211 神官
取り返した果物のようなものを両手で抱え、露天商の元へ戻る。
「おい! お前!」
その肝心の露天商はこちらを見て叫んでいた。
「これを取りか……」
取り返してきましたと言うつもりだったのだが、それ以上喋ることが出来なかった。
怒った表情の露天商がつかつかとこちらまで歩き、両手に抱えた果物のようなものを奪い取る。いや、これは、元々は彼のものなのだから、奪い取るという言葉は正しくないのか。
「あの、えーっと」
露天商は果物のようなものを露点に並べ直し、こちらへと向き直る。
「どういうつもりか知らないが、盗んだものを持ってきたのは良い心がけだ。だがな、お前たちが盗みを働いていたことが許されるわけじゃないからな!」
「いや、えーっと」
「衛兵に突き出してやる!」
露天商がこちらに手を伸ばす。それを避ける。もしかして、さっきの子どもの仲間だと思われているのか?
「話を聞いてください!」
「盗人の話など聞くか!」
駄目だ。話を聞いてくれそうにない。
なんだか面倒なことになってしまった。
……。
どうする?
このまま逃げるのは簡単だ。だが、盗人だと思われたままなのは面白くない。
何か、何か、誤解を解く方法が……。
と、そこで一つのことを思い出す。
確か、青髪の少女が言っていた。
『マナ結晶は売ることが出来る』
……だったよね。
背負い袋からマナ結晶を一つ取り出す。さて、どういう反応を示すだろうか。
マナ結晶を見た露天商の男は……唾を一つ飲み込み、それを物欲しそうに見ていた。どうやら、このマナ結晶一つでもそれなりの価値がありそうだ。
「お、おい、それは何処から盗んだ……」
露天商の声が少し震えている。
「これは僕が自分で手に入れたものですよ」
やっと会話が出来そうだ。
「これを持っているのにわざわざ盗みを行うと思いますか?」
お金になるものを持っているのに盗みを行う利点がない――この当たり前の話が通じれば良いのだけれど……。
露天商の男がマナ結晶へと手を伸ばす。
「そ、それを寄こせ。それを渡すなら今までの盗みはなかったことにしてやる」
露天商の男に取られないように、マナ結晶を引っ込める。
「駄目です。僕は盗みを働いていません。それを認めてください。それを認めるなら、これは友好の品として渡しても良いです」
「認める。認めるから寄こせ」
露天商の男が何度も首を縦に振っている。
ため息が出そうだ。
とりあえず、このマナ結晶を渡すか。マナ結晶の数には余裕がある。これ一個で情報が手に入るなら安いものだ。
「はい、どうぞ」
露天商の男にマナ結晶を渡す。
ひったくるようにしてマナ結晶を受け取った露天商の男はそれを隠すように抱え込む。
「もう返さないぞ」
「あー、はい。どうぞ。それで、ちょっと話を聞きたいのですが……」
露天商の男がこちらを見る。その目は欲に濁っていた。
「いや、そうだ。ああ、そうだ。足りないな。お前らがここでどれだけ盗みを働いたと思っているんだ。これ一個で許されると思うな。もっと持ってるな!」
……。
絶句だ。
この男は何を言っているんだ。
「えーっと、先ほど僕が盗みを働いていないことは認めましたよね」
「は? 覚えてないな。お前がもっと結晶を渡せば、思い出すし、許してやるかもしれないけどな」
……。
話にならない。
この男から情報を得ようと思ったのが間違いだったのだろうか。
男がこちらの背負い袋へと手を伸ばす。とっさに後ろへと飛び退き、それを躱す。
盗むのか。
奪うのか。
許せるか?
許せるのか?
手が背の剣へと伸びる。
「待ってください!」
と、そこへ大きな声がかかった。
背中の剣へと伸びかけていた手を下ろす。
誰だ?
「待ってください」
現れたのは法衣を着込んだ男だ。随分と若い。若いと言っても自分より年上なのは間違いないだろう。
「何事ですか? もめ事ですか?」
法衣を着込んだ青年がこちらへとやってくる。
「こ、これは神官様。違いますよ。その盗人のガキに世間の常識を、ですね……」
男は随分と下手に出ている。
神官? 何か特権階級の人間なのだろうか。いや、それよりも、だ。
こいつは今、何と言った?
「盗人? お前の方こそ、こちらの荷物を盗もうとした盗人だろう?」
もう遠慮は要らない。
情報どころではない。
間違いを正す必要がある。
「落ち着いてください」
法衣の青年がこちらをなだめるように手を伸ばす。
それを見た男が何かに気付いたのか、ニヤニヤと笑い出した。
「何処の神官様かと思えば無能神官サマじゃないですか。無能は無能らしく神殿に引き籠もったらどうですか。あの寂れた神殿にでもね」
……。
この男、新しく現れた神官の青年にも喧嘩を売り出した。何がしたいのだろうか。
「無能ではなく無の神に仕える神官です。間違えないでください。それで、この少年が盗人だということですが……」
「違う」
とりあえず否定はする。そこを認めるわけにはいかない。
すると神官の青年は分かっているという風に頷きを返した。
「彼の姿を見てください」
「盗人のガキだろう」
「旅姿じゃないですか。背には剣も持っています。旅をして、この都市に来たばかりの少年でしょう。そんな彼がここで盗みを働いていた子どもたちの仲間であるはずがありません」
「そんなこと分からないだろう」
男はこちらを見ている。その目は欲に濁ったままだ。
何とか神官の青年を言いくるめてマナ結晶を手に入れようと思っているのかもしれない。
神官の青年が小さくため息を吐く。
「あまり欲張らない方が良いと思いますよ。その少年はここまで旅をしてきた。結晶を手に入れるほどの実力を持っている。その意味、分かりますよね」
神官の青年はなんだか物騒なことを言っている。
えーっと、さすがに、さすがに、余程のことが無い限りは実力行使には出ないつもりなんだけど……。
「神官が、神官が、市民証を持っていないヤツの味方をするのか!」
男が叫んでいる。
「市民証?」
何のことだろう。
「これですよ」
神官の青年が首から提げた小さな金属の板を見せてくれる。
!?
周囲を見回す。
よく見れば、歩いている人も、露天に居る人たちも、全ての人たちが首から同じような金属の板をぶら下げている。
さっきの子どもはどうだった? 身につけていなかったはずだ。
そうか。これで元からの住人なのか、それとも外から来た人間なのかを見極めているのか。
だから、門番が居なかったのか。
だから、対応が冷たかったのか。
情報を得る以前の話だったのか。
あの青髪の少女もさ、教えてくれても良かったのに……。




