189 合流する
食料や水、鍋などの調理器具を背負い袋の中に入れる。今回はスコルが協力してくれるのが沼地までなので、持って行ける荷物の量が限られてしまう。ただ、1週間分の食料となると、ギリギリまで切り詰めても結構な量になってしまった。
戦う為の緑鋼の槍や氷雪姫を自分で持って、盾も持って――結構な重さだ。
現地で綺麗な水が見つかるか、食べられる物が見つかれば良いのだけれど……。
大丈夫だろうか?
どうしても不安が残ってしまう。
スコルが、スコルが……うん、ううん、どれだけスコルに助けられているか、だよね。
そこでスコルに取り付けられた荷台に乗っている赤と青の二人を見る。
この二人が戦いでは役に立たないとしても、荷物持ちとして役に立ってくれたらなぁ。
「な、何よ! こっちを見て」
ため息しか出ない。
結局、二人とも着いてくることになったけれど……。
あー、うん。戦いの邪魔にならなければ、それで良しとするかな。
「いえ、出発しますね」
まぁ、何にせよ、準備は終わった。この赤と青の二人、覚悟は決めていると言うことだから、その言葉を、それを信じるしかない。
「分かったわ」
「お願い……します?」
青がゆっくりと首を傾げ、赤が力強く頷く。
では、沼地を目指して出発だ。
「スコル、お願い」
スコルの背に跨がり、その首筋を撫でる。
「ガルルル」
スコルが任せろという感じで吼える。
さあ、出発だ。
リュウシュの皆さんの見送りは……無い。朝が早いのでリュウシュの皆さんはまだ眠っている。
でも、自分は、それを薄情だとも、寂しいとも思わない。彼らには彼らの生活があり、そして、それが、自分が無事に帰ってくることを信じてくれているからこその行動だと知っているからだ。
まぁ、亡霊くらいは来てくれも良い気がするけれど。
多分、アレは、引き籠もっていてわざわざ出てくるのは億劫だと思っているのだろう。薄情だ。
「ガルルル」
スコルが駆け、西の森へと踏み入る。
薄暗い森の中を駆け抜け、やがて沼地が見えてくる。
スコルの走る速度が落ちていく。前回のように急停止しないようにという配慮だろう。
『ソラよ!』
と、そこで突然、銀のイフリーダの声が頭の中に響いた。
警告!?
一瞬にして気持ちが切り替わる。
スコルの鞍にある緑鋼の槍を引き抜く。
そして、それを待つ。
……。
……。
……来たっ!
集中し、飛んでくる、それを――それの軌道を見極める。
そして、手に持った緑鋼の槍を回し、飛んできた『それ』の軌道を逸らす。
それは木の槍だった。
軌道を逸らした木の槍が腐った落ち葉の地面へと突き刺さる。
次は……来ない。
ならば!
「ガルルル」
スコルが動く。地面に突き刺さった木の槍の近くまで動いてくれる。ただ、荷台がある分、動きにくいようだ。スコルの動きが鈍い。スコルに乗ったまま戦うことは出来ない。
体を、スコルの背から落ちそうなほど斜めにずらし、地面に突き刺さった木の槍を拾う。
目を閉じ、マナの流れを読む。
沼地の方側――そこに大きなマナの流れが四つほど存在している。その中でも一際大きく、綺麗なマナの流れが見える。
これだ。
これで間違いない。
手に持った木の槍を構え、そちらを目掛けて投げ放つ。
木の槍が空気を切り裂き、風を貫いて飛ぶ。
そして、それが何かによって弾かれた。
……。
動く。
大きなマナを持ったそれが飛ぶ。こちらとの距離はかなりあったはずなのに、どういう移動をしているのか――動きをしているのか、それが一瞬にして消える。
迫る。
空から巨大な蜘蛛の前足が降ってくる。
「ガルルル」
スコルが動く。
スコルが蜘蛛の前足による一撃を、その口で、牙で受け止める。力では負けていない。
スコルから今度は負けないという強い想いを感じる。
そして、その蜘蛛の上から受け止めることも、逸らすことも出来ない必至の一撃が放たれる。
しかし、その時には、自分の体は、すでに空にある。スコルを踏み台にして飛び上がっている。
振り下ろされようとしていた一撃が、スコルの眼前で止まる。それはスコルへの攻撃をためらったわけではない。スコルを攻撃するよりも、飛び上がった自分を危険だと思ったから、こちらを優先するため止めたに過ぎない。
細身の剣の軌道が変わる。
迫る刃。
前回は負けた。
でも、今回はっ!
背中の氷雪姫を引き抜く。
緑鋼の槍を回し迫る刃を逸ら――しきれないっ!
いや、無理なのは分かっている。
分かっていたっ!
そこへ氷雪姫を差し込む。
氷の刃が迫る細身の剣を横から打ち据える。
細身の剣の軌道が逸れる。
前回、戦った時に銀のイフリーダが教えてくれた。
要は『間』だと。
こちらの攻撃を防いでいるのは、相手の攻撃が防げないのは、細身の剣の力じゃない、相手の技量だ。だから、こうやって間を挟み、ずらせば簡単に防ぐことが出来る。
そのまま体を捻り、空中での態勢を変え、相手の背中に着地する。
「んほぅっ!」
その相手が変な叫び声を上げた。
「これはどういうことですか?」
緑鋼の槍と氷雪姫を、相手の人の姿をした上半身へと突きつける。
「用意して無い時に背に乗るのは勘弁して欲しいのだ。潰れるかと思ったのだ」
蜘蛛の上に乗った人の上半身がこちらへと振り返る。
カノンさんだ。
今回、攻撃をしてきたのはカノンさんだった。
そして、そのまま蜘蛛の体がゆっくりと着地する。
「見るのだ」
カノンさんが後ろを、沼地の方を指差す。
そこには驚いた顔でこちらを見ている三人のメロウの姿があった。
「それが?」
カノンさんが口の端を持ち上げ笑う。
「あれらは相手の力量も読めぬ半端ものたちなのだ。上から言われたからと仕方なしに従っているような者達は使い物にならぬのだ。それどころか、寝首を掻かれるやもしれぬのだ」
……。
なるほど。
カノンさんの言葉を聞き、意味を理解した。
「茶番ですか」
「何を、何を。割と本気だったのだ。でなければ強きモノノフに対して失礼になるのだ」
カノンさんは笑っている。
「剣は大丈夫ですか?」
先ほど、思いっきり叩きつけてしまった。
「ソラが手を抜いてくれたから大丈夫なのだ」
カノンさんは笑っている。
……。
そういう、こと、か。
カノンさんが本当に命をかけるほどの本気だったのならば、こちらの二連撃すら何かの手段を用いて防いでいたのかもしれない。先ほど言ったようにカノンさんは、手を抜いてくれた訳ではないのだろう。しかし、命をかけるほどではなかったから、甘んじて受けてくれた訳だ。
届いたかと思ったが、まだまだ差があるようだ。