019 練習
日が暮れるまで練習を続ける。
『ソラよ、あまり根を詰めるのは逆効果になると思うのじゃ』
構え、投げようと持ち上げていた木の槍を、ゆっくりと、降ろす。
「うん、分かったよ。今日はこれで休むことにするね」
シェルターの中で膝を抱えうずくまり、そのまま頭を深く沈めて眠りにつく。
朝、目が覚めると体に痛みが走った。右腕が重く、動かすと痛みを感じる。怪我をした時のような痛みではなく、中からじんじんと響くような痛みだ。
「もしかして筋肉痛?」
昨日の練習が良くなかったのか、普段使っていない体の部分に大きな負担がかかったのかもしれない。それでも我慢して立ち上がる。
「まずは顔を洗って、その後は、魚を捕らないと、だね」
いつものように魚を捕り、捌く。すると、捕った魚の一匹が、その体の中に小さな青い結晶を持っていた。
「イフリーダ、これ」
『うむ。かなり小さいがマナ結晶なのじゃ』
「だよね。やっと見つかったね。うーん、予想していたけど魚では見つかりにくいね」
『うむ。この湖の表層に住んでいる魚は殆どが魔獣化しておらぬようなのじゃ』
「魔獣化?」
『うむ。マナ結晶を持つものは魔獣なのじゃ。まぁ、人の中にも……いや、今はそれはよいのじゃ。ソラよ』
「うん。イフリーダ、どうぞ」
青い結晶をイフリーダに渡す。イフリーダは小さな青い結晶を器用に口でくわえ、そのまま飲み込む。
「でも、いきなり見つかるなんて、今日は幸先が良いよね。うん、良いことがありそうだ」
いつもの日課を終え、窯の火入れを行うことにする。
窯の中に拾ってきた枯れ枝を入れ、火を点ける。火が大きくなるごとに枯れ枝を追加していく。火は強く、赤く、青く、窯の中で踊る。
「うーん。窯の口が開けっぱなしなんだから、もしかして煙突を作る必要は無かったのかなぁ。まぁ、意味が無かったら、うん、最悪、煙突の上に蓋をしようかな」
窯の様子を確認しながら木の槍を握る。
『ふむ。ソラよ、今日はどうするのじゃ』
「前回は、窯の様子を見ずにそのまま森の探索に行って失敗したからね。今日は、ここで投げ槍の練習をするよ」
『ふむ。ソラよ、少し体の動きが鈍いように見えるのじゃ。あまり無理は……』
イフリーダの言葉を手で止め、首を横に振る。
「ううん。大丈夫。ただの筋肉痛だよ。痛みが取れるように、神法? 例の力も使っているから、すぐに治ると思うよ。それに、今まで体を酷使してきたはずなのに、今更というか、筋肉痛になっていない方がおかしかったくらいだから、うん、大丈夫」
『ふむ。それでもなのじゃ。ソラよ、無理は禁物なのじゃ』
「うん。了解だよ」
イフリーダの言葉に気合いを入れ直し、深呼吸をして、改めて木の槍を握る。
的代わりの木に狙いを定め、木の槍を投げ放つ。
木の槍が飛び、狙った木に当たり、そのまま跳ね返っていた。
『ソラ、命中なのじゃ』
「うん。だけど、こうじゃないよね。これは、ただ力を入れて投げただけ。あの時は、もっと自然な感じだったはず……」
『うむ。神技は人の技の先にあるものなのじゃ』
「うん。でも、それを人の力で――自分の力で行わないと駄目なんだよね」
『うむ。ソラには期待しているのじゃ』
「頑張るよ」
転がった木の槍を拾い、的代わりの木から距離を取る。先ほどと同じように木の槍を構える。
もっと自然に。
体の中の力が、この槍を通して、槍の中に流れるように、そのまま射線上の的に突き刺さるように――
狙う。
木の槍は、手を離れ、まっすぐに飛び、的代わりの木に当たって跳ね返っていた。
「駄目か」
『ソラよ、一日二日で習得されてしまっては神のありがたみがなくなってしまうのじゃ』
「さっきと同じ話になるんだけど、うん――普通は神? の力を借りないと使えないんだよね。でも、自分は、それが頑張れば人でも使えると知っている。焦ったら駄目なのは分かるけど、それでも何とかしたくなるんだよね」
もう一度、転がった木の槍を拾い構える。腕の痛みは――筋肉痛はすでに収まっている。これなら何度だって練習が出来るはず。
何度も、何度も繰り返す。
「ねぇ、イフリーダ。この技なら、あの大蛇に通用すると思う?」
『ふむ。狙う場所によっては、だと思うのじゃ』
イフリーダの言葉に、手に持った木の槍を見る。ただ先を尖らせただけの木の棒だ。槍と言うには原始的過ぎる得物。
「武器がこれだもんね……」
でも、それでも、これは槍だ。
今、自分が持っている数少ない武器だ。
「大蛇の狙う部位によっては通用するんだよね。なら、勝てる可能性はある」
『ふむ。我も、それは間違いないと思うのじゃ』
木の槍を強く握る。
必ず習得して――勝つ。
「と、そうだ。こっちも大事だけど、窯が! 忘れていた!」
慌てて窯へと近寄り様子を見る。
ぱっと見た感じでは窯の何処もひび割れているようには見えない。
「これなら大丈夫かな」
しかし、中の火はかなり弱くなっているようだ。
「うーん、ちょっと夢中になって練習をやりすぎたかな」
背負い籠をもって東の森へと入り枯れ枝を集める。たっぷりと集める。集めた枯れ枝の一部を窯の中に入れ、残りをシェルターの横に並べる。
「雨が降らないと信じて……」
『そうじゃな』
「それにしても不思議だよね」
『何がなのじゃ』
「いや、たくさんの枯れ枝や落ち葉が落ちていることだよ。そのおかげで助かっているけど、何か、そんなたくさんの枝が落ちるようなことがあったってことだよね」
『ふむ。ソラは前もそんなことを言っていたと思うのじゃ』
「そうだったかな? でもね、不思議じゃないかな。木の枝がたくさん落ちるくらいに木が入れ替わっているとしたら、それだけの年数だもん、土に帰ってないのはおかしいと思うよ。となると、これって、結構、最近の出来事だよね。うん、木の枝が大量に落ちるような出来事があったということだよね」
『ふむ。確かにそうなのじゃ』
窯の中では強くなった火が踊っている。
「しっかりと燃えている。うん、この様子なら、窯は大丈夫そうだね」
窯の状況も確認出来たので練習に戻る。
「感覚が手に残っている間に……」
『ふむ。ソラならば、すぐにも、神技をものにしそうなのじゃ』
何故か、イフリーダは呆れたように大きなため息を吐いていた。
そんなイフリーダを横目に木の槍を構える。
頑張ろう。
ただ練習あるのみ、だ。