022 死闘
東の森に入ったところで転がっていた金属鎧が目に入る。これを身につければ、少しは……と、そこまで考え、頭を振る。
こんな重みのある金属の鎧を身につけて動けるものか。それに、相手にするのは、あの大蛇だ。どれだけ固いものを身につけていたところで飲み込まれてしまったら終わりだ。今、重要なのは機動力だ。
薄暗い森の中を歩く。
進む先、森の奥から強烈な殺意を感じる。進めば、進むほど、その殺意は強くなっていく。
そして、森の雰囲気が変わった、その先に、それは居た。
薄暗い森の奥に一つだけ輝く光が、こちらを待ち構えている。
『ソラよ』
「うん、分かってる」
手に持った木の槍を強く握る。
木の槍の射程距離を目指し、ゆっくりと、慎重に歩く。
上体を起こし、威嚇するような音を発しながら、片目でこちらを睨んでいる姿が見えてくる。
『ソラ、間合いなのじゃ』
「うん」
イフリーダの言葉に頷き、木の槍を投げるために構える。
『違うのじゃ! ヤツの間合いなのじゃ』
イフリーダの言葉に、気付き、考えるよりも先に体を動かす。横に飛ぶ。先ほどまで自分が居た場所、自分のすぐ横を巨大な蛇の頭が通過する。
「ぎりぎりだっ!」
横に飛びながら、手に持った木の槍を投げ放つ。投げ放たれた木の槍は一瞬だけ巨大な蛇の体に刺さり、そのまま跳ね返されていた。
「焦った」
思っていたほどの威力が出ていない。焦って力んでしまったようだ。
そのまま転がるように着地する。背負っている木の槍が背中に当たって非常に痛い。それでも痛みをこらえて立ち上がる。そして、すぐに背中の木の槍を引き抜き、投げ放つ。
木の槍が空気を切り裂いて飛び、大蛇に迫る。
大蛇が上体を震わせる。耳が痛くなるような異音と残像が見えるような動き。飛んでいた木の槍が大蛇の体に触れる前に粉砕される。
「な!」
『ふむ。振動波で攻撃から身を守っているようなのじゃ』
「そんなの! こっちの攻撃が効かないなんて!」
と、そこで考える。
いや、攻撃が効いている時があったはずだ。
やつは何故、片目になった? 最初の時は振動ではなく体に跳ね返されていた。
「つまり、すべてカウンターで! ヤツが攻撃してきた時にしか反撃のチャンスがないってこと!?」
背中の木の槍を引き抜く。残り7本。
木の槍を構え、大蛇の様子をうかがう。一瞬の、刹那のチャンスを逃してはいけない。
じりじりとした緊張感に、額から汗が流れ落ちる。目に入りかけた、それを手で拭う。しかし大蛇はその隙を見逃さなかった。
大蛇が、こちらへと飛びかかってくる。一瞬、反応が遅れ、それでも、地面を大きく蹴り、横へと飛んで逃げる。手に持った木の槍が大蛇の突進に巻き込まれる。すぐに手を離すが、それでも、その勢いに飲まれ、体が、地面を跳ねるように転がる。
視界がくるくると回る。その視界の片隅に、こちらへと迫る大蛇の姿が見えた。無我夢中で背中の木の槍を引き抜き、投げ放つ。
投げ放たれた木の槍は大蛇の口の端をかすめ、削る。その痛みにか、大蛇の動きが一瞬だけ止まる。
視界が定まらない、ふらつく頭のまま、それを無視して慌てて立ち上がろうとする。何処が地面なのか、今自分が、しっかりと立っているのか分からない。それでも足を動かし、大蛇と距離を取ろうと逃げる。
何とか立ち上がった先に大蛇の顔があった。大蛇はこちらを丸呑みにしようと大きな口を開けている。迫る牙。残された時間は――刹那、とっさに左手に持った折れた剣で大蛇の長く伸びた舌を切る。すぐに背中の木の槍を引き抜き、縦向きに、つっかえ棒のように、大蛇の口にはめる。木の槍が、大蛇の口が閉じられるのを一瞬だけ防ぐ。その間に迫る大蛇の顔から逃げる。
大蛇が木の槍をものともせず、粉々にして、その口を閉じる。
木の槍、残り4本。一瞬で3本の木の槍が持って行かれた。
落ち着いて距離を取り、再度、大蛇と対峙する。ゆっくりと背中の木の槍を引き抜く。まだ、相手に致命傷は与えていない。体にかすり傷を一つ、口の端を削って一つ、舌を切って一つ、まだこれだけだ。
視線を大蛇に合わせたまま、大きく息を吸い、吐く。目を逸らしたら、その瞬間に持って行かれる。
大蛇は上体を起こし、威嚇するように音を立て、こちらを見ている。
もう一度、大きく息を吸い、吐く。
「勝つっ!」
気合いを入れ直す。
しびれを切らしたのか、大蛇が襲ってくる。大蛇の上体が――顔が迫る。そこを待ち構え、木の槍を、しっかりと狙い、投げ放つ。
しかし、この自分の行動を待ち構えていたのか、大蛇の動きが止まる。
「フェイント!?」
大蛇が動きを変え、投げ放った木の槍は、その大蛇の尻尾で撃ち落とされていた。
木の槍、残り3本。相手は、こちらの得物に限りがあることに気付いている。消費させようと狙っている。魔獣だからか、賢い。
『ソラよ……』
イフリーダのこちらをうかがうような声。自分の足元には、どうやって逃げていたのか、イフリーダの姿があった。
「まだ、大丈夫。イフリーダの力は本当に奥の手だから、最後の最後の手段だよ」
『ふむ。了解なのじゃ』
背中から木の槍を引き抜き、構える。
隙を狙う、隙を作らないと……。
大蛇がゆっくりとこちらを回り込むように動き始めた。その巨体で取り囲むつもりかもしれない。ぐるぐると周囲が大蛇の体によって囲まれ、逃げ道が奪われていく。大蛇の体で作られた円が徐々に小さくなっていく。このままでは、その巨体に押し潰され圧迫死だ。
大蛇の起こした上体を目掛けて木の槍を投げ放つ。しかし、その一撃も大蛇の振動波によって粉々になった。
「厄介だね」
『ソラよ、もうあまり時間は残されていないのじゃ』
周囲の壁が迫っている。
「うん。イフリーダ、あの震動、木くらいは砕くみたいだけど、金属ならどうだろう?」
『金属は難しいと思うのじゃ。跳ね返すくらいだと思うのじゃ』
「そっかー」
木の槍を背中から引き抜き、構える。もう残り2本だ。左手にもった折れた剣を見る。これなら、あの震動波を抜けるかもしれない。
でも――
手に持った木の槍を構え、投げ放つ。大蛇が体を震わせ、その震動波によって木の槍を粉砕する。すぐに次の木の槍――最後の木の槍を引き抜き、投げ放つ。
大蛇の勝ち誇った顔。
ああ、そうだよね。賢いお前は、こちらが震動と震動の隙間を狙ったと思っているんだろうね。
「答えはもっと単純だよ」
木の槍が大蛇の震動波を突き抜け、その体に突き刺さる。大蛇が信じられないといった顔でこちらを見ている。
「最後の木の槍にはね、石の短剣が刃の代わりに結びつけてあったんだよ。ここの石は、そこらへんの金属よりも固いみたいだからね。上手くいって良かったよ」
喉元に石刃の槍を生やした大蛇が、大きく上体を反らし、大きな音を立て、そのまま倒れ落ちた。周囲を囲んでいた大蛇の体の動きも止まる。
「勝った……のかな?」
周囲にたくさんの落ち葉を巻き上げ、地面をへこませるような勢いで倒れた大蛇の顔を見る。その片方しかない目は閉じられている。
大蛇の生死を確認するためにゆっくりと、そちらへと歩いて行く。何処か調子が悪いのか、左の足が上手く動かない。左足を引き摺るように大蛇へと近寄る。
「ああ、この囲っている体を乗り越えるのも大変そうだよね。体が滑りそうだもん」
大蛇に動きはない。
『ソラ!』
そこでイフリーダの鋭い声が頭の中に響く。
死んだと思われた大蛇の目が開く。そして襲いかかってきた。
「生きて……っ!」
迫る大蛇の顎。
とっさに折れた剣を構え、受け流す。イフリーダが行った技、神技パリィ。
そのまま大蛇の顎を反らし、抜け、折れた剣を両手で持つ。
そして、その巨大な顔を目掛けて、上から下へと強力な一撃をたたき込む。歪みのない一撃。大蛇の顔が左右真っ二つに分かれる。
『おおう! それはまさしく神技スマッシュなのじゃ』
とっさに体が動いた。
体が憶えていた。
「な、なんとかなったね」
そのまま真っ二つになった大蛇の頭へと寄りかかる。
本当に偶然だ。体が技を憶えていなければ、こちらがやられていた。
『うむ。神技の習得、見事だったのじゃ』
「でも、木の槍は全て使ってしまったし、本当にギリギリだったよ」
『うむ。それでも見事だったのじゃ』
「うぃしょっと。少し休憩してもいいかな。その後で、マナ結晶を取り出すよ」
『うむ』
大蛇の頭に寄りかかったままで体の状態を確認する。地面に叩きつけられ、細かい擦り傷や打ち身が山ほどだ。それに左足が上手く動かない。骨は折れていないと思いたいが、それでも危険な状態だ。神法キュアを使って癒やすことにする。
「でも、これで……」
その時だった。
地面が大きく盛り上がり、そこから大蛇の頭が現れた。先ほどの片目とは違い、両目揃った大蛇。先ほどの個体よりは少しだけ小さな大蛇。
「え? もう一体? まさか夫婦?」
新しく現れた大蛇が、怒り、震え、こちらを見ている。
ご冥福をお祈りいたします。




