205 大量生産しよう
前回までのあらすじ。
四つの強大なマナが揃ったので青髪の少女を人の住む地まで送ろう。
「戦士の王、これがとりあえずの剣なのです」
炎の手さんが用意してくれた剣を受け取る。
炎の手さんはとりあえずと言っていたが、幅広で自分の背丈より少し短いくらいの長さのこの剣は、手に良く馴染み、重すぎず軽すぎず、とても使い勝手が良さそうだ。
少し振ってみる。
うん、悪くない。最初の頃の折れた剣を使っていた頃を思えば、充分過ぎるくらい実用的で優れた代物だ。
「鉄に新しく採掘した金属を混ぜてみたのです。いくらでも量産できる貴重ではない代物なのです。もちろん手を抜いたわけではないのです」
「はい、とても良い剣に思えます」
これが量産品、か。量産、大量生産かぁ。武器を大量生産しても今は自分と戦士の二人しか、それを扱える人員が居ないので余ってしまいそうだ。
あー、でも、折れた時の予備を考えれば、数があっても無駄にならないか、な。それに今後もリュウシュの皆さんが増える可能性はある。戦士の枠だって増えるかもしれない。
うん、大量生産するのもありかな。
この剣をあわせて新調した背中の鞘に剣を差し込む。
「鞘の方が貴重なのです。そちらは壊さないようにお願いしたいのです」
炎の手さんが笑っている。そんなにも僕は武器を壊している印象をもたれているのだろうか。まったくもって心外だ。
「それとこれも渡しておくのです」
炎の手さんから鞘に入った短剣を受け取る。
「これは?」
鞘から短剣を引き抜く。刃は真っ黒だ――見ているだけで吸い込まれそうなほどの深い黒だ。
「短剣なのです」
刃の長さは手のひらほど、少しだけ湾曲している。そして、とても軽い。まるで何も持っていないかのように軽い。
何だろう、神聖でもあり、禍々しくもある。不思議な短剣だ。
「えーっと、短剣ですね」
「戦士の王はいつも石で作られた短剣を身につけていると思ったのです。魔獣の皮や肉を剥ぐにしてももっと良いものを持って欲しくて作っていたのです」
なるほど。こちらは量産品ではなく、貴重な鉱石を使って、しっかりと丁寧に作った代物のようだ。
でも、この石の短剣もなかなか便利で素晴らしい出来だと思うのです。毎日、暇さえあれば研いでいたからね。そりゃあもう、石とは思えないくらい鋭くなってるよ!
それはそれとして。
「ありがとうございます」
黒い短剣も受け取っておく。
黒い短剣、か。
黒というと、あの黒い鎧に包まれた鬼を思い出す。強敵だった。本当に強敵だった。
「魔法金属を使っているので軽く折れにくいのです。この黒い魔法金属は相手のマナを疎外するのです。硬い魔獣の体などでも、すいすいと刃が通ると思うのです」
これも魔法金属、か。それも重鋼や緑鋼とは違うようだ。
特性は――鬼が身につけていた黒い鎧とそっくりだ。もしかすると同じ魔法金属なのかもしれない。
「えーっと、つまりマナを持たないものには刃が通り難いということですか」
「その通りなのです」
魔獣などを捌くのに向いているが、マナを持たない石材や金属とかとは相性が悪いという感じかな。便利なような不便なような――いや、便利か。
「それと、なのです」
まだ何かあるようだ。
だが、炎の手さんは何か迷っているような表情で固まっている。次の言葉が出てこない。言い出しにくいことなのだろうか。
「どうしました?」
次の言葉を促してみる。
「つまらないことなのです。ヒトシュの住む地に向かうのなら、ファフテマというヒトシュがどうなったのかを聞いて欲しかったのです」
「ファフテマさんですか? それくらい特には……どういった人なのでしょうか?」
リュウシュである炎の手さんがヒトシュを気にするとは珍しい。
「リュウシュに鍛冶を伝えたヒトシュなのです」
「それは……」
納得だ。確かにリュウシュにとって重要な意味を持つヒトシュだろう。でも、リュウシュに鍛冶技術を伝えてからどれくらいの年数が経っているか分からない。そんな人が今でも生きているのだろうか?
「そのヒトシュが生きていないくらいの月日が経っているのは分かっているのです。ただ、この地を去った後、そのヒトシュがどうなったかを知りたいだけなのです。リュウシュに技術を伝えるだけのヒトシュ――その後を知りたかったのです」
そこで炎の手さんは首を横に振る。
「これは自分のわがままなのです。そして、とても難しいことだと思うのです。だから、できればで良いのです」
なるほど。
興味本位――だから、炎の手さんは言い淀んだのか。
「分かりました。ヒトシュの里に着いたら、そのファフテマさんがどうなったかを知っているか人が居ないか聞いてみます。皆さんに鍛冶技術を教えるくらいだから、ヒトシュの里でも知っている人が居そうですもんね」
鍛冶士のファフテマさんか。覚えておこう。
これで武器は揃った。
後、用意するのは食料くらいだろうか。
青髪の少女からヒトシュの里までどれくらいの距離があるのか情報を入手しないと、だね。




