217 学院の塔
ひげ面の大男が顔を引きつらせている。
「えーっと、どうでしょう?」
もう一度、聞いてみる。
「お、おい! 急いで持ってこい!」
ひげ面の大男は、すぐに後ろへと振り返り、叫ぶ。
「おやっさん、それは……」
大きな口を開けてこちらを見ていた男たちが慌てて動く。
そして、カウンターの後ろから小さな四角い金属片を持ってくる。市民証によく似ている。
「これを持って行け」
ひげ面が男たちからその金属片を奪うように取り上げ、こちらへと投げる。
「これは?」
四角い金属片を受け取る。
「それを学院に持って行けば話を聞いて貰えるだろうよ」
ひげ面の大男が吐き捨てるように言う。市民証ではなかったようだ。でも、これで何とかなりそうだ。
「えーっと、その場所は何処にあるのでしょうか?」
「しらねぇよ。それを渡すんだから、もうここから消えろ」
えーっと、場所を教えて貰わないと、これだけを貰っても……。
「ああ、本当に薄気味悪い小僧だぜ! 学院なら王宮の隣だ。それを持って早く消えろ」
悪態をつきながらもひげ面の大男は場所を教えてくれる。意外と親切だ。
「ありがとうございます。行ってきます」
その学院と呼ばれる場所が組合員を養成する学所と同じものなのかどうか分からない。だが、そこに向かえばすぐに分かることだろう。
「もう二度と来るな!」
ひげ面の大男を筆頭に男たちは、様々な、こちらが理解出来ない難しい言葉で悪態をついていた。
「あー、はい。では、また後で」
「だから、来るんじゃねえよ! 学院に引き籠もってろ!」
来た道を戻り、大きな建物を目指す。
大きな建物の正面側に回ると入り口らしき門があった。門は開かれている。そして、そこには金属の胴鎧を身につけた門番が立っていた。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」
金属鎧の門番がこちらを睨む。
「ここは領王の宮殿だ」
「あ、はい。知ってます」
無視はされないようだ。少し鬱陶しそうにしているが、ちゃんと対応してくれる。
「ここに何の用だ?」
「学院という場所に用があって来ました。これを……」
門番に先ほど受け取った金属片を見せる。すると門番の表情が変わった。何処か楽しそうな様子でこちらを見ている。
「ほう。あのならず者たちが、な。学院なら、この扉を抜けて右手側だ。高く伸びた塔が目印だ。間違っても正面にある王宮側には行くなよ」
門番さんが横に避ける。
「えーっと、ちなみに王宮側に行くとどうなりますか?」
「何だ、お前はものを習いに行くのではなく、王宮に盗みを働くつもりだったのか?」
門番がこちらを睨む。
「いえ、ちょっとした興味で聞いてみただけです」
「そうか。王族の中には流民が都市に入り込んでいることを快く思っていない方もおられる。お前のような、いかにも流民ですというような格好をした者は、その場に居るだけで不敬だと殺されてしまうかもしれないぞ」
そんなことで殺されるのか。近寄らないようにしておこう。
「おっと、心配するなよ。学院の塔は流民融和派の第二王子が作られたものだ。かの王子は流民にも道を示す心優しく素晴らしき方だ。それに比べ第三王子は力で弱き者を踏みにじ……おっと、すまんな」
自分でも長くなりそうだと思ったのか門番さんは話の途中で口を閉ざした。
にしても第二王子に、第三王子か。この門番さんは第二王子とやらを崇拝しているようだ。だから、その第二王子の方針に従って自分のような者にも普通に接してくれているのかもしれない。
うーん、第一王子の話が出なかったことが気になる。
まぁ、でも、今の自分には関係が無いか。
門番さんは目で早く門の先に行けと促している。
門番さんに頭を下げ、門をくぐる。向かうのは右手側にある塔だ。
門からでも大きな宮殿の隣に塔が建っているのが見える。あれが目的の場所だろう。
「おい、邪魔だ」
自分以外にも多くの人が行き来している。あまりキョロキョロと周囲を見回さずに向かおう。
塔の下では法衣を着た男女が忙しそうに動き回っている。
「あのー、すいません」
声をかけてみるが無視される。
「あのー、すいません」
通りがかった法衣の女性に話しかけてみる。
「こっちは忙しいの! 話しかけないで!」
法衣の女性はそのまま塔の中へと入っていった。
「あのー」
通りがかかった法衣の男性に話しかけてみる。
法衣の男性はギロリとこちらを一瞥し、そのまま塔の中へと入っていった。
……。
自分も塔の中に入ってみるか。
塔の中に入る。
塔の中にはらせん状に上へと伸びた階段があり、その途中にいくつもの扉の姿が見えた。途中で落ちたら大変なことになりそうな階段だ。
「そこの、学院の塔に何の用かね」
キョロキョロと塔の中を見回していると声がかけられた。
「自分ですか?」
「そうだ、そうだ。何の用だね」
声の方へと振り向くと、そこには髭を伸ばした法衣の男が立っていた。男の髭は筆の先みたいにとんがっている。良い文字が書けそうだ。
「えーっと、これを」
金属片を取り出し、目の前の髭の男に見せる。
「ほう」
髭の男が動く。あっという間に金属片を奪い取られた。なかなか素早い。
「ほう、これは……。あの連中が人を送ってくるとは」
髭の男はそれだけ言うと、くるりと振り返り塔の奥へと歩いて行く。
え?
金属片を盗まれた?
えーっと。
髭の男が歩いている途中で振り返った。
「何をしている。早く着いてきなさい」
あ、ああ。
そういうことか。
慌てて髭の男の後を追う。
「金属片を盗まれたかと思いました」
「ふん、そんなことはせんよ」
髭の男は少し不機嫌そうな様子で前を歩いている。
髭の男の少し後ろを歩く。
「その金属片が偽物だとは思わないんですか?」
市民証もそうだが、簡単に複製が作れそうだ。
「何だ、これは偽物だったのかね」
「いえ、本物です」
「そうだろう、そうだろう。これの複製を作るのは容易いことではない。もし、そんな腕を持っているなら、それだけで領王が鍛冶士として雇い上げるだろうよ」
え?
そうなんだ。
炎の手さんなら簡単に複製を作ってくれそうだけど……。
うーん、何か素人では分からない特殊な加工がされているのだろうか。
塔の中を抜け、外に出る。そこは塔の裏庭だった。
「さて。ここでお前の力を見てやろう」
髭の男がこちらへと振り返る。
また、こんな感じなんだ。
「力ですか?」
「魔法でも戦技でも良い。使えるものを見せてみなさい」
……。
よく分からないが、神技を使えば良いのだろうか。
とりあえず、やれることをやってみよう。




