214 神殿街
神殿街というだけあって、いくつもの神殿らしき建物が並んでいる。その神殿街の奥にあり、大きく輝いている一際目立つ神殿――あれが神官の青年が言っていた光と闇の神殿だろう。
あの建物の裏に目的の神殿があるはずだ。
奥へと歩きながら並んでいる神殿を見る。
並んでいる神殿らしき建物は、その殆どが石柱とくっつき一つになっている。不思議な造りの建物だ。
つやつやに輝いている石柱へと近寄り、手で触れて材質を確認してみる。石だ。見たまま石だ。石を積み上げ、丁寧に磨いたのだろうか。
叩いてみる。音が軽い。意外と脆そうだ。
うーん、すぐに崩れそうで柱にするには向いていないような……。
「火の神殿にご用かな?」
え?
突然、声をかけられる。
気配を感じなかった。
マナの流れが見えなかった?
「だ、誰?」
声の方へと振り向く。
そこに立っていたのは法衣を着た神官風の女性だった。
「火の神殿は、傲慢で高慢ちきで無駄に偉そうな光の神殿や陰湿で陰気で根暗な闇の神殿とは違い、寄進すれば誰でも奉納が出来ます」
「あの、えーっと……」
目の前の女性が何か含みがあるような表情で笑う。
「私はこの火の神殿の神官、モルフェーです」
この女性は神官で間違いなかったようだ。
にしても、火の神殿か。
「あ、はい。よろしくお願いします」
「この火の神殿を見ていたみたいだけれど、奉納がしたいのかな?」
「いや、えーっと」
奉納? 語る黒さんが炎の手さんに頼んで作った祠が、確かマナを奉納して力を得ることに使われていたような……。
同じようなことなのだろうか?
「火の神殿なら! 寄進さえしてくれるなら! 例え流民の子どもでも! それこそ獣人でも! 誰でも奉納することが出来るの!」
モルフェーと名乗った火の神殿の神官は片目を閉じ、こちらに笑いかける。
その笑みは、とても胡散臭い。
火の神殿の女神官は言葉を続ける。
「この神殿、大きいでしょう? 今まで見たこともない立派で大きな神殿でしょう? 流民のあなたが心配になるのも分かるわ。奉納はしたいけど、寄進額が払えなくて不安ってところ? でも、安心して! 初回は1シルドで大丈夫。それなら流民のあなたでも何とか払えるんじゃないかな?」
女神官はニコニコと笑っている。
「あら? その金額も難しい? それなら頑張ってお金を稼いでくるのね。マナを奉納すれば、その恩恵は素晴らしいわよ。最初は苦しくても、毎日マナを奉納すれば、火の力が授かれるでしょうから、その力を使ってすぐにお金を稼ぐことが出来るようになるから! 寄進するだけの価値があったと思うはずよ」
女神官はこちらが無言なのを何か勘違いしたのか一気にまくし立てる。何というか、圧倒される勢いだ。
それに随分となれなれしい。話しかけてきた時の優しく丁寧な感じが消えている。多分、演技だったのだろう。
にしても、マナを奉納して力を得る、か。拠点に作った水流と門の神ゲーディアの祠と同じだ。それが、ここでも出来る、ということか。
この女神官が言っている金額がどれくらいの価値なのか分からないが、それは、今、手元にあるマナ結晶でなんとでもなるだろう。
やろうと思えば、ここでマナを奉納することは出来る。
どうする?
試してみるのも一興か。
と、その時だった。
「熱っ!」
右腕に痛みを伴う熱さを感じた。
右腕を見る。そこには、いつの間にか銀の腕輪が生まれていた。銀の腕輪は燃えるような熱を発している。
な、何だ?
それはまるで、この火の神殿に入るのを許さないと言っているかのようだった。
「あら? どうしたの?」
右腕を押さえる。
「すいません。お気持ちはありがたいのですが、奉納とやらはまた、機会があれば」
この神殿街に来た目的はマナの奉納じゃない。神官の青年と話をすることだ。
間違えては駄目だ。
「あらそう? でも忠告しておくけれど、流民の子どもの奉納を受け入れるのなんて、うちくらいよ」
女神官はこちらをさげすむような目で見下ろしながら笑っている。どうにも、このヒトシュの都市は大変なところのようだ。
「ご忠告、ありがとうございます」
言葉だけのお礼を言い、慌ててその場を去る。
右腕を押さえながら、神殿街の奥へと歩いて行く。
この神殿街には様々な姿の人が歩いている。法衣を着込んだ神官らしき人はもちろんのこと、武装した者から商人風の者まで様々だ。ただ、どの人物にも言えるのは、首から金属の板を提げていることだ。
――市民証。
ここでも、だ。
すれ違う人々は、汚いものでも見るかのような目でこちらを見る。嫌なものを見てしまったという感じだ。
その視線から逃げるように奥へと進む。
目指すは光と闇の神殿の裏だ。
その威光を示すかのように、嫌みなほど輝く大きな神殿を横目に、その裏にある通りを目指す。
裏通りに入る。そして、しばらく進むと雰囲気が変わった。
表通りの輝かしさが消える。
長い間手入れされていないのか、道の舗装は剥げ、ボロボロになっている。気を付けないと躓き転けてしまいそうなほどだ。
薄暗い。
先ほどの輝かしい神殿の大きさの影に隠れ、光が奪われている。
薄暗くボロボロの裏通りをしばらく歩き続けると、屋根が半分ほど崩れ落ちた神殿が見えてきた。造り自体は表通りの神殿とそっくりだ。
ここが、あの神官の青年が言っていた神殿だろう。
神殿の入り口は開かれている。
「誰か居ますか?」
中を覗き、声をかける。
すると、すぐに反応があった。
「ああ! はい、すぐに、すぐに!」
ドタバタと何かが崩れるような大きな音とともにこちらへと慌てて駆けてくる足音が聞こえる。
「無の神殿にようこ……ん?」
そして、神官の青年が現れた。
「どうも」
とりあえず軽く頭を下げる。
「あ、ああ。少年でしたか。どうです、迷宮への巡礼は出来ましたか?」
首を横に振る。
「そうですか。それは、今、ちょうどだいさ……」
「迷宮に入ることは出来ませんでした」
「え?」
神官の青年が驚いた顔でこちらを見ている。
ん?
「今、なんと言いました? 迷宮の巡礼に来たのではないのですか?」
巡礼?
何のことだ?
「迷宮に入ることは出来ませんでした」
もう一度、同じ言葉で伝える。
すると神官の青年は頭に手を当て、唸った。
「むむむ。いや、その可能性も、いや、でも、こんな少年が……」
「あのー?」
「とりあえず、奥で話しましょう」
神官の青年の案内で神殿の中へ入る。
神殿の中は崩れた柱がそのままになっており、そこから太陽の光が差し込んでいた。さらに足元には書物が散らばっているといった酷い有様だ。
「ああ、すいません。足元に気をつけてください。この間、柱が崩れたのですが、その修繕も出来ていないのです」
いつから、そのままなのだろう。
崩れた柱の中には上に埃が積もっているものもある。
本当に酷い有様だ。




