018 違和感
いつもの日課を終え、改めて窯の様子を見る。
天井部分はひび割れてボロボロ、中から塗り込んだ粘土にもヒビが入っているらしく叩いたら簡単に崩れそうな状況だ。
「はぁ、やることが山ほどあるのにね。最初はこれからだよね」
まずは炭化していた枝を掻き出す。そして、窯の中に顔を入れ状態を確認する。
「何とかなるかな……ごほっ、ごほっ」
煤だらけの窯の中で喋ったからか、思いっきりむせてしまう。思わず飛び出した咳の勢いだけで窯の一部にヒビが入り、粉が落ちる。こんなちょっとしたことでも窯が崩れそうだ。慌てて窯の中から顔を引っ込める。
「中は煤だらけだけど、このまま、その上から粘土を塗り込んでも大丈夫なのかな。うーん」
『ふむ。ソラよ、どうしたのじゃ』
「いや、うん、大丈夫だよ」
兜の中に水を貯め、粘土質の土と混ぜ粘土にする。作った粘土を窯のなから塗り、補強していく。
次に天井部分の補強を開始する。
ヒビが入っている天井部分を全て粘土で埋め、手前側に穴を開ける。開けた穴の周りに沿って棒状にした粘土を○を描くように乗せる。さらにその上に、先ほどと同じように棒状に伸ばした粘土を乗せる。粘土を積み重ね、形を整えて煙突代わりにする。
「前側だから暖められた空気が逃げることもないと思うし、煙突の形をしているから……うん、これなら、ここからひび割れることもないはず。これで窯の補強は終わりかな」
『ふむ。ソラよ、次はどうするのじゃ』
「うーん、今日は、ちょっと作りたいものがあるんだ」
昨日、命からがら集めた、ほぼそのままの木の棒が11本。
「今日はこれを加工する」
イフリーダへと見せるようにぐわしっと木の棒を指さす。
「まずは、と」
なるべくまっすぐで、固くて、そして簡単には折れそうにない木の棒を選ぶ。長さは1メートルほどだ。その木の棒に石の短剣をあてがい外皮を削る。今回は紐として使う予定はないので綺麗に削れているかを重視する。
綺麗に外皮を削った後、木の棒の中央部に強度が保たれる程度の削りを入れる。そして木の棒をまっすぐ立て、その上端を持ち力を入れ、ゆっくりとしならせる。折れないように、一度に力を入れすぎないように、木の棒がしなりを覚えるように、何度もゆっくりと力を入れる。
その後、木の棒の上端に紐を通すための切り込みを入れる。作成しておいた編み紐を使い、その切り込みに巻き込んで結ぶ。下端にも同じような切り込みを作る。
また先ほどと同じように木の棒を立て、上からゆっくりと力を入れて、しならせていく。ある程度、しなったところで上端から伸びている編み紐を下端の切り込みに通し巻き付ける。そして、そのまま思いっきり編み紐を引っ張り、木の棒を弓なりに反らしていく。自分の体重を乗せ、木の棒をしならせ、限界いっぱいの力で編み紐を引っ張る。もう限界というところで下端の紐を結ぶ。
中央部分、最初に削りを入れた部分に新しい編み紐を巻き付け、折れないための補強と握りの代わりにする。
『ソラよ、それは……』
「うん、弓だね」
頑張って作ったのは木製の弓だ。
完成した弓の具合を確かめる。中央、握り部分を持ち、弦を引く。固い。そのまま力を入れただけでは弦が引けない。弓を胸元へと持ってくる。そして引き裂くように引っ張ってみる。そこまでやってやっと弓が引けた。
「これは、ちょっと重く作りすぎたかも」
『いや、それで良いと思うのじゃ』
「うーん。そうだよね。魔獣って存在は自分が考えていたよりも凄く凶暴みたいだから、出来るだけ強い物をって思ったんだけど、いや、でも、使えなかったら意味がないよね」
『ふむ。では、ソラよ、我が弓の使い方を教えるのじゃ』
「それはイフリーダの力を借りれば、この重い弓でも使えるってことだよね」
『うむ。任せるのじゃ……と言いたいのじゃが』
「うん、マナ結晶が足りない、だよね。それを集めるために、と思って、弓を作ったんだけどなぁ」
とりあえず完成した弓を地面に置く。
「次は矢かな」
矢を作ろうと思い、適当な木の枝を削り始めて気付く。
「羽がない!」
矢羽根にする為の羽がない。
空を見る。
空には雲が流れているだけだった。
「何で?」
鳥の姿が見えない。思い出す。
「そう言えば、この場所で目が覚めてから鳥の姿を見た? 見てないよね」
おかしい、おかしい。この地は、何かがおかしい。
「いや、今は、それを考えている場合じゃないよね」
鳥がいない。もう、それは仕方ない。矢羽根の代わりをどうするか、次にどうするかを考えるべきだ。
「矢羽根はあくまで、まっすぐ飛ぶように、よく飛ぶようにする為のはず。無くてもよいのかなぁ」
手元にあるのは先が尖っただけの木の枝。
「これ、まっすぐ飛ぶ?」
手に持った木の枝を近くの木に向けて投げてみる。空気の抵抗を受けたのか、木の枝はくるくると回転しながら弧を描いて飛び、そのまま地面に跳ね返って何処かへと行ってしまった。
「無理だ。これを矢の代わりには出来ない。仕方ない、弓は後回しにしよう」
『ふむ。了解なのじゃ』
弓は諦め、木の槍を作ることにする。
残った10本の木の棒、その全ての先端を尖らせていく。
『ふむ。全て槍にするのじゃな』
「そうだね。本当は別のことに利用しようと思っていたんだけどね。まっすぐ飛ぶような矢が作れないから、まだ弓が使えないからね。方針変更だね」
作った10本の木の槍を見る。ただ、先を尖らせただけの簡単な槍だ。
そのうちの一本を手に取り、握る。
思い出す。
イフリーダが使った神技。
神技ジャベリン。
「確か、こうだったよね」
木の槍を投げる。手から離れた木の槍は、それなりの速度で、それなりにまっすぐ飛び、近くの木に当たり、くるくると跳ね返っていた。
「あー、うん。そうなるよね」
『ふむ。初めてにしては上手いものだと思うのじゃ』
「ありがとう。でも、イフリーダが行った技と比べたら全然だよ」
跳ね返った木の槍を拾い、もう一度、構える。
「何事も繰り返しの練習だよね」
『うむ。そうなのじゃ』
「頑張るよ」