179 妖艶なる魔獣
緑鋼の槍を構える。
沼地から次の槍が飛んでくる。
今度はしっかりと飛んできた槍の姿が見えた。
方向も!
今度も逸らすっ!
飛んできた槍を緑鋼の槍で受け、回転して逸らす。飛んできた槍は軌道が逸れ、腐った落ち葉に突き刺さる。
これで飛んできた方向、おおよその位置は分かった。
さらに次の槍が飛んでくる。
構えた緑鋼の槍を回すように動かし飛んできた槍を逸らす。今回の槍も腐った落ち葉に突き刺さる。
次は……無い。
次は撃たせないっ!
スコルの背から体を大きく横にずらし、地面に突き刺さった相手の槍を引き抜く。
三回も攻撃を受ければ、相手の位置は特定できる。
今度はこちらの番だ。
引き抜いた相手の槍を投げ放つ。
――神技っ!
木製の槍が空気を切り裂き、沼地の上を飛ぶ。そして、腐った落ち葉が積み上がった沼地に突き刺さり、その腐った葉っぱを周辺へとまき散らす。
しかし、それだけだ。
手応えがない。
外した!?
いや、相手の近くには飛んだはず。こちらにはまだ相手が飛ばしてきた槍が残っている。残弾はある。
「スコル」
「ガルルル」
スコルがこちらの意図をくみ取り、刺さった槍の近くへと動く。体を斜めにして次の槍へと手を伸ばし、そのまま引き抜く。
目を閉じ、マナの流れを見る。
沼地の中に無数の小さなマナの結晶の流れが見える。毒の沼地の中で暮らす魔獣だろうか? でも、その輝きは小さい。
これじゃない。
探せ。
見つけるんだ。
……。
その中でひときわ綺麗に輝く、マナの結晶の煌めきを見つける。
これだ。
手に持った槍を構える。
そして、投げ放つ。
槍が飛ぶ。
空気を切り裂き、唸りを上げ、飛ぶ。
音。
確かな手応え。
ゆっくりと目を開ける。
飛び放たれた槍の勢いによって舞っていた腐った落ち葉の壁に大穴が開き、その向こう側が見える。
大穴の先、そこでは飛ばした槍を噛み咥えた巨大な甲殻に覆われた顔があった。その顔が槍をかみ砕く。
舞い散っていた落ち葉が吹き飛び消える。
何かが大きな力で薙ぎ払った?
消えた落ち葉の先――そこに居たのは八本の節足を持ち、硬い甲殻に覆われた魔獣の姿だった。
硬い甲殻に覆われた長く鋭い四対の足。前足と後ろ足が長く、その四対の足とは別に頭部には触角のような前足が伸びている。
鋭い牙を持った丸まった頭部には宝石のような八つの瞳が赤く輝いている。
別の部位に見えるような丸まった胴体と腹部。
……。
――蜘蛛だ。
そう、相手は蜘蛛の形をしている。
しかし、一つだけ異質なところがあった。
蜘蛛の頭部から人の上半身が生えている。
長く伸びた黒髪、鋭い瞳、三角の形になっている金属の額当て、金属鎧、反りを持つ細長い剣……。
最初は巨大な蜘蛛に騎乗しているのかと思ったが、その人の形には下半身が見えなかった。巨大な蜘蛛と繋がっているようにしか見えない。
こんな巨体が、この沼地の何処に隠れていた?
何処から現れた?
相手の持つ反りを持った細身の剣が舞っていた落ち葉を切り払う。そして、すぐさま、もう片方の手に持った木の槍を投げ放った。
しなり弧を描いて飛んでくる木の槍。
相手側には、もう木の槍は見えない。
これが最後の一本だ。
――早いっ!
すぐにこちらへと迫る木の槍。
恐ろしい勢いだ。
しかし、遅いっ!
今の自分には――飛んでくる木の槍の姿がゆっくりと、時が止まったようにしっかりと見えていた。
構えた緑鋼の槍を回し、飛んできた木の槍を逸らす。軌道の逸れた木の槍が腐った落ち葉に突き刺さる。
これで相手には飛び道具がなくなった。こちらには相手が投げ放った木の槍がまだ残っている。
こちらからは攻撃が出来るぞ!
さあ、どうする?
相手が動く。
落ち葉が積もった沼地の上を滑るように、蜘蛛の巨体がこちらへと迫る。
早いっ!
相手の蜘蛛足は動いていない。
どうやって沼地の上を動いている!?
よく考えれば巨体が沼地の中に沈んでいないのもおかしい。
どうなっている?
こちらの眼前に迫り、蜘蛛が前足を持ち上げる。
「ガルルル」
スコルが横に飛び、巨大蜘蛛の前足を避ける。
その蜘蛛の前足が、そのまま横へと滑る。蜘蛛の前足が振り下ろされる。スコルが慌てて咥えた石の両手剣で蜘蛛の前足を受け止める。
そして、そのまま弾き飛ばされ、スコルが飛ぶ。
――スコルが地面を滑るように着地する。
「スコル、気を付けて」
「ガルルル」
スコルが頷く。
にしても、今の攻撃は?
躱したと思ったはずの攻撃が、そのまま横に滑って眼前に……来た?
どういうことだろう?
蜘蛛の上にある人がニヤリと笑う。そして、自身とくっついている蜘蛛の頭部を優しく撫でる。
『ソラよ、後ろに飛ぶのじゃ』
銀のイフリーダの声が頭の中に響く。
スコルを置いて逃げろってこと?
そんなこと出来るわけがない。
「スコル! 後ろに!」
「ガルル」
スコルが吼え、慌てて後方へと飛ぶ。
蜘蛛の口が開き、そこから紫色の毒々しい液体が吐き出される。体勢を崩していたため、反応が遅れたスコルは、その吐き出された液体の一部を顔に浴びてしまう。
スコルが慌てて前足で顔を拭う。
「ガウルル」
スコルが、目が開けられないという感じで唸る。
スコルの目が封じられた?
スコルの頭に手を置く。
「僕が目になるよ」
そして、なるべく早く治るように神法でスコルの癒やしの力を活性化させる。
またしても蜘蛛が迫る。
滑るようにこちらへと迫る。
迫る蜘蛛の頭を狙い緑鋼の槍による突きを放つ。
しかし、その巨大な蜘蛛の体、消える。
消えた!?
違う、上だっ!
巨大な蜘蛛の体が上空に浮いている。一瞬にして飛び上がった?
でも、そんな予備動作なんて無かった。
見えなかった!
いや、それどころじゃない!
「スコル、右に飛んで」
「ガルル」
スコルがこちらの言葉に反応して右方向へと飛ぶ。
上空からまたしても毒液が吐き出される。
厄介なっ!
蜘蛛がゆっくりと上空から降りてくる。
どうなっているんだ!?
『ソラよ』
銀のイフリーダの声。
体が動く。
手に持った緑鋼の槍を地面に突き刺す。そして、そのまま振り上げる。土と腐った葉っぱが舞う。
『見るのじゃ』
そして、その舞った落ち葉は空中で何かに切断されていた。
……糸?
もしかして!?
あの蜘蛛が浮いたり、横に滑ったりしているのは、この見えない糸を使っている?
ここは、あの人の姿を持った巨大な蜘蛛の狩り場。
準備は万端だったわけだ。
……。
落ち着いて対処すれば気付いていたはずだ。
見えていたはずだ。
『ありがとう、イフリーダ。ちょっと冷静になったよ』
緑鋼の槍を構える。
そして、スコルの首筋を撫でる。
「スコル、勝つよ」
「ガルルル」
目を閉じたスコルが頷く。
負けない。