195 洞窟の爛れ人
「僕の後ろに隠れて前に出ないでください」
真っ赤な猫耳にお願いする。
正直、この猫耳を守りながら戦い続ける余裕なんて……ない。
「わ、分かった」
真っ赤な猫耳は分かってくれたようだ。
しかし、その後に言葉が続く。
「後ろから援護をする!」
本当に分かってくれたのだろうか。
無茶をしないと良いのだけれど……。
と、そこへ何かが飛んでくる。
何か?
決まっている。
飛んできたものを盾で弾く。
矢だ。
飛んできたものを目視できないほどの暗闇の中、次々と矢が飛ぶ音が聞こえてくる。音を頼りに飛んできた矢を盾で弾いていく。
弾く。
数が多い。
その中を炎が灯った木の槍が迫る。木の槍に灯る炎に照らされ、骨が見えるほど爛れた顔が無数に蠢いている。
爛れ人がこちらへと炎が灯る木の槍を突き出す。木の矢を盾で防ぎながら突き出された燃える木の槍を緑鋼の槍で弾く。
矢だけではなく、次々と炎を灯した木の槍が迫る。
数の暴力だ。
と、その中の燃える木の槍の一つが倒れた。
誰かが助けに来てくれた?
いや、違う。
飛んできた矢を受けたようだ。爛れ人が鳥のようにきぃきぃとわめいている。
……こいつら、あまり知能は高くないようだ。
矢が飛んでくる。
後ろに控えている弓を持った爛れ人は前衛の槍を持った爛れ人に当たろうがお構いなしらしい。
無茶苦茶だ。
しかし、それでも、迫る無数の槍は厄介だし、飛んでくる木の矢は邪魔でしょうがない。盾があって良かった。
盾で矢を防ぎ、緑鋼の槍で相手の槍を防ぎ、防ぎ、防ぎ……反撃が出来ない。防ぎながら先ほどのような相手の自滅を待つしか無い。
「再生と破壊の神フレイディア、世界を壊し新しき力となり我が敵を貫く力をトバセ――ファイアアロー!」
自分の後ろに隠れていた真っ赤な猫耳の呪文。
生まれた炎の矢が飛ぶ。
炎の矢は壁のようになっている槍を持った爛れ人を越えて、その後ろに隠れている弓を持った爛れ人に刺さる。
「やった!」
その弓を持った爛れ人が倒れる。
しかし、攻撃を行ったことで真っ赤な猫耳が相手の注目を浴びてしまったようだ。そちらへと矢が飛ぶ。
「しゃがんで!」
真っ赤な猫耳を押さえ込むようにしゃがませ、飛んでくる矢を盾と体を使って防ぐ。盾で防ぎきれなかった矢が体に刺さる。
痛いっ!
しかも、それを好機だと思ったのか槍持ちまで襲いかかってくる。緑鋼の槍を横薙ぎに振り払い、迫る木の槍を打ち払う。
「あ、あの……!」
真っ赤な猫耳が震えたような声を出している。
……。
「厄介な弓持ちが一人減りました。この調子でお願いします」
猫耳を庇うように覆い被さっていた状態から立ち上がり、緑鋼の槍と盾を構える。
「で、でも、矢が……」
相手の矢は背中に刺さっているようだ。今、引き抜くのは不味い。抜くなら、ここを切り抜けてからだ。
「後でお願いします。それよりも、さっきのはまだ出来ますか?」
「も、もちろん!」
「お願いします。弓持ちが居なくなれば、目の前の槍持ちは何とかなります」
「分かった!」
ここからは守り重視だ。
せめて、ここがもう少し明るければ、飛んでくる矢の軌道を見切ることも出来るのだけれど……。
まぁ、贅沢は言ってられない。
防ぐ。
防ぐ。
ただ防ぐ。
「再生と破壊の神フレイディア、世界を壊し新しき力となり我が敵を貫く力をオネガイ――ファイアアロー!」
真っ赤な猫耳の呪文とともに炎の矢が飛ぶ。
「すぐに隠れて!」
真っ赤な猫耳がこちらの背中に隠れる。
盾を前に出し、飛んできた矢を防ぐ。その数は先ほどよりも減っている。
防ぐ。
真っ赤な猫耳が炎の矢を飛ばし、弓持ちを攻撃する。
何度か繰り替えすうちに飛んでくる矢の音は聞こえなくなった。
……。
ここからは、こちらの番だ。
反撃だ。
槍持ちが手に持った燃える木の槍を突き出してくる。それを盾で弾く。相手がよろめく。そして、そのまま緑鋼の槍でよろめいている爛れ人を貫く。
矢を防ぐために使っていた盾を、今なら槍を防ぐために使える。これで防御しながら攻撃が出来る。
後は殲滅するだけだ。
槍持ちの爛れ人を貫いていく。
緑鋼の槍を振るい続け、やがて、周囲には動くものが居なくなった。
全て倒しきったようだ。
……疲れた。
「倒しきったと思います」
「でも矢、矢が……」
真っ赤な猫耳の声が震えている。敵を倒しきったのに、まだ何かあるのだろうか?
「背中の矢……」
あ!
戦いに夢中で忘れていた。背中に矢が刺さったままだ。
「引き抜いて貰っても良いですか?」
「わ、私が!?」
真っ赤な猫耳は驚いている。
背中に刺さっているから、自分よりも誰かに抜いて貰った方が楽なんだけどな。
「はい。鏃のない木の矢なので、そのまま引き抜いてください」
相手の矢は先を尖らせただけの簡単な矢だ。これなら変な風に引き抜いて鏃が体の中に残るような心配もない。
「わ、分かった……」
真っ赤な猫耳が力を入れて矢を引き抜く。
「くっ」
「あ、え、痛かった?」
そりゃあ、痛い。痛いけど……。
「気にせず抜いてください」
「分かった。任せて!」
真っ赤な猫耳が矢を引き抜く。後の傷は神法で癒やしの力を増幅させる。時間をかければ、傷は塞がるだろう。
「抜き終わった!」
真っ赤な猫耳が額の汗を拭っている。
「ありがとう」
お礼を言うと真っ赤な猫耳が首を横に振った。
「ううん。この怪我、私のせいで……」
確かに真っ赤な猫耳が居なければ――自分一人だったなら、怪我を負わずに切り抜けられただろう。でも、この真っ赤な猫耳が居たから、楽に弓持ちを倒すことが出来たのも確かだ。
「あの炎の矢は役に立ちましたよ」
「……でも」
真っ赤な猫耳は顔を伏せている。
「えーっと、とりあえず外に出ることを優先しましょう」
そうだ。ここはまだ敵地だ。
のんびりしている暇はない。
「わ、分かった。そうね、そうよね!」
「というわけで、明かりを頼みます」
「任せて!」
野営の準備中に軽く探索を行うつもりが大変なことになった。
まずは岩によって塞がれた洞窟の入り口の方を確認する。
うん、大きな岩によって塞がれている。
何処からこの岩がやって来たのかは分からない。しかし、今は、それは重要じゃない。
軽く叩いてみる。
中までぎっしりと詰まった岩のようだ。壊すのは骨が折れそうだ。他の道がないかを探した方が良いかもしれない。
それでも駄目なら壊すということで。
「これを壊すのは大変そうです。洞窟の奥に道がないか探してみましょう」
ここしか出入り口が無いとは思えない。もし、そうなら、奴ら、たった一つの出入り口を塞いだことになる。いくら知能が低そうでも、さすがにそれはないだろう。
先ほど爛れ人と戦った広間を調べると、その奥に道が見えた。
「ここから奥に進めそうです」
真っ赤な猫耳が灯した炎の明かりを頼りに洞窟を進む。
奥へと進む。
緩やかな登り坂だ。天然の洞窟ではなく、岩を削って作ったからか、道はぐにゃぐにゃと曲がりくねっている。
洞窟を進む。
しばらく道なりに洞窟を進み続けるとほのかな明かりが見えてきた。
……外の明かり?
谷の底は薄暗い。それでも、この洞窟の中よりは明るい。もしかすると、その外の明かりかもしれない。
注意しながら明かりへと進む。
そこは、洞窟の出口だった。
敵が居ないか注意しながら周囲を見回す。
……気配はない。
外だ。
洞窟の外に出る。
……ここは?
どうやら崖の上に出たようだ。
周囲を見ると自分が出た穴と同じような穴がいくつも空いている。あの先が、爛れ人の住処になっているのだろうか。
ただ、今は、どの穴にも爛れ人の気配がない。
崖の方へと近づく。
この下が、ここを何とかして降りればカノンさんたちと合流出来るはずだ。
そして、崖から、その下を見て……絶句した。
そこには破壊の跡が渦巻いていた。
何かの襲撃があったのか、海草がいくつも倒れている。
そこには激しい戦いの跡だけがあった。
ま、まさか……!