020 木槍
日が落ちてきたところで練習を止める。
そのまま予備に積んで置いた枯れ枝を拾い、窯に追加していく。窯の中で火が踊っている。
「これだけ燃えていれば夜の間も燃えているかな」
窯の中でしっかりと火が残っていることを確認して、その日は眠りへとつく。
翌日、窯の状況を確認する。
窯の中には、まだ火が残っていた。窯の全体を外側から確認する。何処もひび割れている様子はない。これなら普通に使えそうだ。
窯の確認を終え、いつもの日課を行い、それらが全て終わったところで木の槍を握る。
『ふむ、ソラよ、今日はどうするのじゃ。昨日と同じように練習を続けるのじゃな』
イフリーダの言葉を聞き、そこで手を止める。手に持った木の槍を見る。そして窯を見る。
「うーん。そうしようと思っていたんだけどね。練習の前に、今日はちょっと変わったものを作ろうかな」
木の槍を置く。
そして兜に水を貯める。
金属鎧の足部分で地面を掘り、粘土状の土を集め、それを先ほどの水と混ぜ、粘土を作る。それを紐状に伸ばし、粘土の棒を作る。
作った粘土の棒をぐるぐると渦巻き状に巻いて円を作っていく。
さらに新しく粘土を作り、それを紐状へと伸ばす。作った粘土の紐を先ほど作った渦状の土台の端へと巻き付け、積み重ねていく。
『ふむ。ソラよ、それは入れ物に見えるのじゃ』
「そうだね。まずは水を入れる瓶を作ろうかなと思って。今は、この兜に水を入れて使っているけど、これは飲み水を作るのにも使うし、それに作った水を保管出来るものがあれば便利だからね」
ぐるぐると粘土を巻き付け、底を深くしていく。
何とか瓶に見えるように形を整え、完成したものを日当たりの良い場所に置く。
「まずは一個、と」
同じような作業を繰り返し、様々な形の粘土の器を作る。
『ふむ。それを、あの装置で焼くのじゃな!』
「うーん。そうだね。でも、それは明日かな。ある程度は乾燥させてからじゃないと割れてしまいそうだからね」
粘土の器を作り終え、木の槍を手に取る。
「さ、今日のやりたいことは終わったから、練習の再開だね」
木の槍を構える。
そして、的代わりの木へと投げ放つ。
木の槍は、まっすぐに飛び、的代わりの木へと命中し、しかし、そのまま跳ね返って、くるくると宙を舞っていた。
「何でだろう。同じようにやっているはずなのに……力が足りない」
『ふむ。まっすぐに飛ぶだけでも凄いと思うのじゃ』
「でも、勢いが全然違うよね。その証拠に、せっかく的に当たっても跳ね返っているからね」
何度も繰り返す。
勢いを出そうと力をこめて投げる。しかし、跳ね返る。どうやっても空気を切り裂くような勢いが出ない。
そのうち、何が正しかったのか分からなくなってくる。それでも試行錯誤を重ね、繰り返し、繰り返し、練習を続ける。
「何で……」
『ソラよ、今日はもう終わりにするのじゃ』
「うん、分かったよ」
何の成果も出なかったことに少しだけ憤りを感じながらも、投げようと構えていた木の槍を降ろす。空を見れば、そこは、すでに赤い色に染まっていた。
「もう、こんな時間なんだ」
一つ、大きなため息を吐く。
そして的代わりの木を見る。何度も、何度も、木の槍が当たっていたからか、小さな凹みとなった無数の痕が見える。しかし、ただ、それだけだ。
「はぁ……」
手に持った木の槍を見て、もう一度、大きなため息を吐く。
「今日は終わりだね」
何とは無しに、手に持っていた木の槍を投げる。諦めたように、投げ捨てるように、力も入れず、ただ投げる。
繰り返した練習の成果だったのか、体が憶えていたのか、投げた木の槍がまっすぐに飛ぶ。
そして、的代わりの木に刺さった。
「えっ!?」
驚き、的代わりの木へと走る。
見れば、木の槍の先っぽの部分、削り尖らせていた部分が木の的に刺さり、めり込んでいる。まっすぐに刺さった木の槍を強く握り、無理矢理引き抜く。尖らせた先端部分に傷はない。
的代わりの木には、10センチほどの深さだが、しっかりと穴が開いていた。
「何で?」
常識的に考えれば、力を入れて投げた方が木に刺さりそうだ。しかし、実際には、ただ軽く投げたものが木の的に刺さっている。貫通するほどの、空気を切り裂くような――イフリーダに見せて貰った時のような威力にはほど遠い。それでも投げた木の槍が的に刺さった。
「何か思い違いをしていた?」
先ほど的代わりの木から引き抜き、手に持っている木の槍を見る。そして、もう一度、的を見る。
『ソラよ、もう暗くなるのじゃ』
「う、うん。そうなんだけど、何か、何かがつかめそうなんだ」
『ふむ。気持ちは分かるのじゃ。しかし、無理は禁物なのじゃ』
手に持った木の槍を見る。
「うん、分かっているよ。でも、今、この気持ちで、この高揚感の中で眠るのは難しいかな。だから、もう少しだけ練習したいんだ」
『分かったのじゃ。しかし、今の我にはソラしか居ないのじゃ。体に支障を来すような無理は禁物なのじゃ』
「うん、了解だよ」
イフリーダの忠告をありがたく思いながら、それでも木の槍を構える。
「確か、さっきは……」
力を入れず、流れに身を任せるように木の槍を投げる。
少しだけ、小さく風を切るような音を生みながら、木の槍は、まっすぐに木の的へと飛ぶ。そして、木の的に刺さった。
「力を入れない方が、強く飛ぶ?」
自身の常識と違う反応。それでも、何かが分かってきたような感覚。
刺さった木の槍を引き抜き、距離を取って、もう一度、構える。
投げる。
今度は、木の槍が、貫通こそしていないが、的代わりの木に深く刺さった。
「刺さった」
的代わりの木へと走り、深く刺さった木の槍を見る。間違いなく、ただの、木の先端を削っただけの槍だ。それが深く刺さっている。
「これなら!」
木の槍を引き抜こうと力を入れる。しかし、しっかりとはまり込んでいるのか、なかなか引き抜けない。
「うーん、抜けない」
深く刺さった木の槍を引き抜こうとしている自分の元へイフリーダが近寄ってくる。
『ソラよ、もう夜なのじゃ』
「う、うん。そうだね。この刺さった木の槍は、明日になってから引き抜くよ」
大きく伸びを、囚われていたものから解放されたように、背を伸ばす。
「うん。今日は気持ちよく眠れそうだ」
その日は、木の槍を引き抜くことを諦め、シェルターへと戻る。そして、いつものように膝を抱え、ゆっくりと眠りにつく。
「明日は今日よりも前に進めそうだよ」




