173 真っ赤な猫耳
スコルがどうしようという感じでこちらを見ている。
スコルが運んできた少女――転がっている少女は真っ白の上下に分かれていない、ちょっとおしゃれな服を着ている。森の中を駆け巡るのには向いていないお嬢さまのような服装だ。
少女へと近寄り、しゃがみ込んで状態を確認する。
呼吸はしている。
生きてる。
気絶しているだけだ。
改めて少女を見る。ヘアバンドの乗った長い青髪が肩から地面へと流れ落ちていた。背は自分よりも高く、年上のように見える。
服の袖口を触ってみる。どんな素材の生地を使っているのか分からない高そうなサラサラの肌触りだ。
この人が住んでいる場所の技術レベルは高そうだ。
……。
「スコル、この子、どうしたの?」
「ガルル」
スコルは困った顔をしながら首を傾げている。なんだか、必死に自分は悪くないよと訴えているような感じだ。
ため息を一つ吐く。
さて、どうしよう。この子が目を覚ましたら、事情と素性を聞かないと……。
素直に話してくれるかな?
また面倒ごとが起きなければ良いけれど……。
「ちょっと、ちょっとーーっ!」
と、そんなことを考えている自分の後ろから、大きな、叫び声に近い呼び声が聞こえてきた。
どうやら、その面倒ごとの一つが追っかけてきたようだ。
ため息を一つ吐き出し、振り返る。
「ちょっと、あなたが言葉を教えてって言ったのに、それを放り出して逃げるってどういうこと!? 私は、早く! 聖者の遺産を……」
拠点の方から真っ赤な小さいのが騒音を立てながらこちらを目指して走ってきている。
なんとも騒がしくて小さい。
ただまぁ、小さいと言っても背丈は自分と同じくらい――いや、少し小さいくらいだから、そこまで小さい訳じゃない。それでも何故か凄く小さく見えてしまう。
「やっと追いついた。言葉を覚えるのが得意だからって、ちょっと調子に乗って……って、え!?」
元気に駆けてきた真っ赤な猫耳がこちらを見て驚いている。
「猫耳さん、どうしました?」
「誰が猫耳よ! 私はローラ、天才魔法使いのローラ!」
この真っ赤な猫耳から言葉を習い始めてもう何日も経っている。最初はとっかかりがなく覚えることに苦労したが、銀のイフリーダから習っていた言葉と共通点があることに気付いてからは簡単だった。もうある程度の言葉のやりとりなら普通に出来るようになっている。
ただ、言葉が分かるようになって分かったのは、この真っ赤な猫耳がとても面倒な性格をしているということだ。
言葉を習っている時に、その都度、その都度、聖者の遺産探しを手伝え、その約束を忘れるな、自分は天才だ、等々と強く訴えてくるのだ。
自分としては、一度聞けば忘れない――約束を破るつもりはないのだが、分かって貰えないようだ。
言葉を覚えてからの方が意思の疎通がやりやすいから、そちらを優先しているだけなのにね。
……まぁ、それだけ、信用されていないということ、かな。
「それで、ローラさん、どうしました?」
「どうしました? よく言えるわね。どきなさい」
猫耳が素早く、とてもなれた様子でローブから小型の杖を取り出す。そして、そのまま、それをこちらへ突きつける。
「その……理由は?」
何故、こちらに杖を突きつけるのか?
どけろと言う理由は?
なんとなく予想することは出来る、でも、その理由を聞かなければ納得することは出来ない。
……。
真っ赤な猫耳はこちらを睨むように見ている。
「言葉にしてください。話してください。ここは、あなたが命令すれば聞いてくれる人ばかりじゃない、誰も彼もがあなたのために動いている場所じゃない」
「……あなた、外見は子どもなのに、まるで私の先生みたい」
猫耳が杖を下げる。
子どもみたいな外見は猫耳の方だと思うのです。
「それで?」
「妹よ、妹!」
真っ赤な猫耳が猫耳を立てながら叫んでいる。
妹……?
「妹とは、妹ですか?」
「言葉が通じなかった? 妹よ」
「それはつまり、あなたが姉で、こちらが妹? こちらが姉ではなく?」
猫耳がこちらを睨むように見つめる。
「しかし、どうにも……」
転がっている少女と目の前の猫耳を見比べる。
目の前に居るのは猫耳だ。ちびっ子な猫耳だ。
足元に寝ているのは人の耳を持った少女だ。背も猫耳より高い。かなり高い。
「いや、あの、随分と小さいと……」
「ちょ、ちょっと、何処見ているの!」
猫耳が何故か胸を押さえている。
……。
?
あ、ああ!
そういうことか。
「猫耳さんは随分と背が低いと思っただけです」
思わずため息が出そうになったが、何とか我慢する。
「だから、誰が猫耳よ! それにそんなに背は低くない!」
「それで、なんで猫耳さんの妹さんがここにいるんですか?」
「それはこっちが聞きたいの! 何で妹のラーラがここにいるの!」
ラーラ?
足元で眠っている少女を見る。
ラーラ?
あの夢で見た少女と同じ名前?
あの石の城で眠っていた夢の少女と同じ名前?
これは偶然か?
……。
偶然だ。
そうだよ、偶然だ。
でも、偶然だからこそ、動揺してしまう。
「スコルが連れてきたんです。目が覚めたら事情を聞きましょう」
「分かった……」
猫耳がこちらを睨むように見たまま頷く。
なんだか面倒ごとが起こりそうな予感しかない。
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