小さな見かけによらず、なかなかの剛力。まるで戦技を使ったかのようであった。どれだけ奉納して内に秘める力を得たのやら……奉納したのは炎かね、それとも岩かね。力と言えば、まず、その二つだ。どうだ、あってるかね?」
えーっと。
返答に困ってしまう。
「まあ、良い。得られた力を詮索されたくない気持ちも分かる。情報が広まれば出し抜かれると思っているのだろう? だが、そういった情報はすぐに知られてしまうものだと思った方が良い」
なんだかよく分からない忠告を受けている。
ますます返答に困る。
「その幼き容姿を考えれば、まだまだ伸びしろはある。良かろう、お前を学院の塔に迎え入れよう」
なんだかよく分からないが合格になったようだ。
「えーっと、これで迷宮に入る資格や市民証が手に入るんですよね?」
髭の男の表情が変わる。こちらを馬鹿にしているような、そうとしか見えない表情だ。
「お前は考え足らずなのか」
「では、それは手に入らないのでしょうか?」
髭の男がため息を吐く。
「その姿、そうか、流民か。先に気付いておくべきであったか。ふむ、流民ならば、それを欲するのも当然か。うむ、ならば、約束しよう。確かに迷宮探索の許可も市民証も手に入るだろう」
そうなんだ、良かった。
それを手に入れるために頑張ったのに、無駄だったらどうしようかと思った。
「ただし、まずは千日の座学だ。流民のお前には市民としての常識を教えねばならん。さらに、あのような偽りの力に頼らぬように正確な呪文と力の行使も教える必要がある」
「えーっと……」
「千日の座学の後、千日の実技講習だ。その後の卒業試験を合格すれば、許可証も市民証もお前のモノだ。どうだ、希望が見えたであろう?」
……。
絶望しかない。
迷宮に入るための資格も、市民証も、手に入れるまでに二千日もかかるってこと?
あり得ない。
それだけの間、拠点を離れるなんて出来るわけがない。やっと軌道に乗ってきたところなのに!
それに、そんな日数を滞在するつもりじゃなかったから、何も準備が出来ていない。
無理だ。
無理だっ!
……仕方ない。
帰ろう。
一度、拠点に帰ろう。
それから別の方法を考えよう。
「えーっと、では、お断りします」
「ん?」
髭の男が何を言っているんだという表情でこちらを見る。
「すいません、二千日も無理です。諦めます」
「お前は何を言っている。この学院で学ぶ資格を得たと言うことの意味が分かっていないのか?」
「はい、分かっていませんでした。なので帰ります」
帰ろう。
裏庭から塔の方へと歩く。塔の中を抜けないといけないって凄く不便だ。
「おい、待て。お前は何を考えている」
はぁ、この都市に来て、何か良いことがあっただろうか。
全てが徒労だった。
無駄足だった。
いや、神官の青年と出会ったのは良かったか。
それだけは収穫だったかもしれない。
最後に――拠点に帰る前に挨拶だけはしておこう。
それにしても、はぁ……。




