207 境界
スコルと繋げた荷台に十日分の食料やマナ結晶などを入れた背負い袋を乗せる。
「邪魔にならないように?」
その荷台の中にはすでに青髪の少女も乗り込んでいる。
「そこで大丈夫です」
青髪の少女をよく見れば皮で作られた袋を持っていた。リュウシュの皆さんは彼女の分も食料と水を用意してくれたのだろう。ヒトシュの地に着いた後、そこで別れることになるが、何も持たせてあげないのはあんまりだ。その後のことを考えて持たせてあげたのかもしれない。
「では、出発します」
荷台から顔だけ覗かせていた青髪の少女が頷く。それを確認し、スコルの背に跨がる。
さあ、出発だ。
見送りはない。
前回と同じだ。朝が早いのでリュウシュの皆さんは眠っている。見送りはなくても、しっかりと準備をしてくれている。気持ちは……気持ちがこもっている。
ありがたい。
「スコル、お願い」
「ガルル」
スコルの首筋を撫でる。
スコルは小さく頷き、駆け出す。
一瞬にして周囲の景色が変わっていく。
東の森へ。
その奥へ。
こちらが、この道なき道の先がヒトシュの住んでいる場所へと繋がっているはずだ。
真っ赤な猫耳のローラはこの森の先からやって来た。間違いないはずだ。
スコルが森を駆ける。
深い、深い森。木々の根が大地を這い、様々な植物が生え並ぶ森。
スコルの背に跨がりながら干し肉を囓り、簡単な食事をとる。
「スコルはお腹空いてない?」
「ガルル」
スコルが駆けながら、大丈夫という感じで小さく吼える。もしかすると後でまとめて食事をとるつもりなのかもしれない。
そして森を抜ける。
石で作られた廃墟が並び、膝下ほどにまで伸びた雑草が辺り一面に広がっている。
石の廃墟。
スコルが駆ける。
やがて石の城が見えてくる。
石の城の前――石の橋の近くにさしかかった頃には日が落ちようとしていた。
ここまでで一日。歩きなら四日ほどの距離だ。
スコルの足の早さに助けられる。
「今日はここで野宿します」
足を止めたスコルの背から飛び降りる。
「はい、分かりました?」
青髪の少女は分かったのか分かっていないのか、よく分からない表情で頷いている。
「スコル、遊んで来ると良いよ」
スコルと連結させた荷台を取り外す。ここまで走り続けていたんだ、スコルもお腹が空いているだろう。
「ガルルル」
スコルが、分かったという感じで頷き、駆けていく。
さあ、食事の準備を行おう。
日が落ちる前に手早くやってしまおう。
荷台から木片を降ろし、それを石の短剣で削り、火を起こす。黒い短剣は使わない。せっかく炎の手さんに作って貰った黒い短剣だが、木片を削ったり、火を起こしたりには向いていない。黒い短剣は魔獣を捌く専用だ。
火が大きくなったところで生肉を焼く。鍋に天舞と水を入れ、それも火にかける。お昼ご飯が干し肉だけだったので夜はしっかり食べる。
明日からは干し肉と天舞だけになるだろう。水が確保出来なければ干し肉だけになるかもしれない。
今日はしっかり食べよう。
さあ、ご飯だ。
「どうです? 食べられますか?」
「はい。食事を分けて貰えるだけでも助かります」
青髪の少女は静かに食事を行っている。美味しいも不味いもない。
ただ、食べている。
そういえばカノンさんと旅をしていた時も同じような感じだった。
それ以上話すこともなく、食事を終える。
「ガルゥ」
食事を終え、寝ようかなというところでスコルが帰ってきた。
「ガルルル」
スコルは満足そうな顔をしている。スコルも食事を終えたようだ。
「お帰り」
そのままスコルを枕代わりに眠る。
青髪の少女は荷台の中で眠るようだ。
……寝よう。
目を閉じ、スコルのふかふかな毛皮に包まれて眠る。
……。
……。
……。
物音に目が覚める。
数時間は眠ったと思うが、こんな真夜中に何の音だろう?
眠ったふりをしたまま薄目を開けて周囲を確認する。
月明かりの下、青髪の少女が服を脱ぎ、濡れた布で体を拭いていた。
それを見て、自分は――貴重な水を使ってもったいないと思った。
……。
水は貴重だ。
特に飲める水は、だ。
でも、それをどう使うかは本人の自由だ。彼女にとっては水を飲むことよりも重要なことなのだろう。
目を閉じる。
寝よう。
自分には関係の無いことだ。
朝日が昇り始めたところで目が覚める。
さあ、出発だ。
青髪の少女はまだ眠っているようだ。荷台の中で小さくなっている。起こすのも悪いのでそのまま出発することにする。
干しキノコを囓りながらスコルの背に跨がる。
「行こう」
「ガルルル」
スコルが頷く。
石の城を越え、さらに東に――東へと向かう。
進路はスコルに任せる。この周辺はスコルの方が詳しそうだ。
道なき道を進む。やがて石の廃墟が消え、雑草の中に、いくつか木の姿を見かけるようになってきた。
さらに進む。
周辺に木が増えてくる。また森に入るようだ。
ただ、この辺りの木々は背が低く、とても脆そうだ。拠点近くに生えている、無駄に大きく、無駄に硬く、燃えない木々とは別の種類だ。
森を進む。
周囲にいくつか魔獣の気配を感じるが襲ってくる様子はない。どれも拠点近くに比べて弱々しい気配だ。
そして辿り着く。
そこには予想していた門であったり、壁であったりは存在しなかった。
しかし確かにそれは一目で分かった。
森が切れている。
突然、何も無くなったかのように――線でも引いたかのように森が終わっている。
土の色が違う。
こちら側と向こう側、色が違う。
こちらは色が濃い。境界より先は色が薄い。
まるで人の住む地と魔獣の住む地を分けたかのような境界。
確かにこれなら一目で分かるだろう。
ここが境界。
ここを越えればヒトシュの住む地。




