204 次の目標
用意された部屋の中は――何も無かった。
ただ、広い。
とにかく広い部屋になっていた。
何も無く、ただただ広い。
まだ皆が集まる部屋を用意しただけで中身までは造っていないようだ。
それとも、これで終わりなのだろうか。
リュウシュの皆さんの里ではどうだっただろうか。
質素ながらも調度品があったはずだ。まだそこまで手が回らないだけだ。
うん、きっとそうだ。
「何故、私も?」
青髪の少女がよく分からないという表情でこちらを見ていた。
あー、この子の存在を忘れていた。どうにも考え事をしていると……。
「ここで待っていてください。皆が集まってから説明します」
そうだ。
そうだよね。
色々と話さないと駄目なことがある。
青髪の少女と二人っきりで皆がやって来るのを待つ。皆、この城の中で寝泊まりしているはずだから、すぐにやって来るはずだ。
「戦士の王、お待たせしたのです」
まずは青く煌めく閃光さんを代表とした生産組だ。畑仕事をしている分、他の人たちよりも早く起きているようだ。
「だーかーらー、いくら燃えない木を使っていても壁にするんだったら金属素材を使った方が良いってー」
「それを使うのはもったいないのです。まずは出来ることからなのです」
「それよりも粘土層の下から吹き出てきたお湯を何とかして欲しいのです」
次にやって来たのは炎の手さんを代表とした職人たちだ。何処か騒がしいのは、また亡霊が何かわがままを言っているからかもしれない。
……。
走る手さんが何か重要なことを言っていたような気もするが、今は後回しだ。
「呼ばれたのです」
「自分たちはここの入り口に立って皆を守るのです」
「外敵もいないのに気にしすぎなのです」
最後にやって来たのは戦士の二人と皆を呼びに行ってくれていた語る黒さんだ。
これでスコル以外の全員が集まった。
リュウシュの皆さんが集まってもまだまだ部屋の広さには余裕がある。いや、余裕がありすぎるくらいだ。この部屋は百人規模が集まることを想定しているかのような広さになっている。今の人数では広い部屋の入り口にちょこんと集まっているような感じにしかならない。
「まずは戦士の王の無事の帰還を祝うのです」
青く煌めく閃光さんが皆を代表して前に出る。そして、そのまま深く、手を前に振り回すようなお辞儀を行い、顔だけを起こして笑った。チラリと覗く牙がキラリと輝いている。
「ただいま、戻りました」
帰ってきた。
やっと戻ってきた。
「王様、ちっこいののもう一人の姿が見えないけど?」
亡霊が首を傾げている。もしかすると、同じ獣耳を持った者同士、仲が良かったのかもしれない。
「彼女は戻ってくることが出来ませんでした」
「そっかー、そっかー、そうか……」
亡霊は使い古したフードを深くかぶり直していた。
「戦士の王、皆を集めた理由を話して欲しいのです」
炎の手さんが話しかけてくる。皆を集めた理由が真っ赤な猫耳――ローラが戻ってくることが出来なかったことの報告だとは思わないようだ。
もちろん、その通りなのだが、それはそれで少し寂しい。結局、彼女は、ここで打ち解けることが出来なかったことの証明みたいだからだ。
……。
いや、今は皆に報告とお願いをしないと……。
「まずは皆さんに報告を。皆さんの協力のおかげで無事に最後の強大なマナの結晶は手に入れることが出来ました」
「それは良かったのです」
リュウシュの皆さんは自分のことのように喜んでくれている。
「それと、これからはメロウの皆さんとの交流が始まると思います。彼女たちは非常に優れた知識と技術を持っています。その彼女たちは天舞……この、今、育てている植物の実を炊いたものを非常に好んでいます。えーっと、青く煌めく閃光さん、よろしくお願いします」
「任されたのです。そちらを中心に増産するのです。この地は土が温かく、作物がすぐに育つのです。戦士の王の期待に沿えると思うのです」
青く煌めく閃光さんは牙をキラリと光らせている。何処から光が生まれているのだろうか。これも神法の一つなのだろうか。
「はい、お願いします」
「次にですが、彼女の目的も達成できたようなので、彼女をヒトシュの里? まで送ろうと思います」
この自分の言葉を聞いた青髪の少女が驚いたような顔でこちらを見た。
聞いていなかったからだろう。
言ってなかったからね。でも、これは託されたことだから。
「あの、それは……」
「ここに来たのは、ここに住むためじゃないですよね」
青髪の少女がゆっくりと頷き、手に持っていた首飾りを強く握った。
「あなたのお姉さんに頼まれたことですから、任せてください」
そして、皆を見る。
「すぐには無理ですが、それでも出来るだけ早く出発したいと思っています。それで、ですが……」
隠していたわけではないが、見えないように自分の後ろに置いていた壊れた武器たちを取り出す。
途中から切断された緑鋼の槍。
砕け散った氷雪姫。
粉々になった錬金小瓶の破片を使った盾。
……。
酷い有様だ。
「な、な、何、それーっ!」
亡霊が叫び声を上げる。
「それだけ戦いが激しかったんです」
言い訳は――これくらいの言い訳は許して貰おう。
「あわわわわわ」
亡霊は砕け散った氷雪姫の前にしゃがみ込み震えている。
「代わりの武器をお願いできないでしょうか」
武器は必要だ。
亡霊が顔を上げる。
「くっくっくっくっく」
こちらを見て壊れたように笑っている。ちょっと怖い。
「これは挑戦。私への挑戦。やってやる、やってやる」
亡霊はぶつぶつと呟いている。ほんと、ちょっと怖い。
「分かったのです」
炎の手さんが壊れたような亡霊を見て一つ小さなため息を吐き出す。
「ですが、急ぎ用意出来るものは、それらよりは質が劣るのです」
そして、そう続けながら武器の用意を約束してくれた。
「皆には協力して貰ってばかりで申し訳ないのですが、よろしくお願いします」
頭を下げる。
「気にする必要は無いのです」
「戦士の王にはそれ以上のものを返して貰っているから大丈夫なのです」
「もっと私たちを信じて欲しいのです」
リュウシュの皆さんは笑っている。
本当に良い人たちばかりだ。
「そういうわけです」
頭を上げ、青髪の少女の方へと向き直る。
「わ、分かりました。よろしくお願い……です」
青髪の少女が頭を下げる。
戻ってすぐだが、忙しくなりそうだ。
にしても、ヒトシュの里、か。
どんな場所なのだろうか。
明日、14日金曜日から18日火曜日までの更新をお休みします。
次回更新は19日水曜日の予定になります。




