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ソライフ  作者: 無為無策の雪ノ葉
希望の谷
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180 悔しさ

「スコル、前」

「ガルルル」

 スコルが頷き、駆ける。


 人の上半身を持った巨大蜘蛛を間合いに入れたところでスコルの首筋を撫でる。スコルがこちらの意図をくみ取り、足を止める。

 構えた緑鋼の槍を捻り、螺旋を描くように鋭い突きを放つ。


「スコル、右に薙ぎ払って」

 巨大な蜘蛛はこちらの動きを読んでいたかのように、その巨体が横へと滑り、螺旋の一撃を回避する。そして、そこへスコルが薙ぎ払った石の両手剣が迫る。


 読んでいたのはこちらだ!


 巨大な蜘蛛が大きな前足を持ち上げ、スコルが薙ぎ払った石の両手剣の一撃を受け止める。


 え? 受け止め……た?


 攻撃を受け止めた巨大な蜘蛛の人の上半身側の顔が驚きの表情を作る。


 蜘蛛の方ではなく、上にくっついている人の方が?


 いや、この隙にっ!


 もう一度、緑鋼の槍を構え、螺旋を描く突きを放つ。


 しかし、人の上半身を持つ巨大蜘蛛は驚きの表情のまま、体が別の意識を持っているかのように後ろへと大きく滑り、その攻撃を回避する。


 またしても糸を使って逃げられた?


 まずは見えない糸を何とかするべきか? しかし、その糸の正体が分からない。見えないものを何とかするのは無理だ。


 どうするのが正解だろう。


「ガルルル」

 スコルが小さく唸り、ある程度、目が見えるようになってきたと教えてくれる。


 ……。


 まずは相手の動きを把握するべきだ。


 よく見る。


 全ての基本だ。


 と、そこで巨大な蜘蛛の動きが止まった。そして、蜘蛛の頭の上にある人の上半身が長い黒髪を掻き上げ、口を開く。

「狼魔獣のオマケかと思えばヒトシュの癖に意外と厄介なのだ」

 喋った?


 まさか、言葉が分かる?


 喋る知能のある魔獣? いや、もしかして魔獣じゃないのか?


「言葉が分かるんですか?」

 話しかける。


 言葉が分かるなら、まずは対話だ。


 すると、相手は驚きの表情をこちらに向けた。

「ヒトシュが言葉を解すとはいよいよもって奇怪なのだ」

 言葉を理解している。


 それなら……。

「戦いを止めませんか?」

 すると蜘蛛の上の人は首を傾げた。

「何故、なのだ?」

「戦うことが無意味だと思うからです」

 蜘蛛の上の人がニヤリと笑う。

「領域に侵入してきたヒトシュを罰することは無意味ではないのだ」

「知らずに入り込んだことは謝ります。ただ……」

 蜘蛛の上の人は首を横に振る。


「力なきヒトシュが言葉を重ねるのは無意味なのだ。自分の意志を押し通すというのならば、力を示すのだ」

 蜘蛛の上の人が笑い、その下にある蜘蛛も鋭い牙を光らせ、笑う。


 ……。


 戦うしかないようだ。

「分かりました」

 スコルの首筋を撫でる。スコル、やろう。


 力を見せて、分かって貰う――それしかない。


 スコルが巨大な蜘蛛を目掛け、駆ける。咥えた石の両手剣による一撃。


 それを巨大な蜘蛛は空へと浮かび回避する。

「スコル、そのまま前に」

 しかし、スコルは前ではなく、横に飛ぶ。


 何故?


 今なら相手の後ろが取れたかもしれないのに?


 と、そこで気付く。


 沼?


 もしかして前方の足元が沼になっている?


 飛び上がった巨大蜘蛛が動く。すいすいと空中を滑るように動く。


 足を動かさず、予備動作もなく、どうやって……?


 と、そこで気付く。


 蜘蛛にくっついた人の形をした上半身に注意が行き、見えなくなっていたが、その蜘蛛の腹部、お尻の辺りが微妙に動いている。


 蜘蛛の体は人のオマケじゃない!


 もしかして!?


 蜘蛛はこちらからの攻撃を逃れるように、滑るように動く。よく見れば、体が滑る方向とは逆方向にお尻の部分が動いている。


 見ろ、見ろ、見ろ、見極めろ。


 お尻が右に動く。


「スコル、左!」

「ガルルル」

 スコルが左に飛ぶ。巨大な蜘蛛が滑った方向を追い詰めるように攻め込む。


 ここでっ!


 スコルが口に咥えた石の両手剣を、

 自分が手に持った緑鋼の槍を、


 ――っ!


 人の方の顔が眉をしかめる。


 そして、


 スコルが咥えた石の両手剣が巨大蜘蛛の前足に受け止められ、

 緑鋼の槍が人の持っていた細身の剣によって受け流されていた。


 細く、反りのある簡単に折れそうな剣が、こちらの必殺の一撃を簡単に受け流した?


 そんな!?


 いや、ここで決める。


 緑鋼の槍を引き、突き出す。


 突く、突く、突く、突く。


 スコルも咥えた石の両手剣を振り回す。


 相手の細身の剣が器用に緑鋼の槍から放たれた突きを受け流していく。

「足を止めれば勝てると思ったところは、所詮、ヒトシュなのだ」


 突く。


 突きを放つ。


 緑鋼の槍を引き戻し、突く。


 簡単に折れそうな細身の剣が緑鋼の槍の一撃を受け流す。その速度が上がっていく。


 こちらが攻撃していたはずなのに、いつの間にか、こちらが相手の攻撃を受け流すので精一杯になっている。

 次々と鋭い斬撃が飛ぶ。緑鋼の槍を回し、攻撃を逸らし、防ぐ。


 回転が追いつかない。


 そして、激しい流れが止まる。


 相手が細身の剣を上段に構えている。


 そして、振り下ろす。


 とっさに緑鋼の槍を水平に構え、受け止めようとする。


 体が潰れそうな一撃が両手にのしかかる。


 ゆっくりと、上段、水平に構えた緑鋼の槍を見る。緑鋼の槍が相手の細身の剣を受け止めている。


 !?


 驚く。


「武器に助けられたのだな」

 緑鋼の槍は確かに相手の一撃を受け止めていた。しかし、緑鋼の部分は切り裂かれ、中に詰めていた重鋼の部分が剥き出しになっていた。中が詰まっていない槍だったら、切断されていた。


 相手の一撃は恐ろしく硬いはずの緑鋼を切り裂いている。


 こんな、こんな、ことが……。


 相手が反りを持った細身の剣を水平に構える。そして、伸ばす。


「ヒトシュよ、その弱さを悔いて死ぬのだ」


 音を置き去りにしたかのような突き。


 とっさに緑鋼の槍で受け止める。


 が、受け止めきれない!


 その一撃によって吹き飛ばされる。


 スコルの背から宙へ。


 空を舞う。


 相手の蜘蛛足と打ち合いを続けていたスコルが、吹き飛ぶこちらの姿の気付き、振り返る。


 スコル、駄目だ!


 その一瞬の隙をつかれ、スコルが蜘蛛の前足に叩き潰される。


 自分の体が腐った落ち葉の上を転がる。口の中に血の味と腐った落ち葉の苦みが広がる。


 ……固い地面じゃなくて良かったと思うべきか。


 勝てない。


 技術も、速度も、単純な力量も、全て相手の方が上だ。


 ……。


 今の自分では勝てない。


 ……。


 殺される。


 ……。


『イフリーダ……』

『うむ』

 腐った落ち葉の上で寝転ぶ自分をのぞき込むように銀のイフリーダの顔があった。


『力を貸して』

『うむ。任せるのじゃ』

 銀のイフリーダが寝転がっている自分の首へと手を伸ばす。


 悔しい。


 自分の力で勝てないことが悔しい。


 でも、生き延びなければ、次はない。次は勝てるかもしれない。でも、死んでしまえばその挑戦すら出来ない。


 体が動き、上半身を反らして飛び上がるように起きる。


 重みのある緑鋼の槍を片手で持つ。


 駆ける。


 体が勝手に動く。


 銀のイフリーダの力。


 スコルを押さえつけている巨大蜘蛛へと駆ける。


 そして、突きを放つ。


 鋭いだけのただの突き。


「無駄なのだ」

 巨大蜘蛛の上にある人が手に持った反りのある細身の剣で受ける。先ほどまでと同じように受け流され――ない!?


 突きを受け止めきれず、相手の人型が体勢を崩す。

「な、何をしたのだ!」


 自分の体が飛び上がり、回る。


 スコルを押さえつけていた巨大蜘蛛の顔に回転させた蹴りを放ち、吹き飛ばす。

『ソラよ、要はタイミングなのじゃ。相手が力を受け流す瞬間を狙い、少しだけヒットのタイミングをずらし、力を流し込むのじゃ』


 吹き飛んだ巨大な蜘蛛が空中で止まった。


「ガルルル」

 押さえつけられていたスコルが頭を振り、起き上がる。その背に飛び乗る。


『行くのじゃ』

「スコル、倒すよ」

 スコルがゆっくりと頷き、駆ける。


 空中で静止している巨大蜘蛛に迫る。


 そして体が動く。


 左手でスコルの頭を無理矢理押し込んだ。走っていたスコルの体が沈む。その上を巨大な蜘蛛の前足が通り抜ける。

「何故、回避出来るのだ!」


 そして、その間に自分の体は宙にあった。スコルを踏み台にして飛び上がっている。


『神技ラムダクラスター』

 空中で相手に突きを放つ。


 無限の突き。


 巨大な蜘蛛の上にある人の上半身が細身の剣で突きを受け流す。

「何度やっても同じなのだ」

 無数の突きを受け流す。


 が、徐々にその速度に押されていく。


 まるで空中に浮いたまま突きを放ち続けているようだ。


「な、な、な、な、なんなのだ!」

 細身の剣が突きを受け止めきれず、吹き飛ぶ。


『まだまだ回転は上がるのじゃ!』

 無限の突き。


 巨大な蜘蛛が慌てて前足を上げて、その突きを受け止める。が、その堅い殻が突きによって削られていく。


「ひ、ぎぃ」

 空中にあった巨大な蜘蛛が吹き飛ぶ。


 それを追いかけるように駆ける。腐った落ち葉の上を、そうと感じさせないように静かなまま駆ける。


 吹き飛ばされ蜘蛛の巨体が力なく横たわっている。その目の前に宙を舞っていた細身の剣が突き刺さる。


 横たわった蜘蛛から伸びた人型の上半身がゆっくりと突き刺さった細身の剣へと手を伸ばす。


 銀のイフリーダが体を動かし、緑鋼の槍を叩きつけ、細身の剣を叩き折る。


 細身の剣へと伸ばしていた蜘蛛人の手が、ゆっくりと力なく――垂れ下がる。


 蜘蛛の頭部にあった人がこちらを見る。

「くっ、殺すのだ」

『うむ』

 手が動く。


 人の頭部を目掛け、鋭い突きが放たれる。


 駄目だ。


 殺しちゃ駄目だ。


 駄目だっ!


 勝手に動いた手を、銀のイフリーダが動かしている自分の体の支配権を無理矢理取り戻す。


 緑鋼の槍の突きが相手の額にあった三角の形の額当てを打ち砕く。が、そこで突きが止まる。


 間に合った。


「何故、殺さないのだ」

 額から小さく血を流した蜘蛛人がこちらを見る。


「これで話を聞いてくれますよね」

 何とか勝てた。


 でも、銀のイフリーダの力を借りなければ負けていた。


 こんなのは……。


 ……っ!


 いつか、自分の力で勝てるようになりたいな。

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